55.ごあいさつと、良くないうわさ。
「母から聞いているかもしれないけど、今回のパーティー主催者のケイオス様は、俺の学院時代の同級生なんだ」
「それは、知ってる」
ある程度は聞いてるだろうけど、知ってるがばかりに不安になってるみたいだな。
顔色は悪いし、俺の腕を掴む手にすごく力が入ってる。
「10歳から13歳までの3年間一緒に学んだから、仲はいいよ。王族だけど第8王子ともなると王位継承順位はかなり低いし本人も継ごうなんて思ってない。
だから、俺らみたいな貴族とも仲がいいし気さくに話してくれる方だよ」
「そっか。よかった。でも、ちょっと……」
「やっぱり知らない人は緊張する?」
「うん……それに、失敗、できないでしょ?」
「そこまで気を使う程じゃないと思うけどな。例えば、ミリアーナ義姉上はパーティーに来てもほとんど話さないし、そう言う人は一定数いる。心配するほどじゃないよ」
「ありがと。がんばるね」
不安と緊張で青ざめていた顔色がほんの少しだけマシになった。
「初めてのパーティーの時は俺もめちゃくちゃ緊張したからな。仕方ないよ」
「セトスさまも?」
「そりゃあそうだよ。誰だって初めてのことで失敗しちゃいけないと思ったら緊張するに決まってる」
「セトスさまと、いっしょ」
ふふふ、と嬉しそうに笑うアンジェ。
「そうそう。それくらい笑ってた方がいい」
適度にアンジェの緊張がほぐれたところで俺たちの順番が回って来た。
「こんばんは。お招きいただきありがとうございます」
俺が礼をするのに合わせてアンジェもお辞儀をする。
「やぁ、セトス。久しぶりだね」
ケイオス様が気さくに話しかけてくれる。
学院時代に戻ったみたいでちょっと懐かしいな。
「殿下もお変わりないようで何よりです。お誕生日おめでとうございます」
「セトスも元気そうだな。そちらは?」
「こちらは最近婚約致しました、アンジェ・ディスカトリー嬢です」
俺の言うことに合わせてアンジェが礼をする。
「最近見ないとは思っていたし、色々と話だけは聞いていたが……うまく行っているなら良かったな」
「ご心配ありがとうございます。ええ、お互いに好き合っているので、とてもうまく行っておりますよ」
「柄にもなく惚気が聞けるとは驚いた!まあな、その顔を見ていればよく分かる」
別に惚気たつもりはなかったんだけど、ニヤニヤしてるのは自覚している。
だって、世界で一番かわいい俺のアンジェをみんなに自慢できるからな!
「とても幸せですよ。式が今から楽しみなのです」
「もうそこまで話を進めてるのか!珍しくセトスが積極的だな。幸せそうで何よりだ」
「ありがとうございます。それでは、失礼致します」
まだ後ろに並んでいる人もいるし、それなりの時間で切り上げた。
久しぶりに旧友と会うのは純粋に楽しかったし、学院時代から俺とリリトアの仲が悪いのを知っているケイオス様は俺が幸せそうにしているのを喜んでくださった。
それに、おそらくアンジェの目が閉じていることに気づいてはいたと思うがあえてそのことに触れずにいてくれたから、他の人の前でアンジェの目の話をしなくても済んだし、かなり良かったんじゃないだろうか。
「アンジェ、疲れただろう?少し休もうか」
「……ぅん」
うわの空な返事だけど大丈夫かな?
さすがに今帰るのは早すぎるんだけど、無理してでも帰った方がいいかもしれない。
そう思いながら、なるべく人の少なそうな空いてる席を探す。
「アンジェ、ここに座ろうか」
程よいところに見つけた座席にアンジェを座らせる。
ふたり掛けのソファを選んだからよほどの用事でもなければ話しかけて来る人は居ないと思うしな。
「疲れすぎたか?大丈夫?」
アンジェがあまりにも口を開かないから心配になってそう聞いてみる。
「セトスさま、ありがと。疲れてはないよ?だいじょうぶ。
ここ、楽しいね」
「楽しいなら良かった。俺は苦手なんだよなぁ……」
「あのね、セトスさまは、だまされてるの?」
やたらと神妙な顔つきでそう聞いてくるアンジェ。
「一体何の話だ?」
全く話の流れが見えないんだが。
「めらとーに?って人にだまされて、わたしと、婚約したの?
