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67.風のちがい

 


「ん〜? 風が、ちょっと、ちがう感じね?」


 湖が近づいてきただけで、アンジェには変化が分かったらしい。


「どう違うんだい?」


「えーと、いおうの匂いが、少なくなってる。それに、水の匂いもするね」


「なるほど。空気の匂いが違うのか。

 ちなみに俺は全く分かってないよ」


「ええっ、何で?」


「何でだろうな。緩やかすぎて、感じにくいのかも……あっ、見えてきた」


 上り坂の向こうにキラキラと反射する湖面が見えて、ようやく湖に来たと実感できた。


「セトスさまにも、分かった?」


「ここまで来たら、空気の感じが違うのもさすがに分かるな」


 そんな他愛もないやりとりにすら、俺とアンジェの違いが分かって面白いと思える。




「わぁ、セトスさま、ここすごいね!」


 林の間の道を抜けて柔らかい砂浜に出たとたん、アンジェが歓声をあげた。


「どう凄い?」


「あのね、風が、とっても元気なの!

 お家の周りとか、さっきの馬車の道より、元気!」


 興奮したように勢いよく話すアンジェはとても楽しそうだ。


 確かにここは風が強い。

 湖畔だということもあるが、それ以上に向かいに見える山から降りてくる風が吹き付けてくるのだ。



 ぱたぱたと髪をなびかせながら、彼女はしみじみと呟いた。


「セトスさま、わたしも、あんなふうに走り回れたらいいのにねぇ」


 ぎゅーっと手を握りしめる。


「いつか、走れるようになろうな」


「歩けるようになったんだもん。いつか、じゃなくて、走れるように、なるよ?」


「もちろん。そうなれるように、一緒に頑張ろうな」


「うん! いっしょに、ね!」


 湖畔の煌めく太陽に照らされた笑顔が眩しくて、それを眺めているだけで、しあわせだと思えた。





 そうして二人で肩を寄せあって湖を眺めている時。

 ふと思いついたようにアンジェが呟いた。


「あのね、ちょっと気になったんだけど、セトスさまは、ここ、前にも来たことあるの?」


「ああ。何度か来ているな」


「じゃあ、楽しくない?」


「そんなことないよ。俺が楽しくなさそうだと思った?」


「うーん。そんなことはないけど。

 何回も来てるなら、楽しくないのかな、って」


 アンジェがこちらを向いて、こてんと首を傾げる。


「正直言って、同じ所に来たとは思えない程違う景色に見えるな、と思っているんだ」


「どういう、こと?」


「俺は、景色には大して興味はなかったし、昔家族と来た時も、こんなに長い時間、湖を眺めたことも無かった。

 だけど、アンジェといるだけで全然違って感じるんだ」


「どう、ちがう?」


「この景色をどう言えばアンジェに伝わるかな、とか、アンジェがもっと楽しくなるにはどうしたら良いのかな、とか。

 色々考えるだけで楽しいよ。これを、『世界が色鮮やかに見える』って言うんだろうな」


「わたしも、同じだよ? セトスさまといっしょにいるだけで、とっても楽しいもん!」


 終始にこにこ笑顔のアンジェが、無意識にか俺の方へ身体を寄せた。……寒いのかな?


「アンジェと居るだけで、本当に楽しいよ。でも、寒くないかい? ここは風が強すぎるから」


「ん、ちょっと、寒いかも」


「じゃあ軽くお昼を食べに行こうか。俺も行ったことはないんだけど、美味しいって評判なんだ」


「……いい、よ? でも、またあとで、もう一回来ようね?」


 お昼の誘いに少し不満げなアンジェ。

 だけど放っておいたら寒いことにも気づかずに、永遠に湖の風を受けて居そうな彼女を何とか暖かい所へ連れて行きたいんだよ。


 まだまだ旅行は長いんだからな。




「それで、セトスさま、今日のお昼は、なぁに?」


 ようやく湖から興味を移してくれたアンジェを連れて、馬車へ戻る。


「あんまりかしこまった雰囲気じゃないところの方がいいかと思って、気軽に行けるようなカフェの席を取ってあるよ」


「そうなのね、セトスさまはかっこいいから、かっこいいお店が、似合うと思うけど。

 わたしは、あんまり、得意じゃないから、うれしい」


 にっこり笑うアンジェはやっぱり可愛いし、さらっとかっこいいとか言われたら俺も嬉しいんだよな。



 この国は身分の上下にあまり厳しくない。

 隣国の中には、庶民が貴族を見ただけで罰されるような極端な国もあるらしいけど、我が国はとても緩やかだ。


 貴族は、土地を治め政を仕事にしている一族だ、というだけ。

 平民の命を預かる責任がある分、特権もあるだけで、あくまで義務と権利は同じ重さだという考え方だ。


 だから、貴族でも義務を全うしない者は平民にされるし、平民の中でも責任を背負いきれる能力のある者は、代官などに任じられて貴族になったりする。


 つまり何が言いたいかって、貴族と平民の間の隔たりは非常に緩やかなおかげで、手軽に良いものを楽しめるってことだ。


 庶民的な店も多いし、そこに貴族が入っても何も言われない。

 特にこの町は王族も訪れる湯治場で、よりその空気が強いから、かしこまらずにアンジェを連れて行ってあげられるんだ。



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