34.両親と兄と
ある日、俺が仕事から帰ると母家に呼ばれた。
いつもはたまに顔を出す程度で、毎日行くわけでもないのだが、今日は珍しくサロンで待っていろと言われた。
しばらくすると兄と両親が集まってきた。
「どうしたんですか?」
わざわざこのメンツが集まるとは……
父や兄が忙しいのはもちろん、母も社交界のさまざまなことがあるはずだが。
「単刀直入に聞こう」
揃ったところで父がそう切り出した。
「アンジェと結婚するつもりか?」
「もちろんです」
ためらうことなくそう言い切る。
「いつ頃?」
「アンジェが立てるようになればなるべく早く。
焦ってはいませんが」
「そうか。だが彼女と結婚することで、お前にはまるでメリットがないだろう?
家のためにもあまり良いとは言えない。
自分が持ってきた話にこんなこと言うのは間違っていると分かっているが、メラトーニ家に騙されたとも思っている。
今更と思うかもしれないが、よく考えろ」
そう言われることくらいわかっていた。
母が、この縁談を不当なものだと言って社交界の武器にしていることも知っている。
だが、それでも。
「俺はアンジェ以外と結婚する気はありません。
俺は長男じゃないし、次男が多少変な結婚をしたくらいで揺らぐほどこの家は弱くないでしょう?」
俺はとっくの昔に覚悟を決めている。
彼女が外に出られるように、と考え始めた頃からこうなることはわかっていたから。
「アンジェが、もし家のために負担になるのなら、その分俺が働きます。
彼女をこの家に連れてきた時にも言ったと思いますが、俺は彼女以外と結婚する気は全くないし、彼女を離す気はありません」
父の目を見てハッキリと宣言する。
アンジェがあんなに頑張っているんだから、俺もこれぐらいできなくてはいけない。
父の瞳がふと緩んだ。
張り詰めていたその場の雰囲気も少し緩み、次に母が歓声を上げた。
「きゃー、かっこいいわ! さすが私の息子ね!」
手を叩いてそういう母のせいで、真剣な場の空気は一気に崩れた。
まぁ俺としては気を使う時間が短く済んでありがたいんだけど、父はちょっと不機嫌になってしまった。
この夫婦はこれがいつものことなので兄も俺も全く気にしていないが。
「でもねぇ、やっぱりセトスだなって思ったよー?
一度決めたら譲らないところがねぇ」
「自分としてはそんなつもりはないんですけどね」
「まぁねー、普通じゃないよねー」
そう言って笑う兄は楽しそうだが、俺としては若干不本意だ。
ただ、そんな兄よりも楽しそうな人が一名。
「結婚式やるのね? いつやるの? どこでするのー?
セトスの結婚式は男だから楽しくないかと思ってたけど、アンジェちゃんが家にいるなら楽しいことできるわよね!?」
「そうですね、むしろ俺ではわからないことも多いですし、女同士で選んでやってください。ティアにも頼んでおきます」
「やったー! 楽しみだわ! ドレスも選ばなきゃ!」
「はしゃいでるところ悪いですが、今すぐ式にということにはならないと思います。
そもそもある程度は1人で歩けるようにならないと無理ですし」
「いつ頃になるの!?」
興奮してる母の気迫がちょっと怖い。
思わずのけぞるけど、そんなことで離してもらえるはずもなく……
「ええと……半年後から1年後ぐらいだと思いますけど」
「じゃあそろそろちゃんと準備始めないと間に合わなくなるわよ?」
「なるべく早くとは思っていますが、そこまで焦ってはいませんよアンジェの具合にもよりますし」
そんな話に兄も入ってくる。
「でもねー、ティアが言うには、アンジェちゃんはかなり頑張ってるみたいだし、半年ぐらいでもできるんじゃない?
婚約からそんな経ってないし遅くてもいいとは思うけどさ」
あんまり期待しすぎると無理して体を壊すからなぁ。
でもそこをちゃんと見ておけばやる気に繋がるかもしれない。
「アンジェとも相談してみてから決めますけど、来年の夏から秋ぐらいにはできるようにしたいですね」
「じゃあ準備には大体1年かけられるわけね? 楽しみだわ!」
正直結婚式の準備となると、俺が1人でするには無理がある。
母にしてもらわないといけないこともあるだろうが、母とアンジェの間に入って仲裁することも多くなるんだろうなぁ。