51.シャラシャラしてる
しばらくアンジェを抱きしめてなでなでしていたら、お互い照れすぎていたのも何とか治まってきた。
本当にアンジェは癒し。
二人で体を寄せ合って、春のぽかぽかした陽の光の下で食べるものは最高に美味しい。
たまにアンジェの口に物を入れてあげて、モグモグするのを眺めながらだとあっという間に完食してしまった。
「ふわぁ……」
小さく口を開けてあくびをするアンジェ。
「眠たかったら少し昼寝してもいいよ?」
「だめ。セトスさまと、あそぶの。馬車でも、ねちゃったのに」
そう言いながらも身体はゆらゆら揺れていて。
少し待っているだけで俺にかかる体が重くなった。
軽く髪を撫でていると、スすぅすぅと可愛い寝息が聞こえてくる。
「ちょっと無理させすぎたかな」
本格的に寝始めたので体を倒してあげた。
俺の膝枕で眠るアンジェは本当に天使の寝顔だな。
「むにゃ……ふあっ!?」
突然起きて動き出したからびっくりした。
「おはよう。体は辛くない?」
「どうしよう、ねちゃった……
せっかく、おでかけ、してるのに」
「俺はアンジェの可愛い寝顔が見れて良かったけど」
「セトスさまは、たのしい?」
「楽しいよ?」
「それなら、よかった、かも?」
「少し寝て元気になったなら、散歩してみるか?」
「うん!」
アンジェと2人並んで、庭の小道を歩く。
「かぜは、もう、いたくないねぇ」
柔らかな春の風を頬に受けるアンジェがふんわりと笑う。
「そうだな。もう春だ」
冬の間は枝だけだっただろう木々にも少し緑が見え始めている。
「ほら、アンジェ。もう木に葉っぱがつき始めてるよ。触ってみて?」
アンジェの手を取って新芽のところに添えてあげる。
「やわらかいね。マリーちゃんみたい」
「同じようなものだよ。これがもっと成長して硬くなっていくんだ」
「へぇー」
アンジェは些細な事でも感動してくれるし、当たり前のことを思い出させてくれる。
形の違う葉っぱを少しずつ触りながら歩き回るだけで楽しそうで、俺まで楽しくなれるんだ。
芝生にシートをひいて直接座る。
行儀は悪いけど、アンジェにとっても珍しいと思う。
「セトスさま、草が、シャラシャラしてて、きもちいいね」
アンジェはニコニコしながらずっと芝生を撫でている。
「芝生って言うんだ。手触りいいよな。
見た目も緑色でさわやかな感じなんだ」
「さわやか、ってことは、夏に、ぴったりなんだね」
そういう間もずっと芝生を撫で続けている。
「気に入ったのなら、うちの庭にも作るか?」
「いいの?できるの?」
すごい勢いでこっちを向くもんだからびっくりしてしまったよ。
「今は母の趣味で庭を作ってるけど、アンジェがきたし離れは俺達に貰えるから。
アンジェの好きなものを植えることになると思うよ」
「できるなら、しばふのとこも、作ってほしい。
それで、セトスさまと、いっしょに、シャラシャラするの!」
「家に帰ったらジャンにそう言っておこうな」
「うん!」
ひとしきり撫で続けて満足したのか、次は匂いをかいだりし始めた。
興味津々すぎて可愛い。
ほとんど地面にへばりつくようにして見ていたけど、しばらくしたら土を指でつつき始めた。
「あんまり触ると土で汚れるよ」
「……ぅん」
見事な生返事だ。
俺といる時のアンジェは、基本俺の言うことをしっかり聞いているからこういうことは珍しい。
アンジェは植物に触れたこと自体あまりなく、マリーゴールドくらいだから知りたいんだろう。
ぶちぶちぶち
アンジェは芝生に夢中だから暇を持て余してボーッとしていると、明らかにちぎっている音が聞こえてきた。
「セトスさま、すごいよ?地面の、下にも、つながってるの」
「ちぎっちゃったか……大丈夫かな?」
大きな穴になっていたりしないだろうか?
「……あっ、えっ、……ごめんなさい」
おじはこの程度で怒ったりしないだろうけど、人の庭だからなぁ。
幸い大した穴じゃないし、大丈夫か。
「そんなに大きく穴になっている訳じゃないから大丈夫かな。言わなかった俺も悪いけど、ここは他の人の家なんだから気をつけような」
「はい、ごめんなさい」
あんなにウキウキだったのにしょんぼりさせてしまった。どうしよう。
「あの、セトスさま、元に、もどる?」
「どうだろう、芝生って強いから植え直したらまだ生きてるかもね」
「えっ、このこ、生きてるの?」
「植物だって生きてるよ?生きてるから成長するんだし」
「そうか、マリーちゃんと、いっしょ。
どうしよう、しばふちゃん、ごめんなさい……」
抜いてしまった芝生を握りしめてオロオロするアンジェ。
「あんまり握ると本当にダメになっちゃうから、俺に貸して?なるべく元通りにするから」
「……うん、おねがい、ごめんね」
「ちゃんと言わなかった俺も悪い。ごめんな」
元あったように、穴に戻すと見た感じではすっかり元通りになった。
「埋め直したらもうどこを抜いたのか分からないくらいになったよ」
そう言ってアンジェの手のひらを戻したあたりに置いてあげる。
しばらく無言で触っていたけど。
「うん、どこか、わからないね。でも、ごめんね」
地面に顔を寄せて真剣に芝生に謝っている。
「失敗したりダメなことをしちゃったりすることもあるよ。
でもどうやって元通りにするかってことが大事なんだと思うよ」
俺の言葉をしっかり理解するようにしばらく黙っていたアンジェだけど。
「わかった。つぎから、気をつけるね。ごめんね」
「よくできました」
頭を撫でてあげると、ようやく彼女に笑顔が戻った。
短編『婚約破棄された令嬢は、変人画家と食虫植物を愛でる』を投稿しました。
こちらの作品と同じく、ふんわりとしたあたたかい雰囲気の物語となりましたので、ぜひ読んでみてください。
↓リンク
https://ncode.syosetu.com/n9374gs/