#58 決断
時は戻り二月七日 直人の部屋
「ナオ、十六日空いてる?」
「ん?空いてるけど」
「その日、実家に来ない?」
「…お父さんに会えるの?」
「うん、会ってほしい」
「…なんか今の亜沙美はいや…」
「んー?なにかなー?まだ引きずりますかー?」
「冗談です…」
「次やったらビンタね」
「もうやりません…」
「で?来るの?来ないの?」
「行かせていただきます」
「よろしい。じゃあそう伝えておくから。私がナオの実家行ったようにお土産いらないから」
「わかった」
そして二月十六日
直人は再び亜沙美の実家に来た。
「……」
直人は無言で家の前に立っている。
「…え?緊張してる?」
「そりゃするよ」
「大丈夫だよ。うん、大丈夫!行こう!」
亜沙美は直人の腕を引っ張り、玄関の扉を開けた。
「ただいまー」
「はいはいはい。直人さんいらっしゃい。すみませんねぇ、また来ていただいて」
裕子が玄関まで出てきた。
「お久し振りです。いえ、またご挨拶に来れて嬉しいです」
「あら、そう?…ん?」
裕子は後ろを振り返った。
「…ちょっとごめんなさいね」
裕子はリビングに戻っていった。
何やら騒がしく怒る声が聞こえてきた。
「何してるの!!」
「ちょっ、ちょっと待って」
「なんで着替えてないの!!」
「い、いや、あのー…」
「いいから早くしなさい!」
「……」
裕子が戻ってきた。
「直人さん、すみません。ずっと玄関でお待たせしてしまって。さっ!どうぞどうぞ」
「い、良いんですか?」
「良いの良いの!」
「ナオ、多分いつもこんな感じになるから気にせず入って…」
亜沙美は少し恥ずかしかった。
「お邪魔します」
直人がリビングに入ると亜沙美の父 茂樹がソファーに座っていた。
茂樹は直人をチラッと見るとそのまま目を逸らしテレビを見た。
「…お前いい加減にしろよ?」
裕子が怒っている。
「わざわざ二回も来てくれたんでしょ!!誰のせい!?」
「すみませんでした」
茂樹はすぐに立ち上がって直人の元に寄ってきた。
「はじめまして、亜沙美の父の茂樹です」
「はじめまして、亜沙美さんと結婚を前提にお付き合いさせていただいております、藤堂直人と申します」
直人は深々と頭を下げた。
「この度は私のせいで二度もご足労いただいて申し訳ありません」
茂樹も深々と頭を下げた。
「いえいえ!ご挨拶に伺うわけですから、何度でも足を運ばせていただくつもりでしたので」
直人は恐縮した。
「とりあえず座りましょう」
ソファーは二人掛けと一人掛けしかなかったので、二人掛けには亜沙美の両親、一人掛けに直人、亜沙美は食卓のイスを持ってきて座ることになった。
「直人くん」
「は、はい!」
「いや、緊張しなくてもいいんだ。一つ聞きたくてね」
「はい、何でしょうか?」
「…本当に亜沙美でいいの?」
「ちょっと!何を言ってるの!」
亜沙美がすぐに反応した。
直人は亜沙美を見てから茂樹を真っ直ぐ見た。
「初めは亜沙美さんへの恩と尊敬の感情で一緒にいましたが、それが好きという感情に変わり、その後も何年か一緒にいて良いところも悪いところも全部見てきたつもりです。その上で亜沙美さんを愛し、公私ともに歩んでいきたいと思っています」
亜沙美は今まで何気なく会話に出てきた事を聞いているつもりだったが改めて直人が話しているのを聞き、少し涙ぐんだ。
「…直人くん、娘をよろしく頼みます」
「は、はい!こちらこそよろしくお願い致します!」
直人は立ち上がり頭を下げた。
「はい!じゃあ話は終わりね、お昼ご飯にしましょう」
裕子は立ち上がりキッチンに向かった。
「亜沙美、手伝って」
