36.期待と努力
「いつ結婚式にする?」
「うーん……結婚式って何するの?」
そこからか。
まあそうだよな、知らないもんな。
「神様に、この2人が結婚しましたよっていう儀式なんだ。俺やアンジェの仲いい人に来てもらって、アンジェは綺麗なドレスを着て、みんなにお祝いしてもらうんだ」
「きれいな、ドレス……いいなぁ」
「いいなーって言ってるけど、アンジェが着るんだぞ?」
「でも、わたし、きれいかどうかは、分からない」
「でも触ってみてわかることもいっぱいあるし、想像して分かることもあるし」
「うーん、想像……」
「それに、選ぶのはドレスだけじゃないよ?
花も料理も音楽も、2人で好きなものを選ぶんだ」
「2人で、選ぶ……たのしそう!」
さっきまでの名残で少し目元が赤いけれど、とっても可愛い笑顔でそう言ってくれる。
「でも、色々選びに行くのも本番の結婚式をするのもアンジェが車椅子だと不便すぎるだろう?
だから、式はアンジェが歩けるようになってからにしようかと思ってる」
「歩けたら、結婚式できる!?」
興奮しているアンジェは可愛いんだけど……近い、近い。
「そうだけど、ちょっと落ち着いて」
「だって、わたし、セトスさまと、結婚したい!」
「そうだな。俺だってアンジェと結婚したい」
「どうしたら、歩ける?」
よかった、どうしたら良いのかを考えるくらいまで落ち着いてきた。
「そりゃ毎日コツコツ練習するしかないだろう。
そうやって、アンジェはここまで動けるようになったんだし。前は椅子から動くこともできなかったのに今では立って足を動かすことだってできるようになってる。
これは毎日アンジェが努力した結果だろう?」
「うん」
「だから、これからもコツコツ真面目に練習していけばいいと思う」
「うん、わかった。わかったよ。
それなら私でもできるもん。毎日やるのは大丈夫。
しんどいことはできないかもしれないけど、できることはちゃんとやるから」
「アンジェはそういうところが一番いいところだよ。
毎日コツコツできることと、できないことを『もう一回』って出来るところ。
そういうところが俺が一番好きなところ」
「すき? セトスさま、わたしのこと好き?」
「もちろん。好きじゃなかったらこんなに一緒にいないし、こんなにアンジェのことで努力はしないだろう?」
「そうだね。ごめんなさい。
でも、わたしは、セトスさまが好きだよって、可愛いよって、言ってくれるの、好きだから」
ああ、なんて可愛いんだこの生き物は。
素直で、一途で、真面目で、一生懸命。
こんなに可愛い女の子は、俺がいいって言ってくれてる。
「アンジェのこれからの目標は、車椅子に頼らなくても1人で生きていけるようになること。
車椅子がダメなんじゃない。あの時アンジェが向こうの家から出るためには車椅子が必要だっただろう?
それに、今も車椅子がないと生活はできない。だから必要なんだけど、頼ってばかりじゃダメだ、アンジェは自分でできるようになってほしい」
「車椅子なしで、ひとりで?」
「そう。1人で立てるようになっただろう?」
「うん、なった」
「前は、1人で立てると思ってた?」
「ぜんぜん、思ってなかった。
わたし、なんにもできないから」
「でも本当はそうじゃなかっただろう?だからアンジェは頑張ったらできるんだ」
「わかった! がんばって、車椅子がいらないっていえるようになる!
あのね、わたしが、もしひとりで歩けたら、結婚してくれるだけじゃなくて、ほかのところへも、連れて行ってくれる?」
「もちろんだよ」
「ほかのところって、どんなステキなところがあるのかなぁ……?」
うっとりと微笑むアンジェが可愛すぎる。
こんな風に言われたら、どんなところへだって連れて行ってあげたくなるな。
「王都の中にも、公園とかカフェとか女の子が好きそうなところもあるし、アンジェが好きなピアノをプロの人が弾いてる、音楽会へも連れて行ってあげれる。
俺の領地は少し遠いけど、海があって山があって川も流れてて、アンジェの知らないものとかいっぱいあると思う。
海はあるところが少ないから、この国の中でも知らない人はいっぱいいると思うけど、いつかアンジェと一緒に行きたい」
「うみかぁ……どんなものなんだろ?」
「それは行ってからのお楽しみだな」
「セトスさまの、いじわる」
「アハハ、意地悪じゃないよ。知らない方がどんなものだろうって考える分、楽しいだろう?」
「うん、そうかも。車椅子が、いらないっていえるようになって、セトスさまと結婚して、いろんなところへ、連れて行ってもらうんだ!
ふふふ、すっごく、楽しみ!」
そうやって、期待に胸を膨らませて笑う彼女はとても可愛かった。
彼女が期待しているものは、いつか訪れる未来じゃなくて、地道な努力の末に手に入れるものだと思う。
それを成し遂げるために俺ができることは何でもしてあげたいと思った。