#55 利用する人される人
バレンタイン前日
直人は一番集客の多い都心の店舗にいた。
バレンタインデーに向けての一週間、最後の追い込みで各店舗に各部署からそれぞれ応援に行っていた。
第三営業部では直人が今日店舗応援に行くということが一番初めに決まり、直人は否応無くスケジュールが組まれていた。
「久々に店舗で働くけど…、体力無くなったのかな?」
直人は夕方を過ぎる頃、いわばピークタイムに入るか入らないかの時間帯にすでに疲れてしまっていた。
「藤堂さん、何を疲れてるんですか?これから忙しくなるんですよ?」
「わかってるよ、頑張ります…」
この店は会社としても一番力を入れている店舗の為、直人の他にも数人来ておりレジとサッカー、補充と応援に入っていた。
「それにしても由香も来るなんてな…。バイヤーが来るんじゃないのか?」
「うちは元々バイヤー少ないから私やさとみにも回ってくるんですよ。店舗経験が出来るので私は良いんですけどね」
「そっか、入社してからずっと経理だったっけ?」
「そうです、店舗の色々な部分見れて面白いですよ」
「じゃあ由香、あとは頼んだ」
「…どこに行くんですか?サボったら竹下さんに言いますからね?」
「さ、サボるわけないじゃないか。何を言ってるんだ全く…」
直人は目が泳いでいる。
「藤堂、サボろうとするとは良い度胸だな」
恰幅の良い男性が直人に声をかける。
「店長!嫌だなぁ。そんなことするわけないじゃないですか。ハハハ」
直人に店長が話しかける。
「でも久しぶりだなぁ。まさかまた俺の店に来るとはなぁ」
「店長もこの店の店長になってたなんて凄い出世じゃないですか」
「おう!まぁ実力だな、実力!ハハハハハ!」
この店長は直人がバイトしていた店の店長であり、この店に異動となっていた。
「とりあえず藤堂は今からレジ入ってくれないか?今のレジの子を休憩に入れたいから」
「わかりました、じゃあ変わってきますね」
「おう、頼んだ」
直人はレジに向かい、休憩回しの交代をした。
「藤堂は本社ではちゃんとやってますか?」
「…はい、チーフと共に色々と頑張ってますよ」
「そうですか。そりゃ良かった」
「気にかけていたんですか?」
「そりゃあ大学一年からバイトで入ってそのまま社員として入社してって全部を見てますからね。俺の店長経験の中でもあんな奴は初めてでね…。つい気になるんだわ」
「先輩は恵まれてるんですねぇ」
「先輩?」
「あっ、私は大学の後輩なんですよ」
「そりゃまた縁だね。…もしかして彼女?」
「いえいえ!違いますよ」
「まぁ、あいつは女っ気が無かったからなぁ。モテてたくせにな」
「え?モテてたんですか?」
「バイトで入ってくる女の子は大体あいつに惚れてたよ。…あいつ基本的に誰にでも優しいし褒めたりすること多かったからな。誰かと揉めてるのも見たことないなぁ」
「今も変わってませんよ、それは」
「あの時はそういうやり方か。って思ったりもしたけどあいつ自身が誰かと付き合ってたりとかしてないから持って生まれたものなんだろうな」
「そうですね…」
「おっとすみません、話が長くなってしまいました。今日は何時まで応援でいてくれるんですか?」
「いえいえ、今日は二十時までいる予定です」
「わかりました。それではそれまで引き続きお願いします」
「はい、頑張ります」
店長は食品フロアに歩いていった。
「…さて、ラストスパート頑張りますか」
由香はバックルームに行き、在庫の商品を運ぶことにした。
直人がレジに入り二時間が経った。先程変わった人は別の人と変わり休憩はスムーズに回っているような気がしていた。
「…こうしてたまに店で働くと楽しいかもな…。いかんいかん!こんなこと聞かれたら非難される」
「…聞いてますよ」
「うわっ!ビックリした」
「変わります。もう全員休憩取ったんで大丈夫ですよ」
「そっ、そっか…。わかった。じゃあお願いします」
直人がその場を去ろうとすると
「本社の人は気楽でいいですねー」
あからさまに嫌味の言い方をされてしまった。
直人は振り返り
「気分を害する事を言ってしまってごめんなさい…。久しぶりの店で知ってる店長で気が緩んでいたかもしれません」
頭を下げて謝罪した。
「あぁ!いえいえ!私も心無い事を言ってしまいました、本社の方も忙しい中来ていただいているのに……。ごめんなさい」
「いえいえ、こちらこそごめんなさい」
「いえいえ、こちらこそごめんなさい」
お互いに謝った時
「お前らは何しとるんじゃい」
店長が話しかけてきた。
「店長、いや言うべきではないことを言ってしまって謝ってました」
「私も同じです」
「……まっ、いいか。藤堂、二十時までだろ?」
「はい、そうです」
「ならそれまで品出し頼むわ、お前の後輩って子も頑張ってるんだけど間に合わないんだ」
「わかりました、すぐに向かいます」
「頼んだ!」
直人はバックルームに早足で向かっていった。
残った二人が話を進めた。
