21.歌と話し方
「アンジェちゃんの趣味は何?」
リサトータに聞かれても、アンジェはうまく答えられなかった。
さっきティアリスと同じような話をして、自分のいつもしていたことがあまり普通ではないことが分かっているだけに、どう返事をするか迷ってしまうのだ。
「お姉さまは、ご実家では一人で過ごされていたんですって。だから、趣味とかにはあまり詳しくないみたい」
自分の言いたいことを代わりにティアリスが説明してくれて、コクコクと首を振って同意する。
「それなら、新しく好きなことを見つけないとね。
何がいいかしら……?」
「私と一緒にピアノをするのよ!」
「そうね、見えなくてもピアノなら弾けるし、いいんじゃないかしら?
アンジェちゃんも、興味ある?」
こくりと頷いてから、
「音楽は、いろいろあるって、言ってたから、なにするか、かんがえたい」
「楽器の種類ねぇ……
ピアノならティアと連弾できるでしょうし、ミリアーナちゃんはフルートが上手だから、管楽器をするのもいいんじゃない?」
「いいな、なにしよう? かんがえるの、たのしい」
「何をするか考えるのは楽しいものよね。
でも、別にひとつだけにする必要はないんじゃない?
アンジェちゃんは、お裁縫とか読書は出来ないんだから、その時間を音楽に使えばいいのよ。
自分が楽しく出来ることから練習すれば、早く身になるしね」
「そっか。ひとつじゃなくて、いいんだ。
なら、ティアといっしょに、ピアノしたい。」
「あら、嬉しいわ!
それならさっそく練習しましょう!
基礎的な所なら私でも教えられますしね」
「しばらくはティアに教えて貰うのがいいでしょうね。
アンジェちゃんの事情を理解出来るような先生を探しておくわ」
「おねがい、します」
「ちょっとした思いつきなんだけど、お姉さまは歌の練習とかしたらいいんじゃないですか?
いつも話す時に少し詰まってしまいがちですし」
「うた……?
わたし、歌はできるよ!
じゆうの、とりは、おおぞらへ」
「あら、セトスに教えて貰ったの?」
「うん」
「歌は好き?」
「すき! わたしでも、出来るから。
セトスさまが、上手って言ってくれたし」
「それなら、今からちょっと歌ってみましょうか。ティア、何か弾ける?
簡単なのでいいから」
「とりあえず『自由の鳥』でいい?
お姉さまも知ってるみたいですし」
「いいよー」
ティアリスの伴奏で、3人で歌う。
幼児が歌うようなものだけれど、アンジェにとってはとても嬉しいことだった。
自分が、誰かと楽しみを共有出来るということ自体が嬉しくてたまらないのだ。
「アンジェちゃん、一言ずつ切るんじゃなくて、続けて歌ってみて」
「じゆうの、とりは」
「そうじゃなくて、自由のと鳥はの間で切らない方が自然に聞こえるわよ」
「じゆうのとりはおおぞらへ」
「そうそう。普段の会話でもなるべく続けて話す方が自然よ」
「わかり、ました」
「それも、『分かりました』って、続けて言ってみて」
「わかりました?」
「そうよ、その方が普通だから」
「がんばります。ちゃんと、出来てなかったら、教えてください」
「ちょっと切れ気味だけど、うまく繋げれるように練習しましょうね」
「はい!」
「じゃあ、次は他の歌にしましょうか。
アンジェちゃんは、何か知ってる歌はある?」
「ない。自由の鳥だけ」
「ティア、何がいい?」
「簡単な曲だったら……」
女子3人でわいわい言い合いながら歌っていると、あっという間に時間が過ぎていった。
*****
「セトスさま、おかえりなさい!」
仕事は午後だけとはいえ、トラブル続きで疲れて家に帰ったら、アンジェがとびきりの笑顔で迎えてくれた。
「ただいま、今日は楽しかったか?」
「はい! 楽しかった!」
「それは良かった。何してたんだ?」
「ティアに、ピアノをひいて、もらって、お義母さまと、3人で、おちゃかいをした」
「お茶会したいって言ってたね」
「そう。したかったの。
ちゃんと、お義母さまに、『普通』って、言ってもらえたの!」
「失敗せずに飲めたのか?」
「あさ、スープ、のんだみたいに、うまくできた」
「練習しておいて良かったな」
「あとね、れんしゅうちゅう、なんだけど、うまく、話せてる?」
「ん? どういうこと?」
「わたし、話すときに、きれてるんだって。
だから、ちょっとずつ、つづけて、話せるように、って」
「ああ、そういうこと。
確かにアンジェは話す時に一言ずつ区切る癖があるからな。
ちょっとだけどいつもより長くなってるよ。
気をつけるだけで上手になるから、少しずつ頑張ろう」
そう言って頭を撫でてあげるとこちらに手を伸ばしてきた。
「ん?どうした?」
「セトスさまは?」
「俺か? 俺は……別に聞いてて楽しいようなことはなかったけど」
「話しちゃ、いけない?」
「いや、そういうわけじゃないが」
「それなら、知りたいな。
セトスさまが、何してるのか」
「これからアンジェも家のことに関わることが増えるだろうし、知ってた方がいい事もあるな。
ちょっと着替えてくるから、待っててくれるか?」
コクリと頷くのを見てから二階の自室へ行き、着替えてくると、アンジェは車椅子からソファに座りなおしていた。
「こっちの、ほうが、セトスさまと、近いから」
ふうわりと笑うアンジェを抱きしめて、幸せな気分に浸る。
「わたしのこと、セトスさまは、知ってるでしょ? ぜんぶ。
でも、わたし、セトスさまのこと、しらないから。
おしえて?」
アンジェの身体の不自由を気にかけるのが精一杯で、俺のことをアンジェに説明していないことに全く気づいていなかった。
それに、アンジェが自分以外のことに興味を持てるくらいになってくれたってことの証でもあると思う。
「俺の普段の仕事は……」
俺は大して変わった仕事をしているわけでもないから聞いていて面白いこともないと思うが、そんな話でもアンジェは熱心に聞いてくれていたのだった。
8/22追記
作中に登場した『きらきら星』には著作権があり規約違反だったため、作者オリジナルの歌詞と差し替えました。