18.目玉焼きへの挑戦状
普段の日なら家を出る時間だが。
今日は昼まで休みをもらってるから、このままアンジェとのご飯を続けられる。
「スープが飲めるということは、お茶だって飲めるだろ?今と同じ要領で。
それならアンジェはもうお茶会くらいなら行けるんじゃないか?」
「おちゃかい!」
「お茶会行ったことあるのか?」
「ない。でも、たのしいんだって。
かあさまと、ねえさまが、いくんだって」
「ああ、それで知ってるのか。女の人はお茶会が好きだからな」
「おちゃかい、いきたい」
「それなら母上にそう伝えておくよ。
そのうち誘ってくれると思うから」
「ありがと!」
「では、続きのお食事にいたしますね」
アンジェに教えるために席を立っていたが、そう言われて席に戻る。
「イリーナは本当に嬉しゅうございますよ、お嬢様」
「えへへー」
俺の好きなふわふわの笑顔を見せるアンジェ。
うん、アンジェはいつもその笑顔でいて欲しい。
「今日のメニューは、パンと目玉焼きとサラダだけど、アンジェは食べきれるか?」
こてん、と首を傾げる。
「恐らくですが、食べきれないと思います。いちおう旦那様と同じものをご用意しましたが」
「それなら食べられる分だけ食べようか」
コクコク頷くアンジェ。
「配置は、真ん中より左側にパン、右側に目玉焼きで、それより奥の真ん中にサラダがある。
サラダは場所的に取りにくいからパンから食べてみたらどうかな」
アンジェが右手をすべらせると、最初に目玉焼きの皿に当たった。
「それは目玉焼きのお皿。それの左側だよ」
左手でパンの皿を探しあてた。
「これ?」
「そう。その真ん中にパンがひとつのってるから、取ってみて」
手に取ってパクっとかじりつく。
「カンタンだよ。おいしい」
「うん、上手。パンを食べる時はひとくち分にちぎってから食べてね」
「わかった」
パンをふたくちくらい食べてから、さっきのスープと同じやり方でお皿の上に戻した。
アンジェはだんだん慣れてきてるしできるようになったことを別のことに応用することで、できることをどんどん増やしていっている。
「じゃあ次は目玉焼きを食べようか。さっきあたった右側のお皿」
「これ?」
「そうそう。その皿に目玉焼きがのってる。
それより右側にフォークが置いてあるから探してみて」
テーブルの上のものを探す動作に徐々に慣れてきたようで、動きがスムーズになってきた。
「朝ごはんみたいに軽い食事の時にはフォークが右側にあるから。本格的な食事だと右側がナイフになるからね。
そう、それがフォーク。触ってみて」
アンジェは見えない分触ってもののかたちを感じるから、隅々まで撫でている。
「先のトゲトゲがあるのがわかる?
そこにものを刺して食べるんだ。
イリーナ、まだ切り分けるのは無理があるだろうから一口サイズに切って」
「……できない?」
「もうちょっとフォークの扱いに慣れてからにしたらどうかなと思ってるんだけど。やってみるか?」
「やる」
「それなら」
席を立ってアンジェの隣に立つ。
「左手をグーにしてから人差し指出して。
そう、食べものはあんまり触れないから俺が目玉焼きのまわりをぐるっと一周させるから、どれくらいの大きさか感じて」
目玉焼きのふちに触れるか触れないかの所を一周させる。
「わかった?」
「もう1回」
もう一度同じことをすると、
「わかった。たぶん」
左側を目玉焼きのふちに添えたまま、そこにフォークを持ってくる。
物体との距離感がわからなくならないように手を添えておかないといけないみたいだ。
「んん? ひとくちで、たべれる?」
「アンジェの口には入らない大きさだろ?
フォークで切れるんだが、たぶん今のアンジェには難しすぎると思う」
「…………わかった」
ちょっと納得いってなさそうだし自分でやりたいみたいだけど、フォークのかたちを今日覚えた人にはちょっとハードルが高すぎる。
目玉焼きをカットする間、場所を見失わないようにずっと左手を添えていた。
「切り分け終わったよ。
アンジェの左手の中指の先にあるから、そのあたりを狙って突き刺してみて」
ガツン
「いや、そんなに勢い付けなくても大丈夫だから」
しかも反動で目玉焼き飛んで行っちゃったし。
「もうちょっとゆっくり、優しく刺してみて。
フォークの先に何かあたる感覚あるかい?それに目掛けて刺すんだ」
そろそろとフォークを動かして目玉焼きに突き刺す。
上手く刺さってはいないけれど、一番端の1本にはギリギリ引っかかった。
「アンジェ、刺さってるよ!
そのまま口まで持って行ったら食べれる」
ただ、ほんのちょっと引っかかっていただけだからペタりと落ちてしまった。
「ああ、おしい。もうちょっとだったよ」
「どこ、いった?」
「落ちたのはもういいから、次のを食べてみて」
そういうと、アンジェは目玉焼きの皿の上に手をすべらせた。
「アンジェ、食べものを直接手で触るのはあんまり良くないことなんだ。
だから、手でやってるのと同じようにフォークで探してみて。
わかるかな?」
言いながら、自分も席に戻ってやってみる。
目を閉じてフォークの感覚だけで探すのは……
うーん……難しいな……
俺はみてからやってるからなんとなくわかるけど、目玉焼きのかたちが完璧イメージできるようになってないと難しい。
案の定、アンジェも苦戦しているようだけど、フォークをすべらせるうちにひとつ見つかった。
それの側面を刺そうとしていたら、たまたま他のに当たって止まったからフォークの上に乗せることができた。
「んん? おもく、なった?」
「フォークの上に乗っかったんだ。
さっき触ったとき、棒の部分が4本あっただろう?
その4本が平らな面みたいになってるからその上に乗ったんだ。
落とさないようにそっと食べてみて」
手を動かさないで口で迎えにいったら食べれた。
「んー!」
口の中にものが入ってるから上手く喋れてないけどよろこんでる。
「たべれたよ、たべれた!」
「うん、上手だよ。
アンジェは本当になんでもできるなあ」
「そう! できるの」
「美味しいかい?」
「おいしい!おいしいよ。もう一回!」
そう言ってまた目玉焼きに挑むアンジェ。
彼女の日常は困難だらけで大変なことが多いけれど、それと同じだけ、達成した時の嬉しさと喜びにも溢れているんだと思う。
目玉焼き食べるだけで1話終わっちゃった……
かわいいからいいんだけど……話が進まない……