68.カフェ
「アンジェ、着いたよ。降りようか」
「うん」
俺が予約しておいた店は、白を基調にピンクが使われた外装からも分かる通り、とっても女の子向けなところだ。
ウエイトレスの案内についてゆったりと店内を見回してみても、ほとんどが女の子連ればかりと言った具合。
「セトスさま、わたし、ここ好き」
「それはよかった」
空気を読むのが得意なアンジェらしく、このカフェのふんわりした雰囲気を感じ取ったのだろう。
柔らかいソファー席に座ると、無意識に緊張していた肩の力を抜いて、ふにゃんとリラックスできていた。
「このカフェは地元で採れた食材をうまく使っているらしいんだ。今の時期はいちごがおいしいんだって」
「いちご? 好き!」
いちごと聞いただけでふうわりと顔を綻ばせる。
「だけど、スイーツだけじゃお腹膨れないからな。ちゃんとご飯も食べよう」
「……うん、わかった。何が、おいしそう?」
若干不満げながらも、素直に食べてくれる気にはなったらしい。
もしできるなら、一緒にメニューを眺めてあれこれ言い合いたいけれど、さすがにそれはできない。
だから、いくつか俺が見繕って、アンジェに紹介してあげる。
「アンジェが好きそうなのだと、取れたてトマトとハムのサンドイッチとか、自家製スモークサーモンのクリームパスタとかかなぁ……。あとはナスとひき肉のドリアもあるけど」
他にもいくつか言ってみたけれど、アンジェが興味を示したのはサーモンのクリームパスタだった。
「パスタ、食べれそ?」
「長いスパゲッティみたいなのじゃなくてマカロニっぽいタイプだから、アンジェでも大丈夫そうだよ」
「じゃあそれにしようかな……。
ううん、やっぱり、サンドイッチにしようっと」
「なんで?」
明らかにパスタが食べたそうな雰囲気だったのに、急にサンドイッチにするなんて。
「うーん……うまくすくえなくて、食べれなかったら困るし」
「なるほど」
今まではほとんど外出したことがなかったし、アンジェにとって外での食べ物は全く未知のものだろう。
もちろん、俺もアンジェとの外出には慣れていないから、彼女にとって良い言い方をしてあげることもできなかった。
俺としては、彼女にも普通の女の子のような楽しみを知ってほしいと思っているから、アンジェが気兼ねなく好きなものを頼めるようにしてあげたいんだ。
「アンジェが本当に食べたいのは、クリームパスタ?」
「……うん」
「じゃあ、アンジェはパスタを頼んでみよう。俺はイチオシって書いてある、採れたてトマトのサンドイッチにするつもりだから。
もし食べられなさそうだったら交換しよう」
「でも、セトスさまも、食べたいもの、あるでしょ?」
「俺はトマトサンドが食べたいんだ。だけどクリームパスタでもいいなーとか思ってるよ」
これはアンジェへの配慮とかじゃなくて事実だ。
なんなら、二人で美味しいものをシェアしてパスタもサンドイッチも味わればいいなぁなんて思っていたり。
アンジェはしばらく考えていたけれど、俺の言い方から、俺に我慢させているわけではないことは伝わっている。
「じゃあ……。サーモンのパスタがいい」
少し言いづらそうに、それでもはっきりと。
アンジェが食べたいものを選べたことに、俺はとっても嬉しくなった。
「じゃあ次は、デザートを選ぼうか」
「やったー!」
明らかにそれまでよりテンションの上がったアンジェのために、デザートメニューを端から読み上げる。
食事を選ぶ時は、アンジェがあまり興味がないので知識が少ないのと、食べられそうかというところに重点を置く。
そのせいで、ある程度俺が見繕ってからアンジェが選ぶことになる。
しかし、デザートは違う。
完全に好きに選んでもらった方がいいだろうと思ったから、わざわざ全部読み上げた。
「うーん、どうしようかな……苺の、シャーベットか、いちごの、ミルキースムージーか、シェイクも、美味しそうよね?
ジェラートって、アイスクリームと、何が違うっけ?ケーキは、パスタ食べた後には、食べられなさそう……」
むー、と顎に手を当てて考え込む様はとっても可愛らしい。
それに、デザートの事となると気合いが入るようで、いつもの何倍も喋っているし。
「アンジェは、どのケーキが食べたいの?」
「イチゴと、カスタードのパイ。
おいしそう、じゃない?
でも、食べれそうには、ないから。
また、連れてきてほしいな」
「また来れるかどうかは分からないけど、俺がそれ頼むから、一口食べる?」
「いいの!?」
びっくりした様子のアンジェだけど、そこまで驚くほどか?
「マナーの先生に、怒られちゃわない?」
「心配してたのはそれかぁ。
前にも言ったと思うけど、あの先生から習っているのは公式の場での振る舞い方だから。
こういうカジュアルな場面では、気にしなくても大丈夫だよ」
アンジェにつけてもらっているマナーの先生はアグネス女史と言って、かなり厳しい人だ。
元々はティアリスのために呼んでいた先生で、今はアンジェのことも見てもらっている。
代々紋章院に勤める文官の家系の方で、女性のマナーに関しては、非常に詳しく、厳しい人だ。
その分、彼女にしっかりと教えてもらえば立派な淑女になれると、王族からも声がかかるような先生。
アンジェは、物覚えもよく真面目に実践しようとしている、としてまずまずの評価を得ていた。
「今は、アグネス先生の、言うこと、守らなくていい?」
「うん。いつでもできればいいけど、今日はしなくても大丈夫。
本当はいつも守っておかないと、思わぬ時にボロが出るっていうけどね」
「でも、ケーキは、食べたいですっ!」
元気いっぱいにアピールされて、やっぱりダメなんて、さすがに言わないし、言えない。
「だから、今日俺のケーキを食べるのは、オッケーってことにしよう」
「やったっ! じゃあ、イチゴとカスタードの、パイね? あと、いちごシャーベット!」
「うんうん、じゃあ注文するからね。デザートはご飯の後だから」
「わかってるもん!
ちゃんとわ食べるから、大丈夫。それに、パスタも、とっても、楽しみなんだから!」
アンジェのキラッキラの笑顔は本当に可愛くて。
彼女のためならなんでもしてあげたくなるくらいだった。