#47 何かやらかしたっけ?
由香はこっそりとそれでいてスピーディーに二人の後ろを歩いた。
その目は疑いと軽蔑が入り交じっていた。
「いつ声をかけるか…。やっぱり誰かわかるような情報が出てこないと」
由香は聞き耳を立てながらバレないように歩いていた。
そしてその様子は周りから見るととても奇妙に映り、一体何をしているのかと自然と由香の前の二人に視線が集まった。
本来であれば特に気にするような人などいない二人だが、会社の同僚であればそれは話が違ってくる。
ましてや後ろを尾行しているのも同僚なのだから。
周りがひそひそと話し始める。
「あれ、営業部の藤堂じゃないか?隣の美人は誰だ?」
「竹下チーフ…じゃないね」
「たまたま一緒に歩いてる可能性もあるだろ?」
「それなら、じゃああの人は誰だ?って話になるだろ」
結果的に由香の行動が二人を目立たせてしまった。
直人を知らなかった社員も営業部の藤堂と覚えるほどに三人は目立ってしまった。
視線に智美が気付く
「…ねぇ、なんか見られてない?」
「そんなのは昔から俺は慣れてる。皆お前を見てるんだろ」
「なんで?」
「目立つんだよ。美人で背が高くて細いって。そろそろ自分を過大評価しようか」
「なぁに?ちょっと急に。照れるじゃない」
智美は直人に近付いて肩をぶつけた。
由香は眉をしかめた。
「何?今の…まるでラブラブカップルじゃない。もう我慢できない!」
由香はすぐに直人に声をかけた。
「藤堂さん!」
「ん?由香、おはよう…って、どうした?怖い顔して…」
「藤堂さん、竹下さんという女性がいながら…何て事を」
「……あぁ!待て待て!誤解だ!」
「何が誤解ですか!」
「ちょっ!とりあえず話を聞けって」
「…その女は誰なんですか」
由香は必死の形相で食い下がる。
「島崎智美、今日からうちの総務で働く事になった。俺の幼馴染」
「…幼馴染?異性の幼馴染と職場が一緒?何ですか?そのムフフパターンは」
「待てって!言ってること変になってきてるぞ。亜沙美も知ってるから!」
「………へ?知ってるんですか?」
由香の表情が急に変わった。
「知ってるよ。色々と思うところあって会わせたから。会わせてなかったら今の由香みたいになるだろ?」
「……あの、ごめんなさい」
「わかればよろしい」
「島崎智美です。よろしくお願いします」
「あっ、鈴木由香です。よろしくお願いします」
智美と由香はお互いに挨拶をした。
「それじゃ俺は会社に向かうから智美は時間まで近くにカフェあるからそこで時間潰してなよ」
「うん、わかった。そうする。それにしても直人はモテるんだねぇ」
「い!いえいえ!私は藤堂さんの事は何とも思ってませんから!これっぽっちも!」
由香は親指と人差し指の間を狭めるジェスチャーで表現した。
「由香、俺は朝から傷ついてるぞ…」
「まっ、とりあえずまたあとで」
智美はそう言うと直人達と別れて歩いていった。
直人と由香はしばらく沈黙した。
その後、直人が由香を見ると
「ややこしい事しないでほしいです」
由香は腕を組んで横を向いた。
「いやいや!俺が悪いの?」
「さ!出勤しましょう。今日も頑張ってお仕事お仕事!」
由香はスタスタ歩いていった。
「待て、俺は腑に落ちてないぞ」
直人も追いかけるように歩き始めた。
その十数分後、別の方向から出勤した亜沙美はオフィスに着くまで今までに無いぐらい周りから声をかけられていた。
「あっ、おはようございます!」
「竹下くん、頑張るんだぞ!」
「気にしないように、まだ多分チャンスはあるから」
亜沙美は困惑していた。
「私、何かやらかしたかしら…。出世チャンス消えたみたいな…?」
急に不安になりデスクに行って仕事の確認をすぐにしたくなった。
昼頃
「特に何もミスはしてないわね…。何だったのかしら一体」
亜沙美の中では今朝の事がまだ解決していなかった。
そんな時、直人と隣の同僚の会話が聞こえてきた。
「藤堂、今日美人と出社してきたって聞いたけど、誰?」
「…ちょっと待ってください?そんなに広がってるんですか?」
「結構ね」
その会話を聞いて亜沙美は合点がいった。
「なるほど、智美さんと一緒に歩くナオが目撃されて……。私がフラれたことになってる?いや、先越されたとか思われたのかな?」
はぁー。と亜沙美はため息をついた。
そのため息に気付いた同僚は何事も無かったかのように仕事に戻った。
「なんか普段からどう思われてたか。何となく知ることが出来た気がするなぁ…」
亜沙美は少し気が重くなった。
亜沙美はPCメッセで直人のアドレスを選び、「ちゃんと説明するように」と送信した。
