#63 最後の仕事になると思うから
三月五日 木曜日
新生活も間近に迫りそれに関連する商品ピックアップも忙しくなっていた。
直人はこの日も残業で仕事に追われていた。
「藤堂くん!」
「はい」
亜沙美はいつものように会議室を指差した。
手には分厚くファイリングされた資料を持ち、会議室に入っていった。
直人もすぐに準備をして会議室に向かう。
二人は一通りの確認を済まし、今後のスケジュールも立て終わった。時間は二十時を回ってしまっていた。
「ねぇ、ナオ」
「ん?」
「疲れたからチューして」
「ダメに決まってるでしょ」
「なんでよー」
「仕事中だから」
「いいじゃん」
「どこで誰が見てて聞いてるかわからないからダメ」
「聞かれてたらもうダメでしょ」
「だからそういう事も言わないように」
「…はーい」
亜沙美はブーッと不満そうな顔をした。
「ねぇ、ナオ」
「ん?」
「私、大事なこと言われてないなぁって思ってるんだけど。そういえばちゃんと言われてないなぁって」
亜沙美は体をユラユラ揺らしながらたまに足をブラブラさせながら椅子に座っていた。
「…それは待っててよ」
「あっ、何かわかったんだ」
「僕も言ってないなぁって思ってたから」
「じゃあチューして」
「じゃあの意味がわからない」
「ケチ!」
「…帰ろうよ。明日もあるんだし」
「そだね」
二人は帰ることにした。
翌日 午前
直人は千聖の企画計画の実績を確認していた。
千聖の計画は直人が話した内容からプラスアルファが足されており、見事に成功していた。
「うん!これなら…」
直人は亜沙美に販売実績ファイルを送り、確認してほしいと連絡を同時にした。
亜沙美はそれに気付き、ファイルを確認した。
その実績を元に書類を作り、部長へ話をしに行った。
「部長、今、お時間よろしいですか?」
「……うん?」
「会議室でお話でもよろしいですか?」
「…あぁ、わかった。何かあったんだな?」
「お話しておかなければならないことがありまして…」
「それじゃ、行こうか」
二人は会議室に移動した。
「うちの藤堂が新企画を考え、店舗の従業員にイベントプロモーションを任せた結果です」
亜沙美は売上額の実績表を提示した。
「……ん?上がっているじゃないか!」
「はい、このお店には考え試して結果を見て再度考えとPDCAを肌で感じて実践出来る人がいます」
「…誰?」
「馬渕千聖さんです。私と藤堂、そしてここの店長の連名でこの馬渕千聖さんをバイヤーに推薦したいと思っております」
「……どうした?急に?」
亜沙美は深々と頭を数秒下げながら
「もう一つお伝えしなければならないことがあります」
「何だ?」
「私と藤堂は婚約しております」
「あっ、もうそこまでいってたの?」
「えっ?」
「いや、交際してるんだろうな。とは思ってたからさ」
「そ、そうでしたか…」
「で?それとこれと何の関係が?」
「実は結婚に際して…」
「あぁ、ちょっと待った。藤堂くんも呼んで?」
「…えっ?」
「なんか難しそうな話になりそうだから」
「は、はい。少々お時間ください」
亜沙美は自分のシマに戻り
「藤堂くん!」
「…は、はい!」
「ちょっと来て!」
「はい…!」
直人はすぐに向かった。
直人は驚いていた。部長がそこにいたから。
「さて、話を続けようか」
「私と藤堂は結婚をすることになりまして、私の実家の家業を継ぐ話になっています」
「…家業?」
「私の実家は金物屋を営んでおりまして、様々な飲食店への卸や販売をしております」
「それと先程の話に何の関係が?」
「実は結婚を機に二人とも退職を考えておりまして、推薦で部署に人を呼び込めないかと話をしておりました」
「…それが、この馬渕さんって人?」
「はい」
「いつ辞めるつもりでいる?」
「今のタイミングですと四月いっぱいが妥当だと…」
「良いじゃないか!何でもっと早く言わないの!!」
「えっ?えっ?」
「私が何か反対するとでも思ってた?いいよいいよ!恋愛は人を成長させる。結婚は人の人生を決める!そしてそれは誰にでもある権利!!」
「部長…」
「あとは私に任せなさい!その馬渕さんって人の才能を見つけたこともグッジョブよ!!藤堂!!」
「は、はい!」
「よくやった!」
「ありがとうございます」
「で?二人とも四月で辞めることにするの?」
「同時が可能ならばそうしたいと」
「オッケー!こっちでいくらでもしてあげるよ!」
「…良いんですか?」
「良いってことよ!ただし一つだけ条件がある」
「…な、なんでしょうか」
「皆に発表して祝福してもらいなさい」
「祝福…、ですか?」
「いやぁ、良いよねぇ。本当。こんなわかりやすい寿退社」
「…わ、わかりやすかったですか?」
「そりゃもう。笑っちゃうぐらいに」
「…え、えーっと」
「いいからいいから、ちゃっちゃっと祝福してもらいなさい」
「ありがとうございます」
「じゃあ、あなた達が辞めるまでに私も色々動かないとね」
「ありがとうございます!!出来ることがあれば私達二人に何でもおっしゃってください!」
「うん、わかった。じゃあまずは藤堂!!」
「はい!」
「桜が散るまでの売上は頼むよ?」
「はい!全力で取り組みます」
「…よろしい。とりあえずはそのぐらいかな?あぁ、あと来週の月曜日にでも皆に挨拶しておきなよ」
「わかりました。ではそのようにします」
二人は部長に挨拶をし、その場から離れた。
デスクに戻る途中で亜沙美は直人の背中をパンッと叩き
「…最後の仕事になると思うから、きっちり頑張っていこう!」
直人はフッと笑い
「うん、わかった。任せて!」
「挨拶も任せるね」
「それは二人で言おうよ!」
「フフフ、冗談よ」
二人はそれぞれデスクに戻った。