「あっ、うん…」
「直人くん、実は話があってね。もちろんこれは受けるも断るも直人くんに任せる」
「あっ、はい。何でしょうか?」
亜沙美は気が気ではない。
「お母さん、何を話そうとしてるの?」
キッチンで話を始めた。
「……お店の事」
「うちの?」
「そう」
「…ナオに継がせようとしてるの?」
「話すだけよ」
「でもナオならきっと…。それはダメだよ!」
「……お父さんの気持ちもわかってあげて」
「そんなのって…。私がそれ目的で結婚するみたいになるじゃない。ナオのご両親の事もあるし」
「話すだけよ」
「だから!それがダメなの!!」
亜沙美はキッチンから直人の元に向かった。
「ナオ!!いいよ!聞かなくて!!」
「ん?お酒の話?」
「え?お酒?」
「今、好きなお酒の話してた。お父さんお酒に詳しいんだね」
茂樹はいざ話すとなるとそれが出来なく、一緒に飲みに行く話をしていた。
「僕はお父さんと飲みに行くの、楽しみにしてるよ」
「う、うん。ってお父さん?酒はやめるって言わなかった?」
「息子と飲んで何が悪い!」
「酒が悪い!」
亜沙美は頭を抱え、裕子を見た。裕子は微笑んでいた。
「本当、意味がわからない!」
亜沙美はキッチンに戻っていった。
「やっぱりやめたのよ、お父さんは」
「…うん」
「まっ、何とかなるわよ」
裕子は笑顔を見せたが亜沙美にはそれが悲しく見えた。
食事を済ませ直人と亜沙美は帰ることになった。
「それじゃ帰るね」
「お邪魔しました」
「次は直人さんのご両親と会わないとね」
「はい、両親には連絡しておきます」
「楽しみにしておきますね」
裕子は笑って直人達を送り出した。
夫婦二人はリビングに戻り
「良かったの?話さないで」
「…なんか、俺と似ててな。話すに話せなかったよ」
「うん、似てますね。あなたに」
「子供は親の背中を見て育つ。…か」
「あら?私と結婚したことを後悔してる?」
「してないよ。今でも愛してるんだから」
「ふふっ、まっ、あの子達にはあの子達の人生があるからね」
「そういうこと」
直人と亜沙美は駅に向かっていた。
「ナオ…、ごめん」
「何となく途中からわかったよ」
「え?」
「お店。無くすわけにはいかないんでしょう?」
「でも…、ナオが無理に継ぐことはないんだよ?」
「…うん、わかってる」
「……」
二人はそのまま電車に乗った。
「亜沙美は僕が今、会社辞めたら怒る?」
「…ごめん」
「謝らなくていいよ。僕がそうしたいって思ったから」
「ナオが辞めるなら私も辞めるよ」
「え?」
「夫婦二人でやっていけばいいじゃない」
「…でも亜沙美は」
「ナオと一緒じゃなきゃ意味がない。知ってる?ナオがいなきゃ私は今のポジションにいないんだよ?」
「……」
「ナオがいなくなって私だけ出世?ありえない!」
「…いいの?」
「二人一緒なら怖くない」
「うん、じゃあ僕は両親に話をつけてくるよ」
「私も行くよ。うちの事なんだから私も行かないと」
「…でも多分うちの親は何も言わずオーケーとしか言わないと思う」
「…それでもちゃんと話さないと」
「そうだね」
「…結婚って大変なんだね」
「…そうだね。人生をかけてするものなんだろうね、やっぱり」
「ねぇ、私でいいの?」
「バレンタインデーの事忘れた?」
「ううん」
「亜沙美と一緒ならきっとそこでしか僕は幸せを感じられないと思う」
「…ありがと」
「このまま実家に行くことにするよ」
「え?今日の今日で?」
「うん、長引かせても仕方ないから」
「…私も一緒に行くよ」
「いいの?」
「うん、ちゃんと話さないと」
二人は直人の実家に行くことにした。




