41.ドレス選び
「アンジェちゃん、明日はお暇?」
俺が帰って来たのを見計らったタイミングで、母がやって来た。
「何をするんですか?」
「仕立て屋さんを呼んで、アンジェちゃんのドレスを仕立てたらどうかと思って」
「ドレスですか……まだ早いんじゃあないですか?」
「そんなことないわよ? 結婚式まではあと半年くらいだし、今からじゃあ遅いくらいよ。それに、お式の衣装だけじゃなくて、普段パーティーに行くためのドレスだってちゃんと用意しておかないとね」
「結婚式……パーティー……」
アンジェはどんな風なのかイマイチ想像出来ないようで首を傾げている。
「結婚式は、一生に一度きりの晴れ舞台だもの、とびっきりのドレスを用意しないと」
「きれいな、ドレス、着てみたいです」
「そうよね、女の子はみんな、可愛いドレスが大好きですもの。明日はセトスもお休みよね? 一緒に選ぶでしょう?」
「母上に任せておいたらアンジェの意見を聞いてもらえなさそうですし、俺も付き合いますよ」
「じゃあ、明日ね! 楽しみにしてるから!」
言いたいことだけ言って去って行く母。
ちょっとげんなりする俺とは対照的に、アンジェは楽しみなようだ。
「セトスさまは、ドレスを選んだこと、ある?」
「そうだなぁ……昔、小さかった頃は母上やティアリスに付き合わされていた事もあるけど、最近は逃げてるな」
「選ぶの、嫌いなの? 楽しくないこと?」
「いや、アンジェは好きだと思うよ。
ただ、母上とティアリスは悩み始めると時間がかかるし、面倒だからさ」
「じゃあ、明日は、わたしだけで行くよ?」
俺が『面倒だ』と言ったからか、不安げな様子のアンジェ。
「ごめん、アンジェと選ぶなら全然面倒じゃないし、ちょっとは俺にも選ばせて欲しい。
本当に、面倒じゃないから」
「ほんとに? わたし、ひとりでも大丈夫だよ?」
「本当だよ。俺も、アンジェのドレスを選ぶの、楽しみだから」
「じゃあ、よかった。明日、楽しみだね」
翌日。
「お嬢様、動きますよ」
アンジェの乗った車椅子をイリーナが押して、母屋のサロンへと向かう。
俺の気持ちとしては俺が押してあげたいんだけれども、出入りの仕立て屋の前で俺が自ら押すのはあまり外聞が良くないから、仕方ない。
サロンに着くと、もう母上とティアリスが生地選びを始めているところだった。
「アンジェちゃん、来たのね。
先に始めていて申し訳ないと思ったんだけれど、いい生地があるかと思って。
これなんてどうかしら?」
「お義姉様にはもっと明るい色が似合われると思いますわ?こんなピンク色なんてどうでしょう?」
「あら、それはちょっと幼すぎるんじゃないかしら、デビュタント前の子が着るようなドレスよ、それじゃあ」
「でもお義姉様は可愛いですしこういう物のほうが似合うんじゃあないですか?」
アンジェをそっちのけにして盛り上がる二人。
「あの、わたし、分からないので、いいのを選んでください」
話の合間に何とかそれだけ言った。
俺としては、アンジェが自分で言い出せただけでもちょっとした驚きだ。
「それもそうだけど、ただ横にいるだけじゃ楽しくないでしょう?
