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29.自分のこと

 

 アンジェは俺が思っていたよりもずっと早く色々なことができるようになっている。

 初めて会った時から半年弱。

 たったそれだけの時間で、彼女は人形から人間になった。

 そしてこれからは自分で歩いて自由に動けるようになれたらいいと思う。

 そのためにはまだまだ練習が必要なのだけれど。


「アンジェ、もう1人で立ち上がるのは完璧にできるよな?」


「うん、できるよ? 支えがなくても、だいじょうぶ」


「じゃあ次のステップだな、足踏みしてみよう」



 実際はもっと前からできるくらいの筋肉があったのかもしれないけれど、素人の俺では判断ができなかった。

 医者に見せようかと思ったものの、父はさすがに体面が気になるようであまりいい顔をしなかった。

 何より立てない人を立てるようにするなんていう、変なことができる医者がいなかった。


 そんなわけで俺が考えてやってるのだが、何がいいのかわからないし、今、アンジェに何ができるのかもわからない。

 だから安全を優先させた結果、こんなに遅くなってしまったのだ。



「アンジェ、立ってみて」


 そういうとアンジェはぐっと足に力を入れ、全身の筋肉に力を入れて、うまく反動を使い立ち上がる。

 完全にできているとは言えないけれど、初めの頃に比べたら驚くほどスムーズに立ち上がれるようになった。


「手は前に出して。肘を持つから」


 こうして持っていれば普通に手を握るより、コケた時に支えやすい。アンジェも俺の腕を握った。


「こうしてたらバランスを崩しても大丈夫だから、片足を上げてみよう。左足上げてみて?」


 ぐっと俺の腕を握る手のひらに力が入る。

 全身に力を入れて、それでも上がらない。


「ちょっと反動をつけて、一気に上げてみようか?」


 そういうと右側に体重を傾けた。

 そのまま倒れそうになり、短い悲鳴が上がる。

 ぐっと力を入れて支えたから、コケはしなかったけれど。


「こわかった……」


 泣きそうな顔をするアンジェ。

 慌てて1度座らせる。


「ごめんな、大丈夫? どこか痛くない?」


「だいじょうぶ。もう一回」


 本当にアンジェはすごい。

 あんなに怖がって、泣きそうになっていたのに、たったこれだけの時間で切り替えて『もう一回』と言えるのだから。


「よし、じゃあやってみようか」


 またアンジェが立ち上がって同じようにする。

 だけどうまくいかず、倒れそうになってしまった。


「こわい。でも、ちょっとだけ、慣れた。

 ちょっとだけ、こわく、なくなったかも」


 顔をこわばらせながらそんなことを言っても、怖がってるのは誤魔化せてない。

 これは俺が悪かったな。


「アンジェ、無理はしなくていい。怖いことは無理にしなくていいんだから。

 これを毎日続けるなんてできないだろう?

 怖くなくて毎日できることを考えよう」


 こくこくと頷く、やっぱり嫌だったんだ。


「嫌なことは無理して『できる』とか『大丈夫』とか言わなくていい。と言うか言わないでほしい」


 俺はアンジェに無理はしてほしくない。

 そりゃ少しくらいの無理はさせる。

 でも顔をこわばらせて泣きそうになって……

 そんなことまでする必要はない。


「『継続は力なり』って言葉があるんだ。

 毎日続けることが力になるっていう意味だな」


「けいぞく、は、ちから、なり」


「そう、アンジェはいつもそうだろう?毎日続けることでここまで動けるようになったんだから」


「そう、かも。イヤなことは、毎日、できないもん」


「そうだろう?だから毎日できる方法を考えよう。

 どんなことやったら出来そうかなぁ?」


「わからない、わたし、じぶんのこと、ぜんぜん、しらないから」


 ちょっとショックを受けたみたいな表情。


「まぁ少しずつわかるようになったらいいんじゃないか?」


「ちゃんと、じぶんのこと、考える。ちゃんと、しらないと、ダメ」


「ああ、そういうことだよ。アンジェは、自分のこと知らないって分かっただろう?

 そうやってちょっとずつ発見していくことで、できることとか知ってることが増えるんじゃないか?」


「なるほど!」


 身をのりだしてくるアンジェ。


「そういうこと、ちょっとずつ、知るってこと!」


 なんだかアンジェの琴線に触れたようだ。


「そっか、そうだよね。わたし、自分のこと、知らないけど。

 ちゃんと、知ってることも、あるんだ」


 うーん……

 何が言いたいのかあんまりわからんが、どうも知らないからと落ち込んでたのに、知らないと思ってるだけだったり、これから知っていけたり。

 そういうことが実際の体験で分かったから感動してもらえたみたいだ。


「あのね、セトスさま。わたし、自分が思ってるよりも、ちゃんと、できる人なの、かもしれない」


 ……アンジェは新しい発見に対して異常にテンションが上がっている。

 ちょっとついていけてない。


 いやいや、ついていけてないとか言ってるのはよくないな。

 感動は共感してもらえてこそ、大きくなるんだから。


「よかったな、新しいことが分かって。

 俺みたいな普通の大人だって、自分のこと知らなかったりするから。

 逆に、できないことをできるって思い込んでたりすると物凄く厄介だから、アンジェみたいに知らないって分かってることはとても大切だと思うよ?

 これから知っていけるんだから」


 アンジェを見ていると、自分のことを振り返ることにもなるな。

 俺も自分のことを知らないと思ってる方がもっともっと成長できるんだろう。

 アンジェがそれを気づかせてくれた。


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