#44 入社の話と実家の話
一月十七日 金曜日
亜沙美は今日も直人の部屋に泊まりに来ていた。
明後日に直人の実家に行くから話したいというのもあるが、年明けからの仕事が安定するまでは平日ほとんど会えないから存分にイチャイチャしたいという願望もあった。
「ナオ」
「ん?」
「んー」
亜沙美はふざけるキスの口をした。
「はい」
直人は食べていたじゃがいものスティックのお菓子を数本まとめて食べさせた。
「ふぉっと!ふぃがう!!」
「なんて言ってる?アハハハハ」
「もう!」
亜沙美は直人の肩に頭を乗せ横から直人を抱きしめた。
そのまましばらく時間が経ったあとにインターホンが鳴った。
「ん?誰だろ?」
直人は立ち上がりドアホンのモニターを確認した。
「直人ー!」
「智美か…。ちょっと出るね」
「うん、あっ、私も行く」
二人は扉を開けた。
「直人、入社の日が決まったよ。二十一日からだって」
「うちは二十日締めだからかな?」
「あっ、亜沙美さん。こんばんわ」
「こんばんわ」
「あっ、邪魔しちゃいました?」
「ううん、大丈夫だよ」
「これから始めようとしてたところだったら悪いかなって」
「何をだよ!」
「食事だよ。何を考えたんだよ!」
「ナオはエッチなことしか考えてない」
「亜沙美?言葉は選ぼうか」
「お前は本当に……」
「おい、そんな目で見るなって」
「智美さんご飯食べた?」
「まだ食べてないですよ」
「じゃあ一緒に食べに行かない?」
「良いんですか?二人きりだったのに」
「大丈夫だよ、あと明後日にナオの実家に行くから話を聞きたいなぁって」
「明後日に行くんですね。直人!あんたしっかりしなさいよ」
「お前は何目線だ」
「姉目線に決まってるでしょ」
「認めてません」
「なんだと」
「はいはい、じゃあ出掛けましょう」
三人は近くのレストランに入り、メニューを注文した。
「二十一日は朝から?」
「いや、十時って聞いてるよ」
「まぁ、そりゃそっか、始業と同時には無理だもんな」
「会社で会ったときは知ってる感じで話していいの?」
「…俺はいいんじゃない?説明出来るし」
「私…は不自然か」
「だね、接点は?ってなるかも」
「二人の事は周りには内緒にしてんの?」
「いや、内緒って事でもないけど、特に聞かれもしないし。わざわざ言うのもおかしいし」
「そっか、そりゃそうだよね。いきなり俺達付き合ってますって言い出したらヤバい人だもんね」
「でしょ?」
「あっ、智美さん。ナオの事をいきなり直人って呼ぶのもやめた方がいいかも」
「やっぱりそうですよね。そこは社会人として気を付けます」
「おっ?成長した?」
「初めからあんたよりは大人だよ」
「先輩にそんな態度いいのかな?」
「先輩なら後輩の多少の攻撃も寛大な心で受け入れるよね。よし!」
「待て待て!よし!って何する気だ?」
「え?暴力…」
「ダメに決まってるだろ」
「先輩のくせに…」
「はいはい、先輩ヅラして悪うござんした」
「総務って怖い人いる?」
「んー、そういう話は聞かないけど、前々から言ってるように激務だから余裕無くてってのはあるかもね。まぁ何を言われても気にしないことだよ。今は気が立ってるのかな?とかそういう風に思えばいいんじゃない?」
「そっか」
「ナオが先輩っぽいこと言ってる……」
「亜沙美?意外なことではないよ?」
「さすが私のイライラを受けたりしてるだけはあるね」
亜沙美は余裕が無くなると直人に当たる時があった。理不尽ではないが周りからするとそこまで言わなくてもというような事まで言われたこともある。
「自覚してるならちょっとは控えてね?」
「最近は無いもん、カフェラテも。そういえば最近カフェラテ買ってもらってない!」
「カフェラテ?」
「私が余裕ないなぁってナオが思ったらカフェラテを買って渡してくるの」
「直人、お前そんなことしてたのか……」
「なんで引いてる?」
「いや?軽蔑してる」
「何でだよ!」
「まぁ、それは置いといて。そんなことしてたら周りにはバレバレなんじゃないの?実際に付き合いだしたのは最近かもしれないけど、もっと前から周りにはそう思われてたり」
