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31.ひとりぼっちで

 

 よし、俺のメンタルはだいぶ戻った。

 ちょっと脱線してしまったけれど、アンジェの足踏み練習だ。


「アンジェ、ありがとう。ちょっと落ち着いたから、続きやろうか」


「うん。もう一回」


「今度は左足な。休憩したから多分出来ると思うんだけど」


 何度もしているようにアンジェの肘の辺りを掴むと、アンジェも俺を握り返してくれる。

 たったこれだけのことでも、同じ時間を長く過ごしているからこそのことだと思うと、とても嬉しくなる。


「大丈夫、怖くないよ。

 ちゃんと支えてるからやってみて?」


 さっき失敗したばかりだからか、少しためらうアンジェにそう声をかける。

 指を痛めるんじゃないかと思うほどに俺のシャツを強く握りしめていた。



 ほんの少しだけ左足をあげる。


 ――上がった。


 トン、と軽い音を立てる。

 次の瞬間、こわばっていた表情が一気にほどけた。

 ふわりと花が咲くように。


「できたね」


 染み入るように、噛み締めるようにそういうアンジェは本当に嬉しそうだった。


「わたし、歩ける、かも」


「かもじゃない、歩けるよ」


「そうかな?」


「そうだよ。そのためにこんなに頑張ってるんじゃないか」


 髪をなでてあげると、子猫のように擦り寄ってくる。

 恐怖がなくなって一気にアンジェらしさが戻ってきたな。


『もう一回』


 俺の腕を持ち直してそういうが……


「まだ、ダメ。1回座って?

 さっきもそうやってコケてしまったんだから、休憩しないと」


 大丈夫だと言い張るかと思ったが、案外素直に座った。


 よほど怖かったらしい。


 その時。


「失礼いたします。セトス様、主様がお呼びです」


 わざわざ本邸の侍女が俺を呼びに来た。

 アンジェとの時間を邪魔されて少しむっとしたが、


「セトスさま、いってらっしゃい」


 アンジェは気配で俺の気持ちが伝わったみたいなタイミングで、そう言って送り出してくれる。

 そう言われては行かない訳にもいかないし、そもそも父に呼ばれた時点で行くしかないのだが。


「アンジェ、悪いけど待っててな」


 笑顔で手を振って見送ってくれる。

 よし、何の用か知らないが、とっとと片付けて帰ってくるぞ。


 一方、アンジェは人生で初めて、暇というものを感じていた。


 今までセトスと出会うまでは、こうして1人で座っているのが普通だったはずなのに、自分はあの頃一体何をしていたのだろうか……?


「外の、音、聞いていた、かな?」


 意識して耳をすませてみる。

 様々な音が意味として自分に届く。

 昔からの慣れ親しんだ感覚なはずなのに、何かが足りないように感じてしまう。


 無意識にセトスの声を、音を探してしまう。

 でもいくら探しても聞こえない。

 多分、他の建物の中へ入ってしまったのだろう。


 そうなるとさすがに聞こえない。

 当たり前のことなのに少し悲しくなってしまった。


「他のこと、しよう」


 やることといえば、立つ練習か、ピアノか。


「休憩、したし、あしぶみ」


 誰もいないのにそう口に出して言ってみると、自分がするべきことが明確になった気がした。

 1人だということに気付かずに。



 ぐっ、と足に力を入れて立ち上がる。


 もう簡単に立てるようになった。


「よし、だいじょうぶ」


 右足から先程と同じように上げると……

 次の瞬間。


 世界が歪んだみたいに感じた。

 ぐらりと傾いて、倒れていることは分かるのに、何もできない。

 体をこわばらせただけで、次に感じたのは強い衝撃。

 地面に叩きつけられて……



 いたい、いたい、痛い。

 助けて、セトスさま。


 けれど、誰からも助けはこない。


 セトスさまはお仕事だから自分で戻らないと。

 なんとか起き上がることができたけれど、そこからどうしていいのかわからない。

 多分、自分は床から立ち上がることすらできないし……


 それに、どこから痛みが襲い掛かってくるのかわからない。どこに何があるのかなんてわからないから。

 1人では何もできないのだとわかってしまった。


 ただひたすらに怖い。

 今までこんなことなかったのに。


 *****


「アンジェ、大丈夫か!?」


 心底慌てた。

 最速で仕事を片付けて帰ってきたら、アンジェが床に倒れていたから。


「セトスさま」


 彼女がぱっと顔を上げた。

 悲壮な顔しているアンジェに駆け寄って抱きしめる。


「どうした?大丈夫か?怪我してない?」


「だいじょうぶ、こわかった……」


 俺のシャツの襟を握り締める手が、ガタガタ震えている。

 目尻いっぱいに涙を溜めて、今にも零れ落ちそうだった。


「大丈夫、もう怖いことはないからな?

 本当にごめんな、ひとりにして」


 抱き上げてソファーに座る。

 俺の両手がフリーになるから、頭を撫でて思いっきり抱きしめてあげる。

 よほど怖かったのか、冷たく凍えきっている手をさすってあげると、少しずつ暖かさを取り戻してきた。


 肩や背中が緊張で強ばりきっていたのも、少しほぐれてくる。

 それと同時に涙腺が決壊した。


「ふゎあぁん、こわかった、怖かったよぉ」


 こんなに感情をあらわにする姿を初めて見た。

 子供のように俺にすがりついて泣きじゃくる。


 こんな風に泣きじゃくる女の子をどうしたらいいのかわからなくて、オロオロしてしまう。

 自分が悪かったと思っているから余計に。


 ふと昔のことを思い出した。

 ティアリスがよく泣いていたあの頃のことを。


 その時によくしていたように、背中を優しくトントンとしてあげてみると、少しずつではあるけれども落ち着いてきた。

 何かあったのかを聞けるくらいにはなってきた。





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[一言] 怪我とかしてたら大変
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