42.積雪
「あしたは、セトスさまが、お休み!」
外は吹雪だというのに、アンジェのテンションは高い。
普段は俺が仕事に行っている間、ピアノを弾いたりイリーナに本を読み聞かせてもらったりして過ごしている。
俺がいたら色々と出来ることも増えるから楽しみにしてくれてるんだろう。
「ねぇ、あしたは、どこ行く? お外行ける?」
まるで子供のように外出をねだるアンジェには悪いけれど。
「この調子だと外に出るのは難しいかもしれないなぁ。外は吹雪だからな。
明日の朝にまで止むかなぁ?」
「ふぶき、って?」
「雪がめちゃくちゃ強く降って風がすごく強いこと。ドアや窓がカタカタいってるだろう?」
「うん、風が強いのはわかる」
「外はすごい雪なんだ。もしかしたら明日は積もるかもしれない」
「つもる? 雪が?」
「そう」
「わたし、雪がつもるの、知らないから、楽しみにしてるね」
「どうだろう、止んだら外へ出るけれどなぁ」
そんなやり取りをした翌朝。
晴れ渡った、抜けるような青空の下、一面の銀世界が広がっていた。
「セトスさま、おはよう。雪、やんだかなぁ?」
「そうだな、すごく晴れてるぞ」
「じゃあ、外、行けるよね? あっ、でも、すっごく寒いかな?」
「いや? そうでもないぞ。雪は降る前の方が寒くて、積もってしまったらそこまで寒くはなくなるから」
「そうなんだ。わたし、家の中にいるから、あんまりわからないから、そと、行こう?」
「とりあえず朝ごはん食べてからな」
「ご飯は、あとで!」
「だめだ、体が冷えるから」
「えぇー」
「子供みたいなワガママ言わない」
「はーい」
そわそわと落ち着かない様子のまま朝食を食べ終える。
「ごちそうさま、でした。セトスさま、行こう?」
抱っこをねだる子供のように、両手を俺の方に突き出してそう言う。
「そうだなぁ……滑りやすいし、車椅子で行こうか」
「わたし、お庭くらいなら、歩いて行けるよ?」
確かにここ最近は訓練のおかげで、部屋の中をクルクル歩くくらいは支障なくできるようになっている。
おそらく庭までも行けると思うけれど……
「雪の日は地面が凍ってツルツルになってるから、今のアンジェじゃまだ危ないと思う。
雪の上を歩くのは大丈夫だと思うんだけど、それまでの間がなぁ……」
「わかった。じゃあ、くるまいすに乗せて、連れてって?」
玄関はタイル張りで滑りやすく、俺でも油断すると滑りそうなくらいだけど、庭に出てしまえばそんなこともない。
むしろ車輪が雪に埋まってしまうから車椅子の方が動きにくい。
たかが5cmくらいの積雪だから無理すれば動けるくらいだけどな。
「この辺りならアンジェも歩けるだろう」
適当な所で車椅子を止めてあげると立ち上がりたくてうずうずした顔でこちらを向く。
「そんな顔しなくても分かってるから、焦らないで」
「焦ってないよ? 楽しみな、だけ!」
手を貸してあげると、ほとんど自力で立ち上がる。
「えっ……? なんだか、思ってたのと、ちがう?」
「どう違うんだい?」
「もっと、ふわふわで、お布団みたいだと思ってたの。でも、思ってたより、ザクザクしてて……それに、ぎゅって踏んだら、コリコリしてる」
「もっと重たい雪の時はベチャベチャになる時もあるし、今日はふわふわの粉雪だったから結構コリコリした踏み心地だろう?」
「うん。すっごく、変わってる」
そう言って足踏みをするアンジェ。
「でも、1回だけだね。コリコリしてるの」
「まあ、踏み固められるからな」
「じゃあ、動かないと!」
そう言うと、普段は俺が動き始めるのを待っているのに自分から動く。
むしろ俺を引っ張っていくようだった。
「あはは、なんだか、足のうらが楽しいね? これ、くつを脱いだら、ダメかな?」
「それはやめといた方がいい。絶対冷たいから」
「そっか、そうだよね。どれぐらい冷たいのかなぁ……?」
「触ってみたら?」
「あっ、そっか」
その場で手袋を脱いで俺に渡す。
「セトスさま、これ持ってて?
わたし、動かなかったら、1人で大丈夫だから!」
そう言って前かがみになったものの、どこにもない。
「えっ……?どこ?」
困惑しているアンジェ。
「もっともっと、下の方だよ」
アンジェの感覚では、膝上くらいのところに雪の表面があると思っていたみたいだが、実際はそれよりも少し低い。
「あっ、あった!」
嬉しそうに雪を触るアンジェだけど……
「危ない!!」
バランスを崩して前向きに倒れそうになった。
危うく捕まえたものの。
「びっくりした……こわかった」
「できるようになったからといって油断してたら怪我するよ?」
「はい、ごめんなさい……」
少ししゅんとしたものの、すぐに顔を上げる。
「でもね、わかったよ。すっごく冷たいから、遊ぶんだったら、足でふんでる方が、楽しい」
そういってまた俺の手を引っ張りながらザクザクと進んでいく。
この辺りは今の季節には何もなくて、春に多少花壇として整える程度だから多少進んでも障害物は何もない。
しばらくそうしてガシガシ踏んで遊んでいたけれど……
「つかれたー」
「そうだろうなぁ、大丈夫か?」
雪があるから足を大きく上げて進んでいるし、そんなに長い間は歩けない。
「車椅子まで戻れる?」
「がんばる、けど、ちょっとだけ、待って?」
アンジェはそういうけど、そんな短い時間で復活できそうではない。
「抱き上げるよ?」
「えっ……あっ、はい」
昔、車椅子がまだなかった頃にしていたように抱き上げた。
「ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいけど、次からは帰りのことも考えような?」
「はーい」