#38 仕事初めに残業覚悟
一月六日 早朝
直人はいつも通りの時間に目が覚めた。
一昨日は片付けをしたあと三人で少し話したあと智美は自分の部屋に帰って寝ることにして、亜沙美は泊まっていったが五日の午前中に帰っていった。
その日は明日から仕事だからと直人と亜沙美は会わず夜に連絡を取っただけだった。
「いつもより三十分早く出勤か…。まぁいつも早くに起きてるから別にいいけど」
直人はいつも通りの朝を過ごし、いつもより早めに出勤準備を始めた。
「そうだ、新しく買ったスーツ出さないと」
着替えが終わった直人は洗面台で髪型を整え、玄関に向かった。
「智美は…、寝てるか」
隣の部屋からは物音が何一つしなかった。
駅に向かう直人の目に写るのはいつもと変わらない通勤途中の人達の姿で年末からの連休がウソみたいに日常に戻っていた。
直人は今回の連休を思い返しながら歩いた。
「しかし色々あったな。ここまで毎日何かしらある年末年始は初めてだ」
多少の疲れもあったがそれでも例年よりも充実した連休だった。
その事が関係しているのか、何故だか足取りも軽くなっていた。
駅のホームに着くとスーツ姿の人達で溢れており、新しいスーツを着た直人は周りと比べて少しだけピシッと気が入り、自然と背筋も伸びていた。
「三十分早くてもこんなにいるのか。一体何時頃だと空いてるのかな」
満員電車に揺られながら会社の最寄り駅に到着し、改札を抜けて歩いていると女性に声をかけられた。
「藤堂さん!おはようございます」
「あ、由香、おはよう」
「連休どうでした?」
「色々あったよ。…ありがとな、本当に」
「…ってことは、そういうことですか?」
「おかげさまで」
「良かったー。いやー、私も言い過ぎてしまったかもと気になってまして」
由香は空を見上げた。
「言い過ぎた?」
「あれ?竹下さんから聞いてないですか?」
「何も聞いてないよ」
「うーんと簡潔に言うと竹下さんに発破をかけたというか何というか。私が藤堂さんに連絡する前にお話してるんですよ」
「…あぁ!だからか!急に会いたいって連絡来たの」
「そんな感じで来たんですね」
「うん。本当にありがとう。由香からの連絡が無かったら俺も決心がつかないまま会ってたかもしれない。家を出たときはこの関係が正しいのかどうかやめた方がいいんじゃないかって事を話そうとしてたからさ。でもあのメッセで決心ついたから」
「なら良かったです」
直人が笑いかけると由香は首の後ろに手をあてた。
「その癖、変わらないな」
「え?」
「照れてるときかな?首に手をやるの」
「あぁー、皆から言われてましたね。ハハハ」
「それでその…」
「…言ったじゃないですか。さとみなら大丈夫って、連休中に更に元気になったんですから」
言いづらそうにしてるのを察したのか、由香は直人が聞きたい事を話した。
「そ、そっか。なら良かった」
「罪悪感あります?」
「それはあるよ。俺は情けないなぁとも思ったし」
「まぁ、さとみに会ったら伝えてくださいよ。そのまま正直に」
「…うん、わかった」
二人は会話中も歩き続け、会社に近くなると亜沙美が歩いているのを見つけた。
「あっ、ちょっと私行ってきますね。竹下さん!」
「ちょっ!…行っちゃった」
直人は由香を追いかけた。
「…鈴木さん!」
声が聞こえた方を見た亜沙美は驚いた。
「お久し振りです」
「うん、久し振り…」
「すみません、あの時は。ずっと言い過ぎてしまったと思っていまして」
「ううん、鈴木さんのおかげで…、あれ?」
後ろから来る直人を見つけた。
「一緒だったの?」
「駅で会ったんです。話も聞きました」
「そうだったの…。鈴木さん、本当にありがとう。あれで私は目が覚めたし、勇気ももらったわ」
「いえいえ」
由香は再度首に手をあてた。
「おっ、照れてるな?」
直人が追い付いた。
「改めて二人から言わせてもらうよ。ありがとう」
「ありがとう」
「い、いえいえ、そんな感じで来られると…ちょっと…」
由香はすごく照れているのか、首の辺りをさすり始めた。
「あ!い、行きましょう!朝礼なんですよね」
「そうだった…、行こう」
三人は社内に入っていった。
オフィスに入ると三人は自分のデスクに向かった。
亜沙美がふとデスクから前を見るとさとみがおり、由香が何かを話していた。
さとみがすぐに自分を見たことで何を話したのかがすぐにわかった。
さとみは軽く頷き、亜沙美も頷き返した。
その様子を見た直人も振り返り、さとみに笑顔で頷いた。
自然とさとみにも笑顔が生まれた。
全社朝礼まであと十分というところで亜沙美が自分のチームに声をかける。
「皆、おはよう!今年もよろしくお願いいたします」
チーム内からはおはようございますやよろしくお願いしますがごちゃ混ぜに飛び交い
「…ごめん、どっちかにするべきだったね。アハハハハ」
亜沙美が笑うとチーム内も笑いが起きた。
「それじゃああと少しで朝礼始まっちゃうから大会議室に行きましょう!」
滅多に無い全社朝礼だがそれがある時は営業部は大会議室に集まることになっていた。
もちろんそこに社長はいない。
社長室からカメラを通してモニター越しに伝えたいことを伝えるやり方だった。
各部署に集まる部屋があり、全従業員はそこで話を聞くことになっている。
大会議室について程なくしてモニターに社長が映った。
しっかりと聞いている者、眠そうにしている者、顔が青白い者、途中で入ってくる者もいたがモニター越しなので特に支障は無かった。
約二十分ほど今年の目標等の話があったあと、最後に話された内容に皆、戸惑いを隠せなくなった。
それは部署再編の話であった。
大きな動きがあったのは食品だった。一部店舗では生鮮食品をテナントにするという発表があり、必然的に食品部門は人員が削られることになった。
その発表は後日行われるらしく食品部門は一気に殺伐とした空気に変わった。
幸いにも亜沙美、直人、さとみ、由香の部門は特に動きは無かった。
そのまま会議は終了した。
「うちは特に何も無かったな…」
直人はデスクに戻る途中、少し拍子抜けしていた。
しかし、デスクに戻ると嫌でも気合いを入れざるを得ない状況が待っていた。
本社が連休中に出された店舗からの発注要請が当然溜まっており、そのデータを見て
「今日は残業だな」
と夜遅くまで帰ることが出来ないかもと覚悟した。




