#52 難しいね
亜沙美は直人にメッセを送っていた。
「会いたい。ちゃんと話したい」
メッセージを受け取った直人は
「僕も改めて話したい事がある」と返信した。
そのまま二人は待ち合わせをし、近くの店で食事をすることにした。
しかしお互いすぐには何も話さず、二人の間には重い空気が流れていた。
「ナオ、色々と聞いてはいるんだけど改めてナオから全部聞きたい」
亜沙美が重い空気を切り出した。
「…うん、総務部の飲み会…、智美の歓迎会に行った時の事なんだけど」
直人は一から全て説明をし、栞の事もちゃんと話した。
「…それで帰りに智美が怒ってて、理由を聞いたら亜沙美の事もそうだし、私も…って」
直人はウソをつかずにちゃんと本当の事を話した。
「それであんな感じになってたの?」
「…そうなんだと思う。焦ってたんだ、自分でもよくわからないんだけど焦ってた」
「……」
亜沙美は何も言わなかった。
「…いや、これ罪悪感だ」
「罪悪感?」
「うん、そう。罪悪感」
「何に対しての?」
「…浮気」
「浮気したの?しようとしたの?」
「した」
「抱きつかれただけでしょ?」
「僕はそれを拒否すべきだった。でも受け入れてしまった」
「……」
亜沙美は智美から聞いた、誰にでも優しい、拒否出来ないという言葉を思い出した。
「優しいところは私が好きになったところだしなぁ…」
亜沙美は直人を見て呟いた。
「…優しい?」
「あぁ、ごめん、こっちの話。智美さんがね、ナオの事をそう言ってたんだよ。誰にでも優しいって」
それを聞いた直人は天井を見上げてから真っ直ぐ亜沙美を見た。
「…言い返せなかったり拒否出来ないだけだよ。昔から人から嫌われるのが怖かった。だから頼み事は出来ることは全部やってきたし、人の悪口は言わないようにして良い所だけを言ってきた。優しいんじゃない、臆病なだけだよ。多分これは智美も知らない」
亜沙美は驚いていた。
「…初めてだね」
「何が?」
「本心?そうやって話すの初めて聞いたから。もう付き合い長いのに」
「誰にも話したことないからね。話すことでもないし」
「でも私は今それが聞けて嬉しい」
「嬉しい?」
「ナオの事、もっとわかることが出来た気がする」
「…知られたくはなかったかな。なんで言っちゃったんだろ」
「…もっと色々と聞きたいな。やっぱり知りたいよ。これからずっと一緒にいてくれるんだよね?」
「それはもちろん」
「なら知りたい、知らなきゃいけない」
「…僕も亜沙美の事を知らないといけないね」
「うん、その前に…、ごめんなさい」
「ん?…何が?」
「嫌だ、とか嫌い、とか言っちゃいけないこと言っちゃったから…」
「それも元はと言えば僕が原因なんだから」
「ううん、これが私の悪いところ。今言わなくてもいいのに言っちゃうって所がある」
直人は一瞬言おうかどうか躊躇ったが
「……それは知ってるよ?」
「え!?」
「今までどれだけフォローしてきたと思ってるの…」
「そうでした…」
「あの日言われたことは気にしてないよ。でもその後の職場での僕の態度はダメだった。あれは社会人失格だよ。あの時は恋人じゃなくて上下関係だったのに」
「…そこが難しい所でもあると思うよ、私達。人間だもん、感情があるんだし。そこはお互い気を付けよう」
「そうだね」
「かと言ってよそよそしかったり遠ざけたりは禁止、無理に感情殺して接するのも無し。仕事とプライベートははっきり分ける。…難しいんだけどね」
「そこは努力していくよ。亜沙美を好きになった時から絶対にそれで悩む時が来るって思ってたから」
「そうなの?」
「そうだよ、上司だし、教育係だったし。だからそこも怖くてずっと好きですって言えなかった」
亜沙美は数秒、間をあけ
「…今日泊まってもいい?」
「ん?うん」
「今日はとことんまで話そう」
決着というわけではないが今の状況を終わらせなければいけないと考えた。
「そうだね」
「で、今回の件は水に流すってことで」
「いや、それは…」
「私がそれでいいって言ってるんだからいいの」
「…嫌いって言われたしなぁ」
「気にしてないって言ったじゃん!」
「ウソウソ。ごめん、ありがとう」
「もう…」
亜沙美はむくれた顔をした後、笑顔になった。
その後二人で食事をしていると直人のスマホが鳴った。
智美からの電話だった。
「…智美から」
「もしかしたら心配でかけてきたのかも」
「じゃあ、出るよ?」
「うん、いいよ」
「もしもし…」
智美達は居酒屋に移動してとことんまで飲んでいた。
「直人コノヤロー!すぐに出ろよー」
「…酔ってるな?」
「当たり前でしょうが!直人にフラれたさとみと私、そして由香の三人で飲んでまーす!」
「急激に仲良くなってるし、声がうるせぇ…。お前、その二人は職場の先輩だからな?」
「全部聞こえてる」
亜沙美は笑っていた。直人は周囲の人達の迷惑にならないように受話音量を出来る限り下げた。
「でー?亜沙美さんと話はしたの?してなかったら殴るからね」
「したよ。今一緒にいる」
「おー、やるじゃん男の子!じゃあそのまま婚姻届貰ってきなさい」
「お前、そのテンションで今日帰ってくるなよ?」
「……良いこと思い付いた。このまま三人でうちで家飲みしようかなー」
「絶対にダメ!最悪俺は良くてもお隣さんから怒られるぞ」
「直人は良いんだー、じゃあ直人んちで飲むか!」
「それもダメ」
「あっ、ちょっと待って、さとみが話したいって」
「…嫌な予感しかしないな」
「藤堂さん…。藤堂さん?」
妙に重い口調で呼ばれた。
「な、何?」
「バカヤロー!!キャッハッハッハッハ!! 」
直人は頭を抱えた。さとみは相当悪い酔い方をしていた。
電話口は智美に戻った。
「バカヤロー!!あっはっはっは!バーカバーカ!」
「お前のは純粋な悪口だから、明日怒る」
「きっと覚えてませーん」
「…由香はどうした?真っ先に止めるだろうに」
「由香はねー、泣きながら飲んでるよ」
「……なんで?」
「ヒミツー、由香にも色々あるんだよ。それを聞こうだなんて…この変態!」
「なんで変態呼ばわりされてるかわからないけど、本当に明日怒るからな」
「…グスッ、ヒック」
「ん?急にどうした?泣いてる?」
「私、藤堂さんに怒られることしましたか?」
「いつの間に由香に替わったんだよ!」
「…ひどい!二人のために苦しんだのに!先輩のバカ!クズ!」
「ゆ、由香!由香に怒ろうとはしてないから…。由香には怒らない、感謝してるんだから」
「……昔から由香は特別扱いしますよね、何かあったんですか?」
「…勝手に電話口替わるのやめてもらえる?」
「バカヤロー!!キャッハッハッハッハ!!」
「切るぞ」
直人は通話を切って何事も無かったかのように食事を再開した。
「いいの?」
「いいよ」




