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64.出発!

 



 アンジェのキラッキラの笑顔の翌日。


「セトスさま〜! おきて〜!

 雨降ってないよ、旅行、いこう!」


 超絶ハイテンションなアンジェに起こされた。


「…………ぅん、おはよぅ、アンジェ……」


 昨日の夜遅くまで、楽しみすぎて寝れないとか言って起きてたのに、俺より早くに起きるなんて。

 本当に楽しみなんだなぁ。


「セートースーさーまー! 起きるの! 行こう!」


 キャッキャと笑いながら掛け布団をボフボフする。


 行き先は近いし、彼女の様子によっては昼過ぎに出発してもいいかなー、なんて思ってたのに。

 予想外に早い時間に起こされて俺の方が若干ついていけてない。


 それほど楽しみにしてくれていたというのはとても嬉しいんだけどな。しっかり伸びをして気合いを入れる。


「セトスさまも、起きた? おはよ!」


「おはよう、アンジェ。早速準備して、出かけようか」


 これから数日間、彼女の大好きな『お出かけ』とあって、もう誰が見ても分かる程にウキウキしている。


「ごはん食べたら、すぐ、行くよね?」


「そのつもりだよ」


 本当にアンジェの身体のことを考えるなら、少し休憩してからにした方が良いとは思うけど、今の彼女が休憩してくれるとはとても思えない。

 それなら、多少早く出発して、予定をこなしてから、早めに宿に入ってゆっくりした方がいいだろう。


 ちなみに、今回の旅行にはイリーナだけでなく、侍女のサシェとナティ、御者のハンスも同行してくれる。

 これまで侍女二人は、アンジェが正式にミラドルト家の人間ではないから接する機会が少なかったけれど、これからはイリーナと協力して俺たちに仕えてくれることになる。



「ごちそうさまでした! セトスさま、行こっ!」


 家の中なら一人で歩けるとはいえ、俺が居る時は絶対に一人で動かずに俺の隣に来てくれる。


 そんな彼女の手を引いて、馬車に乗る。


「ハンスさん、よろしくね!」


「はい、奥さま」


 乗る前に気配を察してハンスに挨拶すると、彼は少し驚いたようだった。

 御者への挨拶自体はする人もしない人もいる、という程度で特に珍しいことではないけれど、彼はそうお喋りな方ではないので特に何か話をしていたわけではなかった。


 それなのに、自分が居ることに気づいて挨拶をしてきたことに驚いたのだろう。


 彼女がこの数カ月で、パーティーなどの人が多いところに出る過程で得たスキルだ。



 そんな事を考えていたせいで、肝心のアンジェの方がお留守になっていたらしい。


「ん、セトスさま?」


 右手を俺の腕に絡めたまま、左手が宙をさまよう。


「ごめん、ごめん」


 慌てて馬車の扉付近に付いている手すりにアンジェの手を誘導する。

 最初のころは俺が抱き上げて乗せていたが、最近は外出する度に一人である程度動けるように練習している。

 だから、俺はこうやって持たせてあげるだけでいい。


「よいしょっ」


 ぐっと弾みをつけて、自分で補助ステップを使って乗れた。


「アンジェ、触るよ?」

「うん」


 馬車の中はさすがに狭いから、彼女の身体を持って座席に座らせ、自分も隣に座る。



「うふふ〜 セトスさまと〜りょこう〜♪」


 鼻歌交じりで上機嫌なアンジェは、俺との間にあったほんの少しの隙間を埋めるようにぴったりと引っ付いてきた。

 そんな些細な動きすらもかわいい彼女の肩を抱き寄せた時に、馬車は静かに走り出した。




 この馬車は最新式では無いものの、吊り下げ型で衝撃を吸収してくれる構造のものだ。

 それでも揺れる車内に長時間居ると車酔いを起こしてしまうから、アンジェの気を逸らすために窓を開けた。


「セトスさま〜、きもちいい風だねぇ」


 朝の爽やかな風が車内にも吹いて、それを顔に浴びるアンジェは心地よさげだ。


「そうだな」


 俺一人のときは窓を開けることすら少ないし、風を感じることもない。

 朝の風が気持ちいい、なんて、日常の中に忘れてしまっていた幸せを、アンジェと二人なら思い出すことが出来るんだ。


「あのね、何が、見えるの?」


「まだ家から出たばかりだから王都の中心部辺りに居るから、高い建物が多いんだ。

 一階が店になっていて、その上の階がそこで働く人の家になってるんだよ」


「そうなんだ!」


「あとは……そうだ。

 アンジェ、この馬車の揺れ方、って分かる?」


「んー、この、がこがこしてる感じ?」


「そう。今は石畳って言って、石を並べた道の上を走っているんだ。

 想像して? 大きな石のつるつるな面を上にしていっぱい並べて、それが道になってる所」


「なるほど。道ってそうやって出来てるのね。

 いつか、触りたいかも」


「今は止まれないから触れないけど、今日中にどこかで触ろうな。

 そうやって出来てる道だから、滑らかなところと、ガタッて段差になる所があるんだ」


「ん……?」


 言われてみれば、程度の差しかないから、しばらく考え込んでいたけれど。


「あ〜、わかった、かも。

 この、だんっ、てなるところが、石のあいだ?」


「そうそう。こんなことも、分かったら楽しいだろう?」


「うん。知らないと、分からないけど、知ってたら、ちゃんと、感じれるかも!」


「また道の種類が変わったら揺れ方も変わると思うけど、アンジェは気づけるかな〜?」


「分かる、と、思うよ?」


 ちょっと自信無さげなアンジェだけれど。


「セトスさま、答えは、すぐに言わないでね?

 わたしが、全然分からなかったら、言ってほしいけど、自分で、感じたいから!」


「分かったよ。結構大きな差があるから、気にしてたら分かりそうだしね」


「それで、セトスさま? ほかには、何が見えるの?」


 自宅からは少し離れて、日々の生活圏からは外れてきたとはいえ、まだまだ馴染みのある王都の中。

 俺にとっては変わり映えのしない景色であるはずなのに。


 アンジェに説明するために、と意識して見るだけで、こんなにも違って見えることに驚かされた。


 木々の種類や見た目、それぞれに特徴を出した店構え、行き交う人々の暮らし。


 そんな、日々の忙しさに忘れられがちな物をゆったりと眺めてアンジェと話をする。

 それだけのことがとても楽しい時間だと思えた。






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