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17.朝ごはんのスープ

 

 次の日になると、アンジェの調子はよくなった。


「うん、熱もないし、治ってよかったな」


 額に手を当てて熱がないのを確認して、一安心した。


「ごめん、なさい」


「謝らなくていい。むしろ俺が無理させすぎたせいだからさ。悪かった」


 よしよしと頭を撫でると、擦り寄ってきてくれる。


「今日は昼まで休みをもらってるから、ふたりでゆっくりしよう」


「はい、ありがとう、ございます」



 朝日を浴びながら、ベッドの上で微睡むアンジェを眺めていると、とっても幸せな気分なんだが。


 ぐるる


 腹が鳴った。おい、俺の腹、もうちょっと空気読めよ!

 せっかく楽しい時間なのに!


「セトスさま、おなか、すいた?」


「あはは、ごめん。朝だからね、お腹空いたよ」


「アンジェはね、あんまり、おなか、すかないんだ。

 おなか、なったこと、ないから、おもしろい」


「お腹空かないのか!?」


「うん。おとといは、ちょっと、空いたけど」


「動かないからかなぁ。今は?」


「ちょっと、たべたい、かも」


「じゃあ、朝ごはんにしよう。たぶんイリーナが準備してくれてるだろうし」


 部屋の隅においてあった車椅子を押してきて、アンジェのベッドの横につける。


「ベッドから立てる?無理ならしなくていいんだけど」


「うーん……わからない、けど、やる」


「いやいや、昨日ぶっ倒れたところだしまだご飯も食べてないから無理はしないでおこう。練習はあとで」


「だいじょうぶ。どうやる?」


「じゃあ1回やってみるか。左側にちょっと転がってみて」


 本当に恐る恐る動くアンジェ。


「落ちる前にちゃんと止めるから大丈夫だよ。あと30cmくらい」


「んん?」


 アンジェが動きを止める。


「どうした?もうちょい動いて」


「30せんちって、どのくらい?」


 長さの感覚がないのは目が見えない人にとってはだいぶ不自由じゃないか?


「手のひらプラス拳ひとつぶんくらいかな。もうちょっと……ストップ」


「これくらいが、30せんち」


「それもあとで教えてあげるから、まずは起き上がって」


 少し支えてあげたら起き上がれたから、そのまま身体を動かしてベッドのふちに腰掛けるかたちにする。


「立てる?」


 椅子から立つのはもうすでに練習しているから、ひじ掛けがなくても俺の支えがあればできる。


「アンジェからみて右側に車椅子があるから、そっちが後ろになるように動くよ」


 アンジェが頷いたのを肩で感じてからそっと動かす。


 俺は他の人を椅子に座らせるサポートなんてしたことないから本当に手探りだけど、それはアンジェも同じ。

 ふたりで少しずつやりやすい方法を探すしかない。


「もう少し同じ方向に動いて。……そう。OK、そのまま座って」


 支えたまま座らせてあげて、車椅子に座って安定したらふぅっと長く息を吐いた。


「大丈夫か?疲れた?」


「だいじょうぶ。つぎは、これも、れんしゅうする」


「そうだな、椅子から立つのも大切だけど、ベッドからも起き上がれるようになれたらいいな」


「うん。がんばる」


「あんまり頑張りすぎるなよ」


 苦笑いしながらそう言うと、アンジェがしょんぼりしてしまった。


「ごめん、なさい。やりません」


「ああ、ごめん、違うんだ。