#70 ナオの隣は私の居場所
夜
二人は早々に仕事を切り上げ、千聖と海野が待つ店に向かった。
もう少し仕事の時間がかかるかもしれないという話を受けて海野が先に行って席を取っておくと言ったので、そのままお願いしていた。
「さて、行くよー」
亜沙美は準備万端だった。
「…うん」
「なに?」
「気合い入ってるなって…」
「そりゃあ私が知らないナオの事を聞けるんだから!」
「いや、いいんだけどさ」
「だけど?」
「せっかくだから馬渕さんの事を聞こうよ。僕達二人ともまだよく馬渕さんの事知らないじゃん。さっきだってろくに話せてないよ」
「…それもそうね」
「すでに亜沙美の事怖がってたし」
「え?うそ!」
「店長が出ていこうとしたら止めてたでしょ?あれ、僕ら二人の空気の中にいたくなかったんだよ」
「ごめんなさい」
「それは馬渕さんに言おう」
「だね…。仕事にプライベート持ち込んじゃダメだからね!」
「…自分に言ったんだよね?」
「……」
「えっ?無視?」
亜沙美はスタスタ歩いていった。
店に着くと外にいてもわかるほど店内が繁盛しているのがわかるぐらい騒がしかった。
「店長に席取っておくって言ってもらえてよかったかも」
「そうだね、入ろう?」
入ると案の定お客さんでいっぱいだった。
店員が近づいてきたが連れが先に来ていると伝え、店の中を探すように歩いた。
一番端のテーブルに千聖と海野が座ってるのを見つけたのでそちらに向かい
「すみません、お待たせしました」
「すみませんでした、ありがとうございます」
二人は挨拶をするが海野は少し不穏な表情を浮かべている。
「…どうしました?」
「やっと来たなぁ、情けない男に鬼嫁!」
千聖が悪い酔い方をしていた。
「…海野さん?」
「すまん、今日はじゃんじゃん飲んで親睦を深めようと言ったらどんどん飲みだしてな?」
「こうなってしまったと…」
もしかしたらさっきのがストレスに感じてしまって、亜沙美はそれが原因なのかもと思ったら悪い気がしてしまった。
「とりあえず座りなよぉ…、ほらほら!」
「は、はい」
直人が海野の隣に座ろうとすると
「ちょっと!藤堂さんはこっちでしょお?藤堂さんのおかげで本社勤務になれるんだから、お酌させてよー」
「藤堂…」
海野は言葉少なく頷いた。
「はい…」
二人はそれぞれ席に座り店員からコップをもらった。
瓶ビールを頼んでいた千聖はそれを直人のコップに注いだ。
そしてこぼれた。
「あーあーあー」
テーブルをおしぼりで拭いていると千聖も
「あー、ごめんなさいー」
と言いながら直人のズボンを拭きだした。
しかしすでにバランスが取れない状態の千聖は直人に抱きつくような体勢になった。
「…んー、藤堂さんってカッコいいよねー」
「あ、ありがとうございます」
「しばらくこうしてていい?」
「えっ?えっ?」
直人は亜沙美と海野を見た。
二人は何となく頷いた。今の千聖はコントロール出来ない。そう思った。
「あっ、あとで怒られちゃう?奥さん怖いもんねぇ」
「そ、そうですね」
「…ん?何て言った?」
直人はそう言った亜沙美に抑えて抑えてと動かせる方の腕で表現した。
亜沙美はそれを見てとりあえず頷いた。
「と、とりあえず乾杯しようか?」
海野は全員にコップを持たせた。
「かんぱーい!」
千聖が真っ先に叫び全員とコップをぶつけた。
直人のビールはほとんど泡だったため、すでにほとんど無いような状態だった。
「あれえぇ?藤堂さん飲むの早いんだねぇ、お酒強いの?」
「は、はい、それなりに…」
「ねぇねぇ、なんで敬語なの?私は後輩なんだからさぁ」
「馬渕、後輩って自覚あるんなら、さ。」
海野が助け船を出す。
「あ?黙ってろよ。今は二人の時間なの!」
「はい、すみません…」
見事に沈没した。
海野はさっき来たばかりの瓶ビールを手酌で入れようとすると
「あれ!?…竹下さん?」
すでに亜沙美がほぼ飲んでいた。
「うぁ?」
亜沙美は出来上がった。やはり千聖の行為は亜沙美にとっては面白くなかった。拒否しない直人の事も。
「…藤堂、竹下さんは酔うとどうなるんだ?」
「…そ、そんなに飲んだことは今まで無いのでわからないです。でもそのぐらいの量ならいつも飲んで…。あっ、そうか」
「どうした?」
「いや、いつもはそのぐらいの量を数十分ぐらいかけて飲んでます」
「…つまりそのぐらいの量をこの数分で飲んだと」
「すみません、多分多大なるご迷惑をおかけすると思います」
「…何とかしろ、命令だ」
「…はい」
「何を男同士で話してんの?…ナオ!」
「な、なに?」
「何をデレデレしてるんだ?あ?」
「してないよ…」
「えっ?私にデレデレしてないの?じゃあもっとこうしちゃう」
千聖はさらに強く抱きついた。
「馬渕、そろそろ離れなさい!ややこしいことになるから」
「何よ!最近私の事抱かないくせに!」
「えっ?」
テーブルに一気に沈黙が襲った。
「店長、まさか…」
「…あぁ、すまん。そういうことだ」
海野は額を押さえている。
「えーっと?海野さんと馬渕さんはお付き合いをしている、と」
いつの間にか亜沙美はちゃんとしていた。衝撃が強かったようだ。
「はい…。あの黙ってていただけると」
「…本来なら倫理委員会に報告するところですが、私達にも落ち度はありますし、何よりここの二人はもう辞めますから」
「…ありがとうございます。って、えっ?竹下さんもお辞めになるんですか?」
「はい、二人で家業を継ぐので私も退職するんです」
「あっ、そうだったんですか」
「だから私もナオも誰にも何も言いません。あと、結婚しちゃえば問題無しですよ!ご結婚は?」
「い、いや、それは」
「…私は遊びなんでしょ!」
「そんなことないって」
「…最近よそよそしいし」
「それはだな…」
「馬渕さん、それは今バレたら馬渕さんの異動話が無くなるかもしれないからですよ」
直人が話す。
「…そうなの?」
千聖が海野を見て
「私のために?」
「そうだよ…」
「じゃあ何で言ってくれなかったの?」
「すまん」
「言ってくれなきゃわからないんだからね!」
「はい、気を付けます…」
「店長、場所変わりましょう。すみませんでした」
「いや!藤堂は悪くないから!俺の方こそすまん、お前には言っておくべきだった」
直人と海野は場所を変わった。
「ナオ、言ってくれなきゃわからないんだからね!」
「急に何!」
「その通りだなぁって思って。というよりか私達は帰ろうか」
「ん?…うん、そうだね」
二人は前を見ると急にイチャイチャしだしたカップルがいた。
「店長、僕らは帰りますね。ちゃんと話し合ってくださいね」
「え!?おい、ちょっと、まだ飲もうよ」
「店長達見てたらお腹いっぱいです。また今度飲みに行きましょう」
「…すまなかったな。そうだな、また改めて仕切り直して飲むことにしよう」
直人が財布を出すと
「おい、そこまで恥をかかせないでくれ、俺が払うから」
「……わかりました、ごちそうさまです」
「って言っても瓶ビール一本ぐらいだからな…。今度は盛大に奢らせてくれ」
「はい、楽しみにしてますね」
二人は挨拶をしてから店を出た。
「…うぁ」
亜沙美は急に足元がふらついた。
「亜沙美?…一気に飲むから」
「だって、だって…」
「ごめん、今日はうちでゆっくり休もう?」
「うん、くっついてていいよね?」
「うん、いいよ」
亜沙美は直人の腕にしがみつく
「ナオの隣は私の居場所なんだからね」
「うん、そうだよ」
「ナオ…」
「ん?」
「大好き」
亜沙美は直人の頬にキスをした。
「ありがとう」
「…それだけ?」
「僕も大好きだよ」
「…それだけ?」
「……」
見上げるようにしていた亜沙美に直人は軽くキスをした。
「…なにそれ」
「続きはうちで」
「ふーん…」
亜沙美は更に強くしがみついた。
翌日、直人のメッセには千聖からとても長い謝罪文が届いた。




