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4.おひさまのひかり

 


 久しぶりにアンジェに会える!


 ようやく秋の繁忙期が終わり、まともに休みを取れるようになった。

 俺は父や兄の領地経営を手伝っているから、収穫期になると各村の収穫を統括して管理しなければならない。

 そのために今住んでいる王都から、一旦領地に帰っていたためにアンジェに会いに来ることもできなかった。


 およそ一月半。

 いつもの年なら忙しすぎて飛ぶように過ぎていく時間が、今年はなかなか進まなかった。

 我ながら、アンジェのことを考えすぎだと思う。さすがに仕事には支障は出ていないけれど……


 スキップでもしそうなくらいに浮かれた俺は、ある品を持ってアンジェの家へ向かう。




「こんにちは、アンジェ」


 いつものように執事にアンジェの私室へと通される。

 そして、アンジェは前と同じように、くまのぬいぐるみ(ロッシュだったか?)を抱いて座っていた。


 俺が声を掛けるとすぐに、ぬいぐるみをこちらに向かって突き出した。

 ん?

 意図がわからないんだが……


 何となく、受け取ってしまう。

 前に手を放させた時にはあんなに嫌がっていたのに、たやすく手を放した。


「……どうした?」


 アンジェが一体何をしたいのかが分からず、固まってしまう。

 なにせ、今までアンジェの側から何らかのアクションがあったことなんてほとんどなかったから。



「がんばった」




 そう呟いて、ひじ掛けに手を突き、立ち上がろうとする。

 慌ててぬいぐるみを置き、アンジェに手を添える。

 俺はほとんど力を入れず、転んだ時のために構えていただけだったのに、彼女はひとりで立ってみせた。


 膝も腕も、全身に力が入ってプルプルしてるけど、確実に、自分で立つことができるようになったのだ。



「すごい、すごいよ、アンジェ」


 本当に驚いた。

 自分で立てるのはまだまだ先のことだと思っていたから。


 硬いままの表情筋でできる全力のドヤ顔。

 普通なら気づかないくらいの差でしかないけれど、間違いなく最高のドヤ顔だ。


 すげぇ可愛い……


 俺は気軽にこれから頑張ろうって言っただけなのに、彼女はそれに応えるべく、こんなに頑張ってくれたんだ!



 だけど、足も腕も限界みたいで、すごくプルプルしてるから、慌てて抱きしめた。彼女を支えるみたいに。


 ずっと抱きしめていたいけど、正直彼女の足は限界が近い。ちょっと残念だけれど、手を添えて椅子に座りなおさせる。


「アンジェ、立てるようになったんだね」


 なるべく顔の高さを合わせるように膝立ちになり、アンジェの髪を梳くように撫でる。

 彼女は本当に頑張ったんだろう。

 たった一月半で、立てるようになったんだから。



「すごく頑張ったアンジェに、何かご褒美をあげたいんだけど、何がいい?」


 俺の方で準備してきてる物はあるが、これはあくまでも会いに来れなかった間のお土産だ。

 ご褒美というからには、彼女が欲しがるものをあげたらいいだろう。


「俺にできることだったらなんでもいいよ?」


「だっこ」


 ??

 だっこ?なんで?


「だっこがいいのか?」


 頷くアンジェ。

 別に抱き上げるくらい、ご褒美じゃなくてもいくらでもしてあげるのに。

 でも、彼女にとってはだっこがご褒美なんだろう。


 小さなころは両親や兄弟と一緒に生活していたみたいだから、その名残りだろうか?


 考えるのは後にして。

 彼女がだっこして欲しいと言うのなら、俺の腕の限界まで抱き上げていよう。



「揺れるぞ」


 アンジェに声を掛けてから、なるべくそっと抱き上げると、アンジェも俺の首に腕をまわして抱きついてくれた。


 自分の首に回された腕に、ひどく動揺してしまう。

 落ち着け、落ち着くんだ、俺。

 たぶん、アンジェに深い意図はない。

 不安定だから自分でも支えとこうかな、程度の意味だ。

 緊張するな、子供じゃないんだから!


