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フェイクマイナス  作者: 海鮮メロン
64/77

#64 変わらない関係、変わる関係

三月九日 月曜日


「挨拶か…。長くない方がいいよな」

直人は会社最寄り駅の改札を出た辺りから考えていた。

「挨拶?今日なんかあんの?」

智美が不思議な顔をしている。

結局智美は朝が弱くちゃんと準備できない日もあったのでその時は直人は容赦なく置いていき、たまに間に合う日だけ一緒に出社するようになっていた。


「今日、皆に結婚しますって言うんだよ、あと退職しますって」

「え?聞いてないけど?」

「話したろうよ」

「じゃなくて、今日挨拶するって事。そんな面白そうな事があるなんて…」

「どこが面白いんだよ」

「直人が皆から色んな物投げつけられる」

「え?俺って嫌われてるの?」

「……」

智美は下を向いて黙った。


「黙るのはやめろよ!マジっぽくなるから」

「私がその場にいればなぁ」

「…やめろ、ややこしいから」

「ややこしいって?」

「お前の事聞かれることがあるからややこしいの」

「…あらあら?私がモテるからって嫉妬しちゃってる?」

智美は口に手を当て直人の顔を見る。


「いや、悪いことしか言ってないから」

「ちょっと!何を言ってんの!?」

肩をパンッと叩く。


「…聞かない方がいいと思うよ」

「あれか!最近若い男性社員がきっちりとした挨拶してくるのはお前のせいか!」

「…いや、それは別件だと思う。ってか何それ、ハハハ。怖がられてんの?」

「知らないよ。島崎さん!おはようございます!ってわざわざ来るんだから」

「何人ぐらい?」

「ん?一人だよ。一回仕事で関わってからそうなった」

「…それってお前の事が好きなんじゃないの?」

「え…?そ、そうなのかな」

「だってわざわざ来るんだろ?違う部署の人?」

「部署は違うけど部屋は同じ。人事部の子だから」

「脈有りだね」

両頬に手を当て顔を傾けながら

「やだー、年下の男の子?」


「変なものでも食べちゃったのかな?」

「ふふーん、ヤキモチ?ヤキモチ?」

「何でだよ」

「逃した魚は大きかったって後悔するなよ」

直人の頬を指で突いた。


「しないよ」

「…私はしてるけどね、後悔」

智美は再度下を向きながら話し始めた。


「え?」

「高校の時にちゃんと捕まえとけば良かったって」

「…オムライス?」

「それにこだわらなくても良かったんだよねぇ、今思えば」

「……」

直人は何も言うことが出来なかった。


「首輪付けてでも捕まえとけば良かった」

「おい!話が変わってきてるぞ」

「まぁとりあえず幸せになんなさいよ」

智美は直人の背中をおもいっきり叩いた。


「痛ぁ!…あぁ、わかってるよ」

「私と同じ道には来ないように」

「あぁ…」

「来たら来たで笑うけどね。でもその時は私はその年下の男の子と一緒になってるかもねぇ」

「だといいですねぇ、本性見抜かれて逃げられなければね」

「何の話かな?」

「別にぃ」

「もっと歳取ったらまたオムライス食べさせてあげるよ。その時には笑い話になってるでしょ」

「そうだな、妹よ」

「私がお姉さんだって言ってるでしょ!」

「認めません」

「ああ、そうですか!!……フフッ」

「ハハハ」

二人は笑いだした。いつものやり取りがなんだか懐かしくそして愛しく感じた。


「お母さん達が言うように変わらないね私達は」

「あぁ、多分きっとこれからも変わらないよ」

「だね…」

二人はそれ以上話をすることはなかった。少し切なく少し淋しく、けれど前向きになれた今のやり取りを何かに形容する言葉を会話を二人は持っていなかった。

しかし、確かにそれは二人の心の中に存在した。


「それじゃ、私は一足先に行くから。年下の男の子から挨拶されなきゃね!」

「おう、がっつくなよ」

「うっさい!」

そう言った後で智美はどんどん前に歩いていった。

その表情は笑顔で後ろを振り返ることはなかった。

直人もその様子を笑顔で見送り、自分も歩きだした。



デスク

直人が到着したときには亜沙美はすでにデスクに座っていたが少し様子がおかしかった。

一点を見つめ何やらブツブツ言っているように口が動いている。

「…?」

直人が近付き声をかける。


「どうしました?」

「わぁっ!…ビックリさせないでよ!」

