表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/84

32.『かわいい』

 


「ちょっと落ち着いたか? 何があったか説明できる?」


 流れる涙をハンカチで拭ってあげると、やっと顔を上げてくれた。


「セトスさま、いなくなっちゃった、けど、練習は、しようと思って。

 右足、あげたら、ぐらってなって、体が痛かった」


 言葉はいつもより幼くなってしまっているし文法もめちゃくちゃだけれど、とりあえずの事情はわかった。


「ごめんな、ひとりにして。仕事でいなくなるなら、イリーナを呼んでおけばよかった」


 今の使用人たちは基本的に俺がいる時は2人きりになれるようにしてくれているし、母屋の方にいる時もある。

 俺はアンジェと2人きりになれる方が嬉しいからそのままにしておいたのだけれど、それが良くなかった。


 アンジェが1人で行動できるようにならない限り、こちらに侍女を待機させておかないといけないな。


「本当にごめん。今痛いところはないか?」


「だいじょうぶ、セトスさまが、悪いんじゃ、ないの。

 わたしが、できないことを、したから」


「できないことをしようとすることは大切なことだよ。挑戦しないと何もできないままだからなんで出来なかったのか、何が悪かったのか考えてみよう」


「わるかったのは、わたし」


「そうじゃなくて……

 どうやったらできるようになると思う?」


「どうやったら……?」


 アンジェはできないことができるようになると嬉しいとは思っているものの、どうしたらできるようになるかを考えられるようにはなっていない。

 まぁ半年前まで何もできなかったことを考えたら今でも十分すぎるほどなんだけど。


 俺としてはアンジェに、こういう考え方ができるようになってほしい。

 せっかく彼女は『もう一回』っていうのが得意なんだから、それを最大限に活かせるようにしたらいいと思うから。


「うーん……どうやったら……」


 俺が考え事をしてる間にアンジェも考えてくれている。


「セトスさまと、一緒にする?」


「そうだね、待ってて一緒にやればいいかも。じゃあもし、俺が長い間帰ってこなかったら?」


「イリーナを、よぶ」


 オレが呼んで来なくても、アンジェが呼べるようにしておこうか。

 ……やっぱりイリーナはこっちの控えにいてもらおうか。


 また思考の中に戻ってしまいそうになった俺の意識を、アンジェの声が引き戻した。


「あのね、いつもは、車椅子だから、手で支えて、いろいろ出来るの。

 だから、何かをもったら、いいかも」


「そうだね。前に立つ練習をしていた時も、まず俺として、イリーナとも練習して、支えありでやって、それからやっと1人で立てるようになったよね?

 何をするのにもちゃんと順番に沿ってやることが大切なんだ。

 まぁ手順があることすら忘れてることも多いんだけど」


 苦笑するとアンジェも同じような息の吐き方をした。

 表情は変わらないままで。

 それがなんだか妙に面白くてふふ、思わず吹き出すと、アンジェはきょとんとした顔をした。


「なにか、ちがうかった?」


 おろおろするのも可愛いから見ていたいんだけど、説明してあげないと可哀想だよな。


「いや、同じ感じで苦笑いしたのに、顔が全然動かないのは面白くて」


「えっ?わたし、いつも、かお動いてない?」


「そんなことはないよ。

 今の不安そうな顔とか笑ってる顔とか可愛いよ?

 じゃなかったらこんなに一緒にいないだろう?」


「ふふ、かわいい?」


 噛み締めるようにそう言ってから、ふわりと口元を緩めた。


「ねぇ、わたし、かわいい? ホントに?」


「可愛いよ。どうした急に?」


「かわいいってロッシュみたいだってことだよね?」


「うーんまあ……そうなんだけど……」


「ちがう?」


「いや、ぬいぐるみと人間を同じ扱いにするのはどうかと思って」


「ちょっとちがっても、いいや。

 セトスさまが、わたしのこと、『かわいい』って言ってくれたから」


「言ったことなかったかな?」


「ないよ? たぶん」


 心の中では可愛い連呼してるのになぁ……


「それは悪かったなぁ。出会った時からずっと、可愛いと思ってるよ?」


 ぼふんっ音がしそうなほど、アンジェの顔が赤くなった。

 かわいいなぁ。

 顔真っ赤だし、よくわからん声を発して、俺の首にしがみつく。


「みないで……」


 か細い声でそう訴えるアンジェには悪いが……


「アンジェがこんなに可愛いのに見るなって?」


 恥ずかしさに耐えられないのか、足をバタつかせる。

 俺の足に当たってちょっと痛い。


 意図したものではないけれど、どうも今まで俺はアンジェに『かわいい』って言ってなかったみたいだ。

 それに、リアクションから察するに、今まで他の人にもあんまり言われたことないみたいだし。


「よし、これからは可愛いと思ったらその都度言うようにしよう。

 むしろ今まで言ってなくてごめんな?」


 アンジェは両手で顔を隠したまま、首をふるふると振る。

 小さな手のひらでは赤くなった耳も首も全く隠しきれていないし。


「ちょっとで、いい。たまに、言ってくれる、だけで」


 ……確かに、しょっちゅう言ってたら、こんなに可愛いリアクションをしてくれなくなるかも。


 ま、そんなことは置いといて、今はアンジェの可愛さを堪能しよう。

 こんなに可愛いアンジェは、俺だけのものなんだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編『婚約破棄された令嬢は、変人画家と食虫植物を愛でる』 よろしくお願いいたします。 https://ncode.syosetu.com/n9374gs/ 短編『ディフェリア・グレイ〜雨と共に世界に溶けてゆく君と〜』 よろしくお願いします。 https://ncode.syosetu.com/n0312gt/
― 新着の感想 ―
[気になる点] 苦笑すると安全も同じような息の吐き方をした。
[良い点] お砂糖特盛回。 [一言] あ、毎回お砂糖特盛だったわ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