54.パーティー当日
パーティー当日。
馬車が走り始めたら、ほんの少し窓を開ける。
外の風を頬に浴びたアンジェは、やっぱり楽しそうに微笑んだ。
「やっぱり、お外って楽しいよね。
どんなところかわからないけど、パーティーも楽しかったらいいなぁ」
「女の子はパーティー好きな子も多いけどな」
「わたしのお母さんも好きみたいだったよ。
なんかね、パーティーだからって言ってすっごく楽しそうな声で出かけるの」
なるほど。
だからアンジェはパーティーを楽しいものと思ってるし、そこまで緊張はしてないのか。
「俺の母も、パーティーは好きそうだろう?」
「うん、お義母様、パーティー好きだって言ってた」
「だけど、アンジェにとっては人が多いっていうだけで音が増えるから聞きにくくなるかもしれない」
「でも、セトスさまから離れなかったら、そんなに怖いこともないよ?」
笑って軽くそう言ってくれるアンジェだけれど、それだけ信用してもらえてるということがとても嬉しい。
車寄せに着くと皆が集まる時間にちょうど当たってしまったために大混雑していた。
目立ちたくないから平均的な時間に合わせてきたのだけれど、アンジェのことを考えたらもう少し空いてる時間にした方が良かったかもしれない。
たくさんの人が発する声や音に囲まれたアンジェはキョロキョロと首を振って音の発信源を探ってるようだった。
「こんなに多かったら、どれが誰の音かなんて全然わからないよ……」
半ば諦めたようにそう言う。
「そうだなぁ、俺も全員の顔は知らないからな」
「じゃあわたしが知らなくたって平気だね」
アンジェに過度なプレッシャーがかかりすぎてないようで、少し安心した。
会場内に入るとやはり様々な人がいる。
入口付近の壁際で縮こまっている令嬢もいたら、パートナーを放り出して女同士で喋り出しているグループもいる。
俺としては、話しかけてきそうな人がいたら気をつけて逃げたいんだけれど……
積極的に俺に話しかけてきそうな人は、今のところいないみたいだった。
今のところ俺が一番警戒するべき相手はリリトアだけれど、この場には来ていないようだった。
リリトアが結婚すると言っていたメロディアス公爵は来ているようだったが、彼は別の女性を連れていた。
結局リリトアと公爵はうまくいかなかったのかもしれないし、側妻や妾と言った立場だったのかもしれない。
詳しいことは分からないが、彼女がここに来ていないというだけで俺は一安心だ。
「セトスさまが知ってる人もいるの?」
「誰が来るのかまでは知らないけど、一応知ってる人はいると思うよ」
そんなことを話しながらなるべく目立たないところにある椅子を探す。
アンジェをずっと立ちっぱなしにしておくわけにはいかないから。
そう思っていたんだけれど。
「やぁ、セトス。久しぶり」
そう声をかけられた。
「久しぶり、デュリオ」
俺の腕を掴む手にぐっと力が入る。
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。俺の昔からの友達だから、本当に好きに喋っていい」
「はじめまして、俺はデュリオ・サンドトール。こっちは妻のエミリー」
俺は奥方とも知り合いなので、アンジェを紹介する。
「俺の婚約者のアンジェだ」
「よろしくお願いします」
軽く頭を下げるアンジェ。
「最近出てこないから心配していたんだ。
リリトアとは別れたと聞いていたが」
「半年くらい前の話だな。公爵と結婚するらしいぞ」
「へぇ、そんなにうまくいくもんかねぇ……?」
「まあ、当の公爵は違う人を連れていたからな。
どうなってるのかは知らないし、知るつもりもない」
「まぁ、お互い気に入ってなかったんだし、ちょうどいいんじゃないか?
それよりも、随分その子のこと気に入ってるみたいじゃないか」
「そうだな、リリトアよりはずっと」
「おい、照れ隠しかよ」
アハハハハと少し下品な位、笑われてしまった。
「というか、さっきから目を瞑ったまんまだけど?」
デュリオが不思議そうにそう言う。
「やっぱり気になるよな。目が見えないんだ」
「へぇ、全く見えないのかい?」
「そう、全然見えてない。でも、その分とっても耳がいいんだ」
「こうしていたら言われないと気づかないぞ。
俺だって直接話してるから目を閉じてるのが気になっただけで」
「よかったなぁ、アンジェ。ちゃんと練習して」
「うん」
「だけど、目が見えないと日常は色々大変だろう。
なんでわざわざそんな子を婚約者にしたんだ?」
不思議そうにデュリオがそう聞いてくるけれど、俺があからさまに顔をしかめたのがわかったんだろう。
「いやいや、お前がその子のことを気に入ってるのは分かってるんだけど、ちょっとした好奇心だ。
そんな目をしないでくれよ」
焦ったようにそう言うのを聞いて、アンジェがクスクス笑う。
「ま、セトスが気に入った子と婚約できてよかったな。結婚式の時には呼んでくれよ?」
「もちろん」
「じゃあ、俺らはここで」
お互い挨拶回りに忙しいから、そんなところで話を切り上げた。
「セトスさま、わたし、ちゃんとできてる?」
心配そうな顔で見上げてくる。
「大丈夫、デュリオだって、普通に話してただろう?」
「変じゃないならよかった」
そんな話をしていると、主催者である第8王子が出てきた。
「こういう時は大体、偉い人から順番に挨拶に行くから、俺らはもう少し後になってからな。
今度は、どうしても言いたいことがあれば言ってもいいけど、下手なことを言うと後に響くからなるべく喋らないようにして欲しい」
「わかった」
そうしてアンジェを連れて、今回のメインと言ってもいい、主催者への挨拶へと向かったのだった。