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45.種を植えよう

 

 随分前に雪も溶けて、季節は確実に春へ移ろって行っている、そんな頃。

 アンジェは、俺かイリーナの補助があれば、屋敷内なら何処へでも行けるようになっていた。

 動ける範囲が増えるに従って、アンジェの興味はどんどん外へ広がっていく。


「ねぇねぇ、セトスさま。今日も、お外行ける?」


「うん、行こうか。今日はちょっと面白いものも用意してるし」


「えっ、なになに? 楽しみ!」


 見るからにウキウキして、ソワソワと身体を動かし始めたアンジェを連れて外へ出る。

 些細な段差にも気を使うから時間はかかるけれど、慣れてきたらもう少し早く動けるようになるかな。


 いつもと全く同じ道順で外へ出て、同じベンチに座る。

 移動の時はやっぱり気を使うのか、アンジェの表情は硬いけれど、座ってしまえば周りの音や空気を感じる余裕が生まれて、少し表情が緩む。


「……ん?」


 アンジェの表情が少し曇った。


「セトスさま、誰かいる?」


「よく気づいたね。ちょっとした実験のつもりだったんだけど、やっぱりアンジェはすごいなぁ」


「だれ? セトスさまの知ってる人?」


「大丈夫だよ。俺が頼んでいてもらってるんだ」



 知らない人がいたらそれに気付けるのかとか、どれくらい嫌がるのかとか、そういうことを知りたくてわざと言わないでおいた。

 けれど、やっぱり自分に分からないっていうのはかなりの恐怖だよな。


「ジャン、こちらへ」


 声をかけると、のそりと立ち上がってこちらへ来る。

 寡黙な男なのだがアンジェは怖がるだろうか。


「アンジェ、紹介するよ。うちの庭を管理してくれてる庭師のジャンだ」


「奥様、お初にお目にかかります、ジャンと申します」


「はい、こんにちは」


 そして2人の間に降りる沈黙。

 ジャンは元々喋らない方だし、アンジェは知らない人とコミュニケーションをとる方法がわからない。

 そうなるのも無理はないと言えた。


「ちなみに、アンジェは花って知ってるかい?」


 軽く聞いてみると、少しジャンの方を気にするような素振りを見せたけれど、気にせず俺と話すことにしたようだ。


「知ってるよ。棒の上に丸が付いてて、いろんな色があるんだって。

 きれいだから、イリーナは、好きだって言ってた」


「触ったことはある?」


「たぶん、ないと思う」


「じゃあ、どうやって花が育つかとか知らないだろう?」


「うん、全然知らない」


「だから、育ててみたらどうかなと思って。結構面白いと思うよ」


「お花を、育てるかぁ……

 育つって、おっきくなるってことだよね?」


「そう。それに、ただ大きくなるだけじゃなくってどんどん形が変わるから、アンジェにも分かるかなと思って」


「おもしろそう。やってみたい!」


「正直俺も育てたことがないから、ジャンの言うようにちゃんとお世話するんだぞ?」


「はい!がんばる!」


 ぐっ、と拳を握りしめて堂々と宣言した。




「えーと、奥様こちらが鉢植え、です。両手で持てる大きさですが、重いです」


「はちうえ?」


「お花を育てるための器のことで、大きいお茶碗みたいなものだよ」


 ジャンには、アンジェは目が見えないから全てを言葉で伝えてほしいと頼んである。

 でも、慣れない人には難しい上に、そもそもが口下手な男だからどうにも上手くいかないらしい。


 その分、俺が間に入ればアンジェも楽しく作業ができるだろうと思う。


 アンジェが鉢を受け取って、膝の上に置く。


「あっ、中に土が入ってるんだ」


「土は知ってるんだ」


「うん、この前から、イリーナと表に出る時は、なるべく色んなものを触らせてもらうの。

 でも、お花は、触ったら可哀想だから、ダメって言うから」


「今回植える花はマリーゴールドという品種です。誰にでも育てやすいし、少しくらい触っても大丈夫な花を選んでいます」


「そうなんだ。考えてくれて、ありがとう」


 徐々にアンジェのこわばりが取れてきて、いつもの柔らかい雰囲気が戻ってきた。

 ジャンが、知らない人じゃなくなったからだろうと思う。


 ジャンの方も心なしか楽しそうだ。

 喋らないというだけで別に不機嫌なわけではないんだが、少しとはいえ笑うところを見るのは本当に珍しかった。




 それから種を植える。

 アンジェひとりではさすがにできないので、俺が手を持って誘導してあげることになっている。


「指の一つ目のシワの辺りまで穴を開けて、それを5センチおきくらいに等間隔で開けてください」


 ジャンの言う通りに、俺がアンジェの手を動かす。

 本当はジャンがアンジェの手を動かした方が早くて確実なのだが……

 俺でもできることなのに、俺が見ている目の前で他の男がアンジェの手に触るのが許せなかったというのは秘密だ。



「では、その穴に三粒ずつくらい種を入れてください」


 この、『小さいものをつまむ』という動作がアンジェにとってはかなり難しい。

 どこにあるのか、どれくらいの大きさなのかきちんと正確にわかっていないと案外摘むことができないんだ。


「ほら、アンジェこの辺りにあるから」


 人差し指をそこまで持って行ってあげても、つまみ上げることが出来ずに空を切る。


「うーん……場所は分かるんだけど……」


「ほら、人差し指の先につけて、それを持つみたいな感じ」


「うーん……あっ。できた」


 時間はかかったが、何とか自分ひとりでできた。


 その手を、さっき開けた穴の上まで誘導してやると、パラパラと種が落ちる。


「どう?うまくいった?」


「うん、ちゃんとできてるよ」


「よかった。じゃあ、もう一回!」


 そう言って楽しそうに同じことを繰り返すうちに、少しずつ動作が早くなってくる。

 最後の方には植える場所を教えてあげるだけで、残りの種を探して摘まむことは1人でできるようになった。


「楽しかった! それに、わたし、自分でできたよ」


 自信満々で誇らしげにそう言うアンジェ。

 最高のドヤ顔が見れてちょっと嬉しい。


「そうだな。アンジェは初めてのことでも誰かにちゃんと教えてもらえたらできるってことが分かった訳だ。

 それに、俺も花を育てるのは初めてだからわからないことも多かったかな」


「セトスさまも初めてで、わたしも初めて。一緒だね」


 無邪気な笑顔を浮かべる姿は本当に可愛くてたまらない。


「しばらくは、出窓にでも置いておけば良いかと思います」


「中へ持って入れるのか。良かったな、アンジェ」


「うん。お花が咲くのが、楽しみ!」


「まだまだかかるから、気長に見てような」


 花が咲くにはまだまだ時間がかかるけれど、アンジェの満開の笑顔が見れて、俺としてはもう十分に満足だった。


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