壁17
「オーク帝国!?」
完了報告のついでに調査結果を冒険者ギルドにも報告すると、受付嬢は目玉が飛び出すほど驚いていた。
「た、た、大変……! 緊急依頼案件だわ……!」
取る物もとりあえず、受付嬢は受付カウンターの奥にある事務室へ飛び込んでいった。
それから数分して、支部長がやってきた。この冒険者ギルドの責任者だ。かつては名の知れた冒険者だったのだろうと思わせる風格があるおっさんだった。
「緊急依頼を発動する!」
その一言で、ギルドに居た冒険者たちがざわつく。
……が、俺には何のことかさっぱり分からない。
「緊急依頼って何ですか?」
困った時の知恵袋、美人姉妹に聞いてみる。
「緊急依頼というのは、複数の冒険者パーティーが共同で取り組む依頼です。
発動と同時に他の依頼が受けられなくなるのと、緊急依頼が発動中に冒険者ギルドに立ち寄ったのに緊急依頼に参加しない冒険者がいたら降格処分になるというのが特徴です。」
「つまり強制参加って事だよ。」
「それだけの大事件というわけじゃな。」
やる気をみなぎらせて丁寧に教えてくれる美人姉妹と、ニヤニヤする壁子さん。
何を考えているのか分かりやすいな。
俺としても壁子さんの神通力は早く取り戻したい。よし、乗っかろう。
「支部長、提案があります。」
「何かね?」
「俺は壁の神様の加護で、数分で拠点を設営できます。
1時間あればオーク帝国を囲む防壁を作れますが、それで状況が変わらないでしょうか?」
冒険者たちがどよめく。
予想通りだ。拠点と防壁。これで状況が変わらないわけがない。攻撃3倍の原則といって、砦などの防衛拠点を攻めようとすると防衛側の3倍の兵力が必要になる。つまり、オーク帝国の1000体に対して333人の冒険者で対応できるようになるという事だ。実際には、チームワークや武装、個々の能力によって必要な人数がもっと変わるが。
「本当か? それなら、すぐにやってくれ。」
「了解しました。」
実際には1時間もかからないだろう。だが、自分から期限を切るときは、少し余裕をもっておくのが失敗しないためのコツだ。
美人姉妹と壁子さんを連れて、俺はすぐに冒険者ギルドを出た。
高さ10m、厚さ5m、素材はタングステンをベースにした複合素材。
防壁が完成した――というより、包囲網が完成した。袋の鼠というか、監獄の囚人というか、もうオークたちに逃げ場はない。
防壁の上に乗って、魔法や弓など遠隔攻撃ができる冒険者たちがオークの大群に攻撃を仕掛ける。
「ファイヤーボール!」
「ウィンドカッター!」
「ストーンバレット!」
「フリーズアロー!」
魔法職の冒険者たちが魔法を連発する。
俺はその足下に青ポーションの壁を生成した。
「魔力の消費は気にしないでください! 範囲攻撃が使える人はどんどん使って!」
青ポーションに触れて魔力が回復した魔術師たちが、どよめきのあと歓声を上げる。
「ファイヤーストーム!」
「トルネード!」
「アースクエイク!」
「ブリザード!」
ほとんどの魔術師が範囲攻撃に切り替えた。切り替えなかった魔術師は、範囲攻撃が使えないのだろう。だが範囲攻撃にも討ち漏らしはつきものだ。それを討伐してくれる可能性があるのだから、気にする必要はない。そもそも魔力の消費を気にしなくていい上に、オークたちは防壁に毛ほどの傷もつけられないのだから、何の問題もない。なんなら休み休みゆっくり殲滅していってもいいぐらいだ。
「レインアロー!」
「スプラッシュアロー!」
「チェインアロー!」
「アローボム!」
弓士たちも負けてはいない。次々と範囲攻撃を仕掛けていく。
魔術師と弓士の絨毯爆撃に混じって、アクアさんも攻撃魔法を連発する。
一方、防壁の下では僧侶たちが防御系の支援魔法を誰彼構わず掛けまくって、それを受けた戦士たちが防壁に設けた砦の正門から飛び出していく。ここにナクルさんも混じって、サップバットを振り回していた。
「パラレルスラッシュ!」
「竜巻斬り!」
「ランドブレイク!」
「乱れ斬り!」
防壁の形状によって、オークの大群は進めば進むほど細い通路へ入り込む。戦闘のために作られた城が今でも日本各地に残っているが、たいてい本丸に近づくほど通路が細くなる構造だ。それを真似した。つまり、冒険者側からすると常に大勢で少数をタコ殴りにできるという寸法だ。殲滅には少々時間がかかるが、死者も重傷者も出ないで次々とオークを討伐していく事ができる。
日本の城なら、通路の途中にいくつも門を設けて、そこを突破しようと集まった敵に、門の上から石を落とすなどの攻撃を用意している。俺もこれを真似して落とすための石を用意しておいた。そして落とす作業は低ランク冒険者たちに任せる。彼らに活躍の場を与えることで満足感を与え、それが信仰心になるだろうという狙いだ。それと俺の精神力が消耗するのを防ぐ狙いもある。
「ギエエエ!」
「ギィィィ!」
「グギャアア!」
押し寄せたオークマジシャンたちが反撃の魔法を放つが、
「3番の壁、10時の方向じゃ。」
「壁生成。」
壁子さんの指示を受けながら、俺はその全てを防ぐ。
冒険者たちは突如現れた壁によってダメージを免れる。最初から身を隠す用の防壁を作っておくことも考えたが、視界が悪くなるのと、攻撃しようと窓から覗いたタイミングで逆に攻撃を受けてしまうという事が考えられたので、この方法にした。危ないところを助けてもらった感が強く出るから、信仰心も集まりやすいだろうという狙いもある。
「グオオオオオ!」
半分以上のオークたちが討伐された頃、とうとうオークエンペラーが動き出した。痺れを切らしたか。
冒険者たちが「来たぞ」などと緊張感を高めるが……
「壁生成。」
筒型の壁で囲んで動きを封じ、
「壁生成。」
タングステンの壁でギロチンよろしく重量攻撃を仕掛ける。
あとはオークエンペラーが潰れて死ぬだけだ。2度目のスプラッターである。
「おお……!」
「オークエンペラーを一撃で……!」
「あの壁男、やるじゃねえか!」
高まる歓声に応えて、俺は合掌し、頭を下げる。
「全ては壁の神ぬりかべ様のお導きです。」
そしてどよめく冒険者たち。
ぬりかべ様コールが徐々に盛り上がっていく。
統率者であるオークエンペラーを失ったオーク帝国は、もはや烏合の衆だった。冒険者たちが圧倒的な火力で殲滅していく。
壁子さんがガッツポーズをきめたのは、ほとんどのオークを殲滅して残ったオークも逃げ出し、俺たちの勝利が確定してからだった。逃げたオークは、しかし壁の外には逃げられず、そのあと冒険者たちに駆逐された。囲んでいるのだから、防壁から逃げたって包囲の中心へ行くしかない。無駄なあがきというやつだ。
「信者ゲットじゃあ……! ぐへへへ……!」
壁子さんが美少女がやってはいけない笑い方を……ダメだ、もう喜んでしまっている。姿形は美少女なのに、この変態のおっさんみたいな笑い方はドン引きだ。美人姉妹だって――
「良かったですね、壁子様。」
「やったね、壁子様。」
――引いていない……だと……?




