25.ひとりで
昨日更新出来なくてすみませんでした。
明日はお休みで、金曜日もたぶん更新できません。
「イリーナ、ティアに、セトスさまと、遊ぶから、ピアノしないって、言ってきて」
ふわふわ笑うアンジェはすっかり機嫌を直してくれていて一安心。
「毎日立つ練習はしてるけど、どれくらい歩けるんだ?」
素直な疑問を聞いてみると、アンジェはこてん、と首を傾げた。
「んー? わからない」
「やったことないのか。じゃ、やってみよう」
いつも食卓につく時にはテーブルに手をついて車椅子から立って、ダイニングの椅子と入れ替えてから座ってる。
だから、少なくとも何かに掴まれば立てるし、少しの間であれば自立していられると思う。
「椅子、動かすよ? 右向きにちょっと回すから」
歩くには一旦俺に掴まって貰わないと無理だから、とりあえず椅子の向きをかえて俺の方を向かせる。
ぎゅっ、と椅子のひじ掛けを握りしめる指先さえもかわいい。
「1回立ってみて」
アンジェの手を持ってそう言うと、ぐっと俺を掴む手のひらに力が入った。
少し引っ張るようにして立たせると、得意気なアンジェ。
「これは、いつもしてる。
ひとりは、むりだけど、つかまったら、立てるの」
「ちょっと手を離してみようか」
俺の予想では、自力で立つより立ち上がるほうが筋力が要りそうだから、もしかしたらアンジェはもう自力で立てるんじゃないかと思ってる。
そんな予想に反して。
「それは、むり、です。ひとりは、ダメ」
アンジェはひどく怯えた。
「どうしても出来ない?」
こくこくと頷く。
「じゃあ片手、離してみよう。
今のアンジェは右手の方に力が入ってるから、左手は離しても大丈夫だと思う。
もし無理でも、絶対に支えるから」
そろそろと慎重に左手を離す。
「あっ、だいじょうぶ、だった」
「出来ただろう?
アンジェは自分が思ってるより出来るようになってるのかもしれないな。
毎日立つ練習をしてるから」
「そう、かも」
「絶対に俺が支えるから、右手も離してみようか」
さっき左手を離した時の倍くらいの時間を掛けて、ゆっくりと手を離した。
「立てた、じぶん、だけで」
すぐにバランスを崩したように倒れかけてしまったから、慌てて支えたけれど。
「アンジェはもうひとりで立てるじゃないか。
本当に頑張ったんだな」
今も、俺はバランスを崩さないように肩の辺りを支えているだけで、アンジェは自力で立っている。
「一旦座ろうか」
足に負担がかかり過ぎてはいけないと思ってそう提案したけれど、アンジェは自分で立てるということに夢中になってるみたいだった。
「ううん、大丈夫。もう一回」
そう言うからそっと手を離すと、さっきよりも危なげなく立っていた。
「わたし、がんばった、よね?」
「ああ、本当に、アンジェは努力家だからね。
毎日きちんと練習すると、こんなに出来るようになるんだ」
そろそろ足が限界だったようだから手を添えて椅子に座らせても、興奮冷めやらない様子だった。
「できた、できたの! わたし、ひとりで、たてるんだよ!」
アンジェは初めて『ひとりで』出来たことが嬉しくてたまらないみたいだった。
俺が最初に会った時のアンジェはまさしく人形のようで、何も出来なかった。
それなのに、たった数ヶ月でここまで出来るようになったのだ。
「アンジェの一番良いところは、『もう一回』って言えることだと思う」
これは素直な気持ちなんだけど、アンジェには伝わらなかったようだ。
「なんで?」
「出来ないことを出来るようにするためには、努力がいるだろ?
普通の人は、努力はイヤなんだ。
誰だって楽したいし、嫌なことはしたくない。
でも、アンジェはそう思ってないだろ?」
「うん。だって、『もう一回』しないと、出来ないから。
たぶん、ふつうの人は、ふつうだから、そう思うんだよ。わたし、ふつうじゃないのに、ふつうに、なりたいから」
ぽんぽんと頭を撫でると嬉しそうに微笑んだ。
「それでも、普通じゃないのが嫌だって言うんじゃなくて、普通になりたいって努力出来るのは素敵なことだよ」
「ありがと。がんばる。もう一回!」
その日はなるべく長くひとりで立っていられるように練習した。
これまでの間でアンジェは色んなことが出来るようになっている。
ひとりで歩いて、動きまわれるようになる日も近いのかもしれない。
実習中で、疲れて死んでます。