47.アンジェとマリーゴールド
一度、アンジェとソファーに座って、背中を撫でて落ち着かせてあげる。
こんな興奮状態で慣れないことをしたら怪我をするに決まってるから。
ただただ涙が零れ続けるという興奮状態は少し治まって、頬の赤みもいつもと同じくらいにはなってきた。
もう大丈夫かなと思って、読んであげる本を取りに行こうと立ち上がると。
「よいしょ」
アンジェも一緒に立ち上がる。
ソファーは座面が低くて立ちにくいのに無理をしてまで。
「どうした?」
そう聞くと
「えっ?」
むしろ驚いたように聞き返された。
「もう一回しないの?」
「もう今日は頑張ったし、あんまり負担になってもいけないからもうやめよう?」
俺はアンジェの体が一番大事だし、負担をかけすぎて倒れてしまったのも、そう昔のことじゃないから、やっぱり心配になってしまう。
「大丈夫だよ? それより、もう一回」
「いや……やめておいた方が」
「本当に、大丈夫だよ? だからねぇ、もう一回!」
キリッと決意した表情でそう言われてしまうと、俺としても強くは出れない。
アンジェは自分の体のことなんだから、良く分かってると思うし。
俺が決めることじゃない、かな。
「じゃあ、アンジェがやりたいと思ってるうちに、もう一回しようか」
今までだってできるくらいの筋力はあったのに、心がついてきてなかっただけ。
彼女の気持ちが向いているうちに練習を続けた方がいいかもしれない。
「うん、もう一回!」
キラキラした笑顔で、自分の力で歩ける喜びを噛み締める彼女は本当に生き生きしてる。
太陽みたいな笑顔が眩しくて、俺まで嬉しくなってくる。
******
次の日。
俺が職場から帰ってくると、アンジュはウキウキで俺のことを待ち構えていた。
「セトスさま、マリーちゃんに葉っぱが二枚できたの!」
とてもとても嬉しそうに、満面の笑みで報告してくれるり
マリーちゃんというのは、おそらくマリーゴールドのことだろう。
安直なネーミングだけれど、名前を付けて可愛がってくれてるのは何より。
「俺にも見せてくれるか?」
「もちろん。見てみて?」
俺が近づくと気配で察して手を伸ばしてくる。
いつもと同じようにしていると、ほとんど間違うこともなく手をするりと俺の腕にかけてくれて、体重をかけることもなく、自力で立ち上がる。
「ほらほら、ここ触って」
そう言って俺の手を双葉の方へ持っていく。
「絶対、力を入れたらダメだよ。
ほんの少し触るだけね」
その言い方を聞く限り、おそらくイリーナがそうしてアンジェに注意したんだろう。
「ピヨピヨって二枚葉っぱが出ていて、とても可愛いでしょ?」
なぜか自慢げに胸を張るアンジェ。
「うん、可愛い可愛い。
大きくなって花が咲いた時しか見たことなかったんだけど、双葉はこんなに真っ直ぐな葉っぱなんだな」
「大きくなったら、まっすぐじゃなくなるの?」
「もっとギザギザの葉っぱなんだ。俺が知ってるのは」
「へぇー、マリーちゃんも、ギザギザになるのかなぁ?」
「さあ、わからないけど」
「楽しみにしてようっと! セトスさまでも、知らないこと、あるんだね」
「そりゃあ、いっぱいあるさ」
「セトスさまは知らないし、私も知らない。おそろいだね!
でも、ジャンが大丈夫って言ってたから、このまま大きくなってくれると思うよ?」
「そうか、そうか。じゃあ楽しみにしてような」
アンジェもマリーゴールドも日に日に成長していく。
鉢植えを膝に乗せて新芽を指先でなぞるアンジェは、知らないものを真剣に覗き込む子供と同じよう。
アンジェの興味はどんどん外へ広がっている。
大切な彼女の成長を間近で見られるのは、とてもとても大切な思い出だと思う。