触り心地は分かるし、一緒に選びましょうよ」
手招きする母の隣に車椅子を停めて、一緒に選び始めるかと思ったら。
「あの、お義母さま。あの方は、誰ですか?」
部屋の片隅に控えた仕立て屋を手で指し示してそう言った。
「あら、分かったの? あの子は、うちによく来てくれる仕立て屋のシャーリーよ。
シャーリー、こっちに来てくれる?」
「よろしいのですか?」
「ええ。アンジェちゃんは初めての人が居たら緊張するかと思って黙ってて貰ってたんだけど、普段はシャーリーにアドバイスして貰って選んでるのよ」
「わかりました。あの、アンジェと言います。よろしく、お願いします」
正しくシャーリーの方を向いてお辞儀をするアンジェ。
「目がお悪いとお聞きしておりましたが……」
「そうよ。アンジェちゃんはとっても耳が良いから、まるで見えているみたいでしょう?」
何故か自分の事のように自慢する母。
「本当に、素晴らしいお耳ですねぇ」
まぁ、俺もアンジェが褒められていると自分の事のように嬉しいから、母の事をとやかく言えないかもしれない。
「触り心地を重視されるのでしたら、こちらの生地などいかがでしょうか? あまりはっきりとしたお色には向いていないのですが、柔らかい生地ですし、ふんわりとした風合いになります」
「ふわふわで、サラサラですね」
「他にも、こちらの生地は……」
女4人で話はじめてしまったら、俺が口を挟むことなど出来はしない。
しばらく黙って会話を聞き流していた。
「セトスさまは? どれがいい?」
「アンジェはどれが気に入ったんだ?」
「これ」
柔らかい生地で、肌触りの良い物が好きなようだ。
「じゃあ生地はそれにして、あとは色だな。俺は薄い水色とかいいと思うんだが、ちょっと幼い感じがするかな……」
「いいんじゃないかしら? アンジェちゃんは可愛らしい雰囲気だし、あんまり年齢を意識しすぎたらかえって歳がいってみえるから」
「若いうちしか着れないお色ですしね」
母もシャーリーも賛成してくれるようなのでドレスの生地と色は決まった。
「形は時期に合わせた物にしてもらった方が無難よね?」
「そうでございますね、あまり流行りに左右されない、ベーシックなタイプが良いかと思います」
「それじゃ、次はウエディングドレスね! アンジェちゃんは柔らかい生地の方がいいみたいだけど、ウエディングドレスはある程度ハリのある生地の方が綺麗にみえるわよね?」
「そうでございますね。例えばこのような生地で……」
慣れない場にアンジェが疲れてしまうようなら、一旦今日は終わりにして別の日にしようかと思っていた。
だけど、彼女はとても楽しそうだし、まだ大丈夫そうかな。
あんまり過保護にしすぎでもいけないと思うし、今回のように慣れた人が多い中で少しずつ他の人に慣れる方がアンジェにとっても良いと思う。
ウエディングドレスは、生地の種類も色もあまり選択肢が無い分さっきよりは早く決まった。
だが、問題は形だ。
結婚式の場合はどんな形のドレスでもいいし、その分デザイナーの腕にかかっているとも言える。
「どんな感じがいいかしらねぇ……やっぱり、アンジェちゃんの可愛らしさを見せるためにはバルーンっぽい、ふんわりしたドレスかしら?」
「俺は、基本は普通の感じで、薄いふわっとした生地でヒラヒラを付けるのが良いと思う」
ドレスのことなんかさっぱり分からないから上手く表現出来なかったが、プロにはちゃんと伝わった。
「では、Aラインのロングスカートに、オーガンジーとチュールを重ねましょう。レースもふんだんに使って、妖精のような雰囲気になれば、お似合いだと思います」
「そうよ、アンジェちゃんは今のままでも十分妖精さんみたいで可愛いから、もっともっと可愛くなれるわよ!」
「俺がそう思ってるだけで、実際に着るのはアンジェだからな。どんなのがいい?」
「わたしは、セトスさまが好きなのが、いい」
「お義姉様、人生に一度きりですから、自分のしたい事を言った方がいいですよ?」
「ううん。セトスさまが、1番かわいいと思う、わたしになりたい」
「……ありがとう」
一途におれの事を考えてくれていることが本当に嬉しい。
「アンジェちゃんも納得してくれたし、これで決まりね。出来上がるのが楽しみだわ!」
「うん、楽しみ。セトスさま、出来上がったら、1番最初に、ドレスを着たわたし、見てね?」
「もちろんだよ」
アンジェがこの国で一番可愛い花嫁さんになるのは間違いない。
今から結婚式が待ち遠しくて仕方がないな。