番外SS おいしいしゅわしゅわ
ある夏の日。
「ただいま〜」
仕事を終えていつものように家に帰ると、いつものようにアンジェが出迎えに来てくれていた。
「セトスさま、おかえりなさい!」
くり色の髪をぽんぽんと撫でてやると、嬉しそうにふわふわと笑う。
「今日はちょっと面白いお土産を貰ったから、一緒に飲んでみないか?」
「なになに? おいしいもの?」
「美味しい物だよ。
仕事の同僚が帰省してたんだが今日からこちらへ戻って来てな。
特産だから、とお土産にくれたんだ」
「おみやげ!」
「そう。アンジェは炭酸水って知ってる?」
「んー、知らない、とおもう」
「じゃあ、一緒に飲んでみような」
炭酸水は、この辺りではかなり珍しい飲み物だ。
瓶詰めしても少しづつ抜けていってしまうから、揺らさないようにするのに輸送に手間がかかるためだ。
スパークリングワインのようにお酒ではシュワシュワを味わえるからそちらがメジャーだな。
わざわざ手間と高いお金を出してノンアルコールの炭酸水を飲みたがる人がほとんど居ないのも出回らない原因か。
だから、こうやってお土産で貰ったりでもしない限り、飲む機会がほとんど無いんだ。
少し変わった感覚のするものだし、アンジェに楽しんで貰えたらいいな。
リビングのソファに、アンジェとふたりで並んで座る。
「セトスさまのおとなり〜!」
ぎゅーっと抱きついてくるアンジェのほわほわした温もりが心地よい。
「これがさっき言ってた炭酸水なんだけど、瓶に入ってるんだ」
「さわりたい!」
「はいはい、どーぞ」
まだ蓋も開いてないただのボトルなのに、アンジェは嬉しそうだ。
「ちょーっとだけ、冷たいね?」
「そうだな。イリーナがちゃんと冷やしといてくれたんだ」
「イリーナ、ありがと!」
「いえいえ。冷たいうちにお飲みくださいね?」
「あ、それは、だめ! セトスさま、はやく飲もう?」
アンジェの柔らかな手のひらから瓶を受け取って、蓋を開ける。
「音がするからよく聞いてて」
ぱしゅっ
「おぉー!」
きらきらした歓声をあげるアンジェがやっぱりかわいい。
「ぱしゅっていったよ?」
「そう。空気が水の中に溶けてるんだ。それが出てきたときに、今みたいな音が鳴るらしい。俺もあんまり詳しくないけど」
「水に、とける……?」
アンジェにはあんまり分かって貰えなかった。
というか、俺自身よく分かってないから当たり前か。
「まぁ、理屈はさておき飲んでみよう」
イリーナからコップを受け取って、とぷとぷと注ぐ。
しゅわしゅわしゅわしゅわ
「いい音がする! すてき!」
「さっきの音とは少し違うだろう?」
「うん。さっきは、つよい音がひとつだったけど、これは小さい音がいっぱい。さっきより、かわいいかも」
「うんうん。音が分かったら次は飲んでみようか。ちょっと変わった感じがするから少しだけにしておいて」
アンジェは恐る恐る口をつけて。
「ん゛ん゛っ!?」
声にならない悲鳴をあげた。
「大丈夫?」
「ん…………だいじょぶ。ちょっと、びっくりしただけ」
「嫌いだったかな?」
「うーん、わかんない。もう一回、してもいい?」
「どーぞ」
くぴり
さっきと同じくらい少しの量を飲んで、ぎゅーっと強く目をつぶる。
「うー……! 口のなかでぱちぱちして、耳が楽しい!」
かなりオーバーなリアクションを取りながらも少しづつ飲んでいるのを見ると気に入ってもらえたようだ。
「セトスさま、あとは明日においといて〜?」
「明日になったら炭酸が抜けてただの水になっちゃうよ」
「そうなの!?それは、悲しいから、今日飲むね」
炭酸水の味が気に入ったというよりパチパチする音と感覚を楽しむのが好きなようで、一口づつ丁寧に味わっている。
まるでソムリエみたいだな。
「おいしかった! 無くなっちゃったのはちょっと残念だけど……あぁっ!?」
「ん? どうした?」
「ごめんなさい! セトスさまに、分けるの忘れてた!」
「ああ、そんなことか。俺はいいんだよ。アンジェのためにと思って持って帰って来たんだから。
前に飲んだこともあるしね」
「それでも、ごめんなさい……」
しょぼくれてしまったアンジェも可愛いんだけど少し可哀想なことをしたな。
「じゃあ、また貰ってくるからその時は一緒に飲もうな?」
「また、持って帰ってきてくれるの?」
「アンジェが気に入ったみたいだから」
「わーい! うれしい! セトスさま、ありがと! だいすきだよ!」
きゃっきゃと喜ぶアンジェの可愛い姿が見れるなら、炭酸水くらい安いものだ。
お土産にくれた彼には礼を言って、今後も仲良くしていかないとな!
中編連載「婚約破棄された悪役令嬢でも、俺にとっては女神さまだから大好き!」が完結致しました。
いつも通りのふんわりイチャラブなお話ですのでお読みいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。