「…藤堂は何を言ったんだ?」
「たまに店で働くと楽しいって一人言が聞こえたので、私が気楽でいいですね。と言ってしまいました」
「…そっか、そりゃ藤堂が悪いからもうこの話は終わりね」
「あっ、はい…」
店長もバックルームに向かった。
「…藤堂さんって言うのか、なんか今まで来た本社の人達とは違う人だな。……私、なんであんなこと言っちゃったんだろ」
女性は後悔していた。
休憩室
「疲れた……」
「同じく…」
直人と由香は椅子に座り、呆けていた。
「お!いたいた!藤堂、今日は助かったぞ。まだ勘も鈍ってないみたいだな」
「店長…、いえいえもう今日一日でこんな感じですよ」
「…お前、鍛えてないな?」
「…わかります?」
「わからないほうがおかしいな」
「ですね、ハハッ」
その時、先程の女性が上がりの為か休憩室に入ってきた。
「あっ…」
「あぁ、先程は…」
「藤堂さんとおっしゃるんですよね?」
「えっ?あぁ、はい」
「藤堂さん、先程はすみませんでした。なんであんなこと言ってしまったのかとずっと反省してまして」
「馬渕…、その話はおしまいって言ったろ?」
馬渕と呼ばれた女性は続ける。
「…今まで来てた本社の人達と同じような人だと思ってて、全てのストレスをぶつけてしまいました。本当にごめんなさい!」
「いや、あの。僕も悪いので。というより今まで来てた人達はどれだけ酷かったんですか…」
「…俺も裏で役立たずどもが!って怒鳴ってたぞ?」
直人は店長から詳しく話を聞いた。
「……本社会議で議題に上げます。由香からも頼む」
「はい、うちのチーフに話をしておきます」
「すみません、私は馬渕千聖といいます。今更ですがよろしくお願いします」
「あっ、藤堂直人です。そしてこっちが鈴木由香です」
「鈴木です」
三人は遅い自己紹介をした。
「いや、今更しても遅いだろ…」
店長は引いた目で見ている。
その時、店長を呼ぶ店内放送が流れた。
「おっと、行かないとな。藤堂、今日は助かった。鈴木さんもありがとうございます」
「いえ、お役に立てたかどうか不安ですが…」
「助かりましたよ。藤堂、今度、飯行こう」
「はい、奢られるつもりで待ってます」
「この野郎、アッハッハッハッハ!そんじゃ!」
店長は急いで休憩室を出ていった。
「それじゃ私も荷物取ってきますね、先輩の荷物は?」
「ん?俺は事務所にカバン置いてるだけ」
「そうですか、じゃあ取ってくるんで待っててくださいね」
由香は更衣室に向かった。
「あっ、あの…」
「…はい」
「藤堂さんはお店から本社に行かれた方だと店長から聞いたのですが…」
「はい、そうですよ?」
「あの、具体的にはどういった形で…」
「えっと、今もあると思うんですけど社内公募ってのに応募して面談して、そこで決まるかどうかですね」
「私も本社勤務で働きたいと思ってまして、店長から藤堂さんの事を聞いて是非お話を聞けたらなと」
「そうなんですね!」
「それなのに私はなんであんなことを言ってしまったのかと…」
「それは僕が悪いので気にしないでください」
「あの、こんな私ですけど、またお話を聞かせていただけませんか?」
「僕は全然構いませんよ。じゃあ今連絡先を教えますね」
直人はポケットからスマホを取り出し
「メッセで良いですか?メルアドの方が?」
「メッセで大丈夫です」
二人は連絡先を交換した。
「ありがとうございます」
「いえ、僕に答えられる事だったらいつでもお答えしますので」
「はい、よろしくお願いします」
馬渕は笑顔で一礼をしたあと更衣室に向かった。
「…せーんーぱーいー」
すれ違うように更衣室から出てきた由香が冷たい目をしている。
「ん?どうした?」
「しー」
由香は静かにというジェスチャーをした。
「…どうした?」
小声で話し始めた。
「全部聞こえてましたからね、浮気ですか?」
「はっ?違うよ、なんでそうなるんだよ」
「連絡先交換とか…」
「あの人も本社勤務で働きたいから話を聞きたいって事だったから教えただけだろ?」
「…まぁそれはそうなんですけど」
「食事行きましょうとか話をしてたか?」
「してないですね…」
「じゃあそれじゃないね」
「先輩の場合、だからこそなんだけどな」
由香はボソッと呟いた。
「ん?」
「いえ…」
「あのね、俺も反省してるから。あと俺の事をクズって呼んだのは忘れてないよ?」
由香はギクッと表情が強ばり
「…何の話ですか?よくわかりませんけど」
由香は横を向いた。
「お前の事だから覚えてるはずだ」
「お前って言わないでくださいー、由香ってちゃんとした名前がありますんで」
「はいはい」
「まっ、いいや。帰りましょう」
「そっちから話し始めたのに?ちょっと待てって」
由香はスタスタと歩き始め、直人は追いかけた。
更衣室の扉が少し開き、千聖が覗くように見ていた。
「あの人経由でも本社に行けたらいいな、フフフ。可能性は多い方が良い」
更衣室の扉が閉まった。