 好きな子をお姫さまだっこして頭爆発しそうになってる俺に気づいていないのか、アンジェは俺の首すじに顔を埋めて匂いを嗅ぎはじめた。



 物音ひとつしない静かな部屋に、アンジェが匂いを嗅ぐスンスンという音だけが響く。


「セトスさまの、におい」



 俺の腕の中でふわりと微笑むアンジェは、並大抵の爆発力ではなかった。

 完全に機能停止に陥ってしまった俺の脳みそは、しばらくして腕の痛みを感じるまで動かなかった。




 気を取り直して。


「庭にでも出るか?」


 このまま部屋の中で突っ立っていても仕方がないから、軽い気持ちで提案したんだが。


「にわ!?」


 アンジェにできる最大限のキラッキラの笑顔をしてくれた。


 自分家の庭にそんなにテンション上がるのか、この子は。


 薄暗い部屋で日がな一日座っていると、庭ですら憧れになってしまうんだろうか。

 もしくは、庭に出ることに憧れるくらい、何も出来ないからか。



 壁と同化している侍女に目で合図すると、黙って扉を開けてくれた。

 アンジェの身体をどこかにぶつけないように慎重に動く。


 大きなブランケットを持って先を歩く侍女について庭に出る。

 おそらく普段は伯爵夫人がお茶会などをしているのだろう、綺麗に整えられた庭園だ。


 たぶん春とかだったらもっと綺麗なんだろうけど、残念ながら今は秋も終わりが間近。

 ほとんど冬と言ってもいいくらいだが、まだ太陽のあたる所は暖かいくらいの気温だ。



 しかし、太陽の光を浴びた瞬間、アンジェは光から顔を背けるように俺にしがみついた。


「どうした?」


 突然のことで、心配になる。


「……びっくりした。たくさんの、ひかりは、久しぶり」


「大丈夫だよ。太陽の光は、慣れたら気持ちいいから」


 アンジェにはそう声を掛けたが、むしろ俺の方がびっくりした。

 目が見えないと聞いていたが、光が分かるということは多少は見えているのか?


「アンジェは、光が見えてるのかい?」


 彼女に見える世界が知りたくて、聞いてみる。


「普通は、何もない。たくさんの光の時だけ、感じるの」


「目が痛いとかはない?」


 彼女は太陽に向かって顔をあげて、呟いた。


「痛くない。びっくりしたけど、光は好き。からだがあったかくなるから」


 太陽の光を、目ではなく身体全体で感じているんだろう。

 目では見えなくても、光の暖かさみたいなぽかぽかする感じを受け止めて、心地良さげにうっとりするアンジェ。


 彼女の肌は人形かと思うほど白く、もはや青白く見えるほどだけど、その原因のひとつは、太陽にあたっていないことなんだろう。


 でも、アンジェは外に出ることが好きみたいだから少しづつでも連れていってあげれるようにしよう。



 庭の片隅に置かれた白いベンチにアンジェを座らせて、自分も隣に座る。


「風邪をひいたら困るからね」


 侍女が持ってきてくれた大きなブランケットでアンジェをすっぽり包む。

 その上から彼女のからだに腕をまわして抱き寄せると、甘えるように擦り寄ってきた。



 しばらくそうしていたが、アンジェが何かしようとしてる。

 何をしたいのかはよく分からないが。


 先ほどまではブランケットの前を合わせるように握っていた手を離して俺の肩を持ち、逆の手でも触る。

 両手で俺の肩を持って、得心したようにゆっくり頷くアンジェ。


 ?????


 何がしたいのか、わからなさすぎる。


 とりあえず、動いているうちに滑りおちたブランケットをアンジェの肩に戻してやると、プルプルと首を振る。


「ちがうの。セトスさまも」


 ブランケットの真ん中あたりを持って、俺の肩に持ってくる。残念ながら掛けられてはいないが、やりたいことはようやくわかった。


 少しだけブランケットを自分の側に引き寄せて、自分とアンジェの両方に掛かるようにする。


 彼女は俺の肩を触ってブランケットが掛かっているのを確認すると、ふうわりと笑った。


「あったかいね」


 そうだね、と言ってずり落ちそうなブランケットをなおしてあげる。


 アンジェの笑顔に包まれた、暖かい時間だった。




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短編『婚約破棄された令嬢は、変人画家と食虫植物を愛でる』 よろしくお願いいたします。 https://ncode.syosetu.com/n9374gs/ 短編『ディフェリア・グレイ〜雨と共に世界に溶けてゆく君と〜』 よろしくお願いします。 https://ncode.syosetu.com/n0312gt/
― 新着の感想 ―
[良い点] 着眼点が良かったと思います。 文章がきれいで読みやすいところがとても良かった。 ハートフルな作品に仕上がっていて好きです。 [気になる点] 寝たきりで成長したという設定は人間の心理から考え…
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