52.ロッシュのお友だち
叔父の家に行った日から数日後。
夕飯の後に2人でのんびりしていた時。
「そうだ、あのね。セトスさまにお願いがあるの」
「アンジェがお願いなんて珍しい。どうしたんだ?」
「前に、セトスさまの、おじ上さまのところへ、行った時に、『ごほうび』くれるって、言ってたよね?」
「うん」
「だから、おねがい、考えたの」
アンジェはあまり物欲がないから、何を言われるのかワクワクするなぁ。
「ロッシュの、おともだちが、ほしいの」
「ロッシュの?」
「うん。ロッシュ、いつも、ひとりぼっちでしょ?
わたしには、セトスさまがいるけど、ロッシュには、いないなって」
「なるほど。じゃあ探しに行こうか。
俺が探してくるのと、一緒に行くの、どっちがいい?」
「いっしょに!」
ズイと顔を近づけて歓声をあげる。
聞くまでもなかったかな。
「せっかくだから、店行って選ぼうか」
アンジェの目の事を考えたら家に呼んだ方がいいかもしれないけれど。
「お出かけ?!」
途端にアンジェがもっと嬉しそうになったから良しとする。
「この前出かけた時はだいぶ疲れてたけど大丈夫かい?」
「がんばるから、つれて行って?」
「それなら次の休みに行こうか」
「やったー!ありがとう!」
とても嬉しかったのか、飛びつく勢いで抱きついてきた。
「楽しみにしててね」
「うん!」
アンジェより俺の方が楽しみにしてるかもしれないけどな。
店への問い合わせなんかを仕事の合間にしながら、俺も待ちに待った休みの日。
「アンジェ、行こうか」
朝ごはんもしっかり食べたし、アンジェがすぐに動けなくなることももうないだろう。
少し休憩してからにしようかと思ったけど、アンジェのワクワク顔に負けてすぐに出発することにした。
「楽しみだね!」
いつもにも増してきらきらな笑顔で、連れて行く約束をして良かったと思う。
外に出るのも馬車に乗るのもスムーズだ。
最初家に連れて来た時は、馬車に乗るだけで大変だったけど、今は少し手を貸すだけで十分乗れる。
動き出した馬車の窓を開けてあげると風を感じて気持ちよさそうだ。
「セトスさま、楽しいね」
窓からこちらへ振り返って、俺の大好きなふうわりとした笑顔を見せてくれる。
「喜んで貰えて良かった」
「うん!」
この笑顔のためなら出来ることはなんだってしてあげたくなるんだよ。
「これから行くお店前回ロッシュを買った所と同じでティアリスオススメの店なんだ。
女の子に人気の店で、前に行った時にもぬいぐるみがたくさん置いてあったから、たぶんアンジェの気に入るものもあると思うよ」
「ぬいぐるみ、いっぱい、あるのね。楽しみ!
ティアちゃんと、いっしょに来たら、よかったかな」
「俺はアンジェと2人の方がいい」
デートに妹がついてくるのは避けたいからな。
そう思いながらアンジェを軽く抱き寄せると、俺の言いたいことの意味が分かったのか、途端に顔を赤くした。
「わたしも、ふたりの方が、いいかも」
照れたままそうつぶやくアンジェは最高にかわいかった。
「いいにおいが、するね」
店に入ってすぐにアンジェがそう言った。
「香水の匂いかな?気に入ったなら買って帰る?」
「んー、セトスさまのにおいと、混ざったらイヤだから、いらない」
他愛ない会話ですら、何でこんなに可愛いんだろうな?
ぬいぐるみコーナーには、色々な種類のぬいぐるみが並んでいた。
ひとつひとつをアンジェに触らせて、形の説明をしていく。
「アンジェは、どのくらい動物知ってる?」
「くま、うさぎ、りす、うま、ひつじ、とか?」
「意外と知ってるんだな」
「知ってるよ?イリーナが、教えてくれたもん」
「そうか、それは良かった」
「でもね、さわったことなかったから、こういう形のものだって、知らなかったね」
「勉強のためにもいくつか買って帰るかい?」
「ううん。ロッシュのお友だちだけで、いいの。ほかのは、また今度ね」
「そしたらまた来ないとな」
「また、連れてきてね?」
「もちろんだよ」
たくさんあるぬいぐるみの中から一つだけを選ぶのは、アンジェにとっては少し大変な作業のようだった。
普通なら全部を見て選択肢をいくつかに絞ると思うけど、アンジェはは一つずつ触っていかないといけないから。
「ロッシュの友だちはどんな子にする?」
「どんな子、って?」
「くまか、リスか、うさぎとか?」
「んー、くまさんにしようかな。
ロッシュのお友だち、でしょ?
おんなじ、しゅるいの方が、いいよ」
「そうかな?別に違ってもいいと思うけど」
「だって、わたしと、セトスさまは、おんなじでしょ?
だから、ロッシュと、お友だちも、おんなじ方が、いいの」
「なるほど、それもそうだね。
それなら、この5つくらいかな」
くまのぬいぐるみを集めて並べてみて、一つずつ順番に触らせてあげる。
「んー、ロッシュのお友だちだから、女の子でしょ?ロッシュより、小さいのが、いいな」
「でも、小さすぎるとアンジェが探せなくなるよな。これは分かりそう?」
手のひらサイズのくまを持たせてみる。
「んー、手にのせてもらわないと、わかんない、かも。それに、ロッシュより、小さすぎるよ?」
「そうか。それならこの二つのどっちかかな」
右手と左手で一つずつなでて握って。
「こっち!」
ロッシュよりひと回り小さいものの、充分大きなベージュのくまのぬいぐるみを選んだ。
「かわいいくまだね。いいと思うよ」
「あのね、もう、名前は、決まってるの」
「何にするんだい?」
「アプリコットの、アプリちゃん!」
「アンジェは本当にあんずが好きだな」
「あんずはね、セトスさまが、初めて教えてくれた、一番、おいしいものなのよ」
「あの時は本当に喜んでくれてたよな」
「うん!ほんとに、ほんとに、おいしかったんだよ」
うふふ、と笑うアンジェも可愛いし、アンジェと思い出話ができるほどに一緒にいるのだということに気づけて、もっと嬉しくなった。
「この子、連れて帰って、ロッシュに、会わせてあげるの、楽しみだね!」
アプリちゃんを抱きしめてふうわりと笑っていた。
短編『ディフェリア・グレイ〜雨と共に世界に溶けてゆく君と〜』を投稿致しました。
ふんわりした世界観で、切ないけれど心温まるお話しです。
よろしくお願いします!
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