それに気付いた表情をした直人は「どっちの?」と返信した。
「智美さんに決まってるでしょ!」とすぐに返した亜沙美はそのまま直人の方を見て、念を送り続けた。
「どう説明したもんか…」
直人が悩んでいるとオフィスに総務部の二人が入ってきた。チーフと智美だった。
どうやら各部署をあいさつで回っているらしく、このタイミングで営業部に来たという事らしい。
「あの人だ!藤堂と一緒にいた美人」
「背高い、細い…」
「え?なんで藤堂と?」
オフィス内はざわつき始めた。
「…最悪のタイミングじゃないか?」
直人は亜沙美をチラッと見た。亜沙美は目をそらすでも頷くでもなくジッと直人を見ていた。
「丸投げか…」
亜沙美がそうしているときは全て任せるという意味を持っていた。
直人が悩んでいると第三営業部に挨拶している時に由香が智美に話しかけた。
「お疲れ様です。挨拶回り大変ですね」
「お疲れ様です、いえ大事な仕事だと言われてるもので…。しっかりと顔を覚えてもらおうと」
総務チーフが驚いた顔をして
「知り合いなの?」
「あっはい、朝にお会いして…」
「藤堂さんの幼馴染の方だそうで、ご紹介いただきました」
「…幼馴染?なの?」
直人の隣の同僚が話しかけてきた。
「はい、初出勤だからということで一緒に来たんですよ」
「付き合ってるわけではなく?」
「はい、ここに入社したのも偶然です」
「なんだ…、そうか。そうかそうか!」
亜沙美と直人はオフィス内の空気が変わった気がしたのでひとまず安堵した。
直人はすぐに由香にメッセで「助かった。ありがとう!」と連絡した。
「これでさっきのはチャラでお願いしますね」と返信が来たので「チャラどころかランチを奢ろう」と返した。
「イェーイ」と返事が来たのを確認して由香を見ると小さくピースをしていた。
その後、直人達の部署にも挨拶に来たが変によそよそしくなってしまい、由香はうなだれ「下手くそですか!」とつい送ってしまった。
ラウンジ
社内にある共有の休憩スペースで直人と由香とさとみがテーブルに座っていた。
社食でランチを奢ったあと、そこで話をしていた。
社員たちはほとんどが社食か外食で昼休憩を済ますのでラウンジを使う人はあまりいないという理由でここで話す事にした。
「…藤堂さん、あれは無いですよ」
「面目ない…」
「幼馴染って本当なんですか?」
「うん、本当。実家が隣同士でね、お互いの父親も幼馴染だから必然的に昔から何をするのも一緒でさ」
「そうだったんですか…。なんか噂がすぐに広まってて心配したんですよね。藤堂さんもう浮気したのかと。最低なクズ野郎だなって」
「するわけがないから。あいつとは兄弟みたいなもんだよ。あと今のは口が悪いよ?」
「ここに入社したのは偶然なんですか?」
「うん、偶然。俺も年が明けてから聞いたから」
「…それって結構な縁じゃないですか?」
「基本的に考えてること同じなんだろうね…」
さとみは納得したような出来ないような微妙な感情になった。
「でも私のファインプレーでその噂もすぐ上書きされると思いますよ」
「いや、本当に助かった」
「竹下さんが色んな人に励まされてたので、気の毒に思ってしまって」
「…そこは俺の考えが足りてなかったよ、そこまで俺達ってそういう関係だと思われてるの?」
「二人がいないときにたまに話をされてますよ。あの二人はまだくっついてないのか?とか」
「…そうだったのか。じゃあそんなことになるよなぁ」
「ところで今、竹下さんは?」
「その励まされたのが仕事でミスった事だと思ったみたいで、その確認で時間取られたって事でまだ午前の仕事やってるよ」
「竹下さんは知ってるって言ってましたよね?」
「年始の連休の時に会ってるからね。会わせないまま入社したら多分今のさとみみたいな表情になると思ったから」
直人と由香はさとみを見た。
「…え?変な表情になってます?」
「うん、信用してない顔になってるよ」
「でもそれが当たり前なんだと思ったから会わせたんだ。会えば信じてくれるかなって」
「…確かに何も知らない状態で入社してきたら、何を言われても信用出来ないと思います。幼馴染が入社してくるなんて有り得ないって思っちゃいますからね」
「普段からあんな感じなんですか?」
「ん?何が?」
「朝、見掛けた時に仲が良すぎる気がしたので。だから私も浮気しやがってって思ったんですけど」
「…昔からなんだよね」
「そうなんですね……」
その後、直人は二人からの質問にいくつか答え、休憩時間が終わりに近付いてきたので戻ることにした。
「とりあえずこれで波風はたたずに終わるかな…」
休憩後にも関わらず疲れている直人だった。