「……思われてたね」
直人はさとみを思い出した。
「やっぱりって言われたねぇ」
亜沙美もさとみを思い出した。
「もしかして二人とも社内では有名人ですか?」
「いや、そんなことはないと思うよ…。ねぇ?」
「……うん、多分」
「何?なんか嫌な間があったね」
「いや、私もウワサ程度で聞いてる話だから」
「何かあったの?」
「上の人達の中では私たちはコンビらしいよ」
「…そうなの?」
「うん、直接言われたことは無いからわからないけど」
「だから何かあった時は組まされてるの?」
「何?その言い方。嫌なの?」
「い、嫌じゃないよ?嬉しいよ?いつも心の中では喜んでるから…」
「そこまで言うとウソっぽいなぁ」
「直人、とりあえず謝れ」
「謝ると本当になるだろうが」
「で?どっちなのかな?」
「嫌なわけがないでしょ。好きなんだから」
「あれ?ごめん、聞こえなかった。もう一回言って?」
「絶対聞こえてるから言わない」
「ケチ!」
料理が運ばれてきたので一旦話を終えて食べる事にした。
「直人の実家には何時ぐらいに行くの?」
「昼ぐらい」
「そうだ!智美さんに聞きたかった事があって」
「なんですか?」
「ナオのお母さんからお土産はいらないって言われてるみたいなんだけど、実際は持っていった方がいいかな…」
「…うーん、いや、本当に持っていかなくていいと思います。どうしても気になるなら皆で食べたくてって形で持っていってもいいとは思いますけど」
「ナオと同じ事言ってる」
「だから言ったでしょ?裏なんか無いって」
「裏?」
「試されてるんじゃないか?って言ってたんだよ」
「ああ!そういうことね!圭子おばさんはそういうのはないですよ。本当に本当の事しか言わないので」
「そっかー…」
「肩肘張らなくても大丈夫だよ」
「そうですよ」
「…うん!わかった。ありがとう!」
「今日って亜沙美さんどうするんですか?」
「ん?ナオの部屋に泊まろうかなって」
「もう何回も泊まりに来てるよ」
「え?そうなの?全然知らなかった。あのアパートすごいね。全然音聞こえないじゃん」
「ドアを閉める音とかだけでしょ?聞こえるの」
「うん、今ビックリしてる。だって会話してたでしょ?」
「してたよ」
「それ聞こえてないもん。あっ、私が壁を叩いてるの気付いてる?」
「叩くなよ!何が気に入らなかったんだよ」
「ただの嫌がらせに決まってるだろ!」
「余計タチが悪いわ!」
「ごちそうさまでした」
三人は食事を終え、帰ることにした。
「…直人、あんたちゃんとしなさいよ」
「急になんだよ、何をだよ」
「色々だよ。色々」
「具体的に言えって」
「私が入社してあんたと話したときに三角関係?とかならないようにしてなさいって事」
「あぁ、そうなる前にちゃんとしろって事ね」
「そういうこと」
「お前こそ美人なんだから変な男から言い寄られないように気を付けろよ。余計ごちゃごちゃなるぞ?」
「またお前はそういうことを…」
「うん、もしかしたら智美さんは話題の人になるかも…」
「亜沙美さんまで」
「いや本当に。私が初めて智美さんと会ったときビックリしたもん。モデルさん?って」
「細いって言ってたもんね」
特に意識してはいなかったがそう言いながら直人は亜沙美を上から下まで見てしまった。
「おい、今なんで私をよーく見た?」
「ん?み、見てない見てない!」
「誤魔化せるとでも?」
「直人!ちゃんとしなさいって言ったばかりでしょうが!」
「わかってる、わかってるから」
「ナオー?」
亜沙美は笑顔で直人を呼んだ。
「……」
智美は少し怖くなり何気無く距離を離れた。
「帰ろっか?」
「あ、私は本屋寄ってから帰るので…お先にどうぞ」
「そう?じゃあ先に帰ってるね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「…智美、お前」
直人は亜沙美に腕を組まれて部屋まで歩かされていった。
智美は手を振って二人を見送り
「今のは直人が悪い…」
ため息をつきながら頭を横に振った。