だから、シャリア、って人とまた婚約する?」
「メラトーニっていうのは俺の前の婚約者の事だな。確かに騙されたけど、シャリアって人は知らない」
「でも、婚約したいんだって。わたしは、だまされただけのお荷物だから、かんたんに婚約できるって」
「なるほどな。大体の話は分かった。
たぶん、その話をしてたシャリアって子は身分がそこまで高くないんだろう。だから、ちょっとでも身分の高い人と結婚したい訳だ。
婚約がうまく行かなくてバタバタしてる俺なら捕まえて伯爵家に入れるかも、とか思ってるんだろ」
「え、でも、セトスさまは、わたしと婚約してるでしょ?」
「それでも婚約段階だから破棄したら結婚できると思ってるんだ」
「えぇー!?ダメだよ!
セトスさまと結婚するのは、わたし!」
「そうだよ。だから、その子の思惑通りにはならない。
でも何かを仕掛けてくる可能性は十分あるから、警戒はしておかないとね」
「セトスさま、大変だねぇ」
「アンジェが教えてくれたから、誰を警戒すればいいのか分かってるからそう大変でもないよ」
肩を抱き寄せて髪をそっと撫でる。
ご褒美のつもりで。
「アンジェ、教えてくれて、ありがとう」
「えっ?役に立ってるの?」
いつも俺に撫でられている時はされるがままなのに、今はなぜ褒められてるのかよく分からないのか、キョドキョドしてる。
「役に立ってるよ。ありがとう」
「これ、聞こえてること、ほかのことも言った方が、いい?」
「何か、聴こえてるのか?」
喧騒からは少し離れた所にいるから俺には何も聞こえないんだが。
「聞こえるよ?たくさん」
「えっとね、例えば……」
そう言ってつらつらと話し出す。
この料理が美味しい。
嵐で○○川が溢れた。
○○と○○がついに結婚したそうだ。
そんな、とりとめもない世間話の数々だけど、使いようによっては大きな意味を持つ情報だ。
「アンジェ、今記録するからちょっと待って」
俺の頭で即座に覚えるには情報が多すぎる。
「覚えてて、家で言った方が、いい?」
「覚えておけるのか?」
「うん。それに、わたしが話してると、聞こえにくいの」
「じゃあしばらくここに居ようか。料理とか食べるかい?」
「ちょっと、食べたいかも。でも、食べれる?」
「食べれそうなもの選んでくるよ」
食べものが並んでいるブースへ行こうと腰を上げかけた時。
「あ、やっぱり、だめ。いらない。
セトスさま、離れちゃうでしょ?」
「ごめんね、アンジェを一人にしそうだった。ちゃんと考えないとな……」
気軽に料理取りに行こうとしてしまったよ……
「いいの。食べものとか、なくても。ここ、楽しいし」
アンジェは半ば俺に抱きつくようにしたまま黙り込んだ。
おそらく他の人の声を聞いているんだろう。
俺としても今の状況は、アンジェと俺がとっても仲が良いんだと周りに見せつけられるからありがたい。
これでよからぬ企みをする連中が減れば嬉しいしな。
そうして、その体勢のまま過ごしていた。
本来であれば社交に精を出すべきだと思うし皆そうしているだろう。
でも、今日は初めてパーティーに出るアンジェを連れているし、社交をするつもりもあまりなく、兄夫婦も来ているから2人に任せてしまうつもりだった。
そんな中で、アンジェの耳はかなり良い情報源だ。
最初、アンジェに会った頃にも「役に立つかもしれない」と思ったけど、彼女は随分早く家の為になることを示してくれそうだった。