魔王城に帰る
俺は転移魔法を使って魔王城に戻って来ていた。
任務で魔王城を離れることは多かったが、魔王軍を辞めてから来るとずいぶん久しぶりの気分になるな。
おっと、感傷に浸っている場合じゃないな。
俺は別に里心がついて魔王城に戻ってきたわけじゃないんだよ。
ちゃんと用事があるのだ。
俺は目的の場所である『魔王軍情報局』に入っていく。
ここでは人間側の戦力や魔王軍に関する情報が集約されている。
俺が入っていくと情報局で働いている魔族たちが俺を見るが、すぐに興味をなくしたように仕事に戻る。
俺はそのうちの一人の魔族の女に声をかける。
限定的に『認識操作』を解除して。
「よお、リリス。元気か?」
「サリエル様!?どうして!?」
俺の姿を見てリリスは驚いたように大きな声を上げるが、すぐに周りを気にして声をひそめる。
「こんなところに来てなにやってるんですか?ご自分の今の立場をわかっているんですか?」
「そんなにこそこそする必要はないぞ。いまの俺を気にする事ができる者はいないからな」
「『認識操作』を使われているのですね。相変わらず凄いですね。魔王城にまで忍びこめるなんて」
リリスはその綺麗な顔であきれたように言っている。
このリリスは俺が『認識操作』を使えると知っている数少ない魔族だ。
もともと俺の部下だったが俺が魔王軍を辞める時にジャンヌに頼んで大魔王様直属の魔王軍情報局に配属してもらったのだ。
「でも、本当に大丈夫なんですか?今のサリエル様は魔王軍のおたずね者なんですよ」
「そうらしいな」
リリスが言うように俺は魔王軍のおたずね者になっていた。
どうも俺があの魔道具で転移して自室から消えた事が問題になったらしい。
いくら魔王軍を辞めることになっていたとしても、急に消えた事でいろいろと疑念を持たれたということだ。
魔王城の門番にいきなり捕えられそうになって、とっさに『認識操作』を使ってこの事実を聞き出した時には驚いたね。
まあ、すぐに気持ちを切り替えて俺は魔王城全体に『俺の事を見ても気にする事は出来ない』と『認識操作』をかけてここに来たってわけだ。
「サリエル様の『認識操作』だって万能ではないんでしょう?」
リリスはまだ心配している。
「大丈夫だよ。魔将以上の者が魔王城にいないことは門番から聞き出したからな。魔将クラスでもないかぎり俺の『認識操作』から逃れれるものはいないさ」
さすがに俺の『認識操作』でも魔将クラスには効かない。
特に魔将でも上位の力を持つ者にはまず効き目がないだろう。
しかし、それ以外の者なら全て影響下に置くことができる自信があるのだ。
俺の言葉にリリスは手元にあった魔道具を操作して確認する。
「確かに八魔将と魔軍統括司令、大魔王様は魔王城にいませんね。それなら大丈夫そうですね。それにしても危ない事をされていますよ。こんな無茶をして、ただ私に会いに来てくれただけではないんでしょう?」
リリスは淫魔らしい笑顔で俺を探るように見てくる。
「そうだな。リリスの顔は見たかったが、用事もある」
「ふふふ。なんでも言ってください。私は今でもあなたの部下なのですから」
リリスは妖艶な笑みを浮かべる。
「だいぶ淫魔らしくなったな。昔はよくおねしょしてたくせに」
俺がからかうように言うと
「そんな何百年も昔の事言わないでください!まったく、いつまでも子ども扱いするんですから」
リリスはプンプンと怒っているが、それが逆に子供っぽく見える。
こいつはみなしごだったのを俺が拾って育てて部下にしていた魔族なのだが、俺が育てたせいなのか淫魔のくせにちっとも色っぽくならず、結局淫魔としては働かせずにその卓越した魔道具の処理能力を生かすために情報処理を任せていたのだ。
「悪かった。お前をこの情報局に入れた時言ったように俺のために働いてもらいたいのだがいいな?」
「はい。私はサリエル様が『魔王軍を離れても情報に困らないように情報局にいてくれ』と説得されてここにいるのですからね」
リリスはいい返事をしてくれる。
「俺が知りたいのはダンタリオンの奴がクロス王国にもぐりこませている魔族だ。どんな魔族が誰に化けているか知りたいんだ」
魔族が人間の国に入り込んでいる場合、普通なら知恵を使ったり、いろいろ調べてたりしてそいつを探り出すんだろうが、俺にはこういう手が使えるのだ。
魔族の動きは魔王軍情報局で調べてもらえば確実だろう。
「わかりました。調べておきます。何日かかかる事になりそうですがいいですか?」
さすがに作戦行動中の魔族の情報はそう簡単にはわからないか。
「ああ。俺は今言ったクロス王国にいる。わかったら来てくれないか?」
「はい。お気をつけてお帰り下さい。いらぬ心配でしょうけど」
「いや、ありがとう。リリスも元気でな」
俺はそう言って魔王軍情報局を後にするのだった。