「何かやらかしたんですか?」

「何かやらかすかもしれないから話すこと練習してるの!…ってなんでそんな余裕なの?」

「言うことは決まってるので」

「…まぁそうだけど」

「長くない方がいいかなとも思いますし」

「…任せてもいい?」

「……多分皆が許さないと思いますよ?」

「だよねぇ…」

「まずは僕から話すので大丈夫です」

「わかった、お願い」

直人はデスクに戻った。


智美との会話のおかげか直人は頭も心も晴れていた。

「前向きに」ただそれだけしか思うことはなかった。それを言葉にすればいい。そう思っていた。


始業時間になり部長が全員に声をかけた。

「皆、ちょっと時間いいか?」

「……」

皆は静まり部長を見た。

「皆に話すことがある二人がいるから聞いてあげてほしい」

部長は亜沙美と直人に来なさいとジェスチャーをした。

「それじゃ皆に話して」

直人は周りをゆっくり見てから

「…おはようございます」

『おはようございます』

挨拶から始めると挨拶が帰って来た。


「私事ではありますがこの度、私、藤堂直人は交際していた竹下亜沙美さんと結婚することになりました!」

直人が頭を下げると亜沙美も続いた。


「だろうな!」

「……やっとか!!」

「決めるの遅いぞ!」

同じチームの同僚から茶々が入り、笑いが起きた。


「…やっと決まりました」

直人は後頭部に手を当て小さく何度も頭を下げた。

「ハハハハハ」


「…それでもう一つお話がありまして、結婚に際して私は竹下さんの実家の家業を継ぐことになりまして、四月いっぱいで退職というお話を部長にさせていただいております」


「…え?」

オフィス内が一気にざわついた。

部長が話し始める。

「これに関しては藤堂も最後まで会社のためにという話で後任を探してくれたり、花見商品に関しては身を粉にして働くと…言ったよな?」

「え?…えー、はい…」

クスクスと笑いが起きる。

「と言ったので藤堂の最後の頑張りを見届けてやってほしい。竹下からも話あるだろ?」

「…はい」


亜沙美は一歩前に出た。

「実は私も四月で退職することになっています。藤堂だけを会社退職させて私だけ残るという選択は私には出来ず、夫婦で家業を継ぐ決心をいたしました」

「……」

今度はオフィス内は静まり返っていた。



「…竹下藤堂コンビが一気にいなくなるというのは会社にとっても痛手だが二人が最後に残した会社の可能性を資料にまとめて全員にメールしてある。これを形にするか無視するかは残った君達次第だ。そしてもう一つ、竹下がいなくなるということはチーフポジションが空くということだ。私も上と相談し四月の中旬ぐらいには発表したいと思っている。わかるな?チーフポジション争奪戦だ」

「……!」

今度は少しピリついた。


「とまぁそういう話はここまでにして。二人とも最後に話をしてくれ」

「はい…」

直人はまず深々と頭を下げてから

「学生バイトから入り就職してという事で考えると水増しして約十年この会社で働いてきました」

「サバ読むなー」


「ここの部署に異動して間もない頃にとんでもないミスをして、それを助けてくれたのが当時教育係だった竹下チーフでした。その頃の尊敬の念がいつからか愛情に変わり交際を始め、結婚するに至りました。私の人生において大事なこと、大事な部分は全てこの会社にあり、この会社に就職出来たことを心から誇らしく思っております。これから二ヶ月弱ではありますが最後までしっかりと…、部長の言うように身を粉にして働きますので皆さんよろしくお願いいたします!!」

直人がまた頭を下げると

「よっ!!」

「おめでとー!!」

と言葉が続き拍手が鳴り響いた。


亜沙美はどさくさ紛れに

「皆さんよろしくお願いいたします」

と頭を下げた。

「ずるい!」

「ずるいぞー!!」

と笑いが起きた。


直人が驚いた表情で見ると亜沙美はバツが悪そうな顔をしてから直人の肩を叩いた。

また笑いが起きる。



数分後、オフィス内は通常通りに戻り何事もなく一日は終わろうとしていた。

ただ一つ変わったのは

「藤堂くん!」

亜沙美がいつものように直人を会議室に呼ぶと

「頑張れー」

「負けるなー」

と直人がいつも以上に励まされるようになった。


「皆、私を何だと思ってる?」

亜沙美は腑に落ちなかった。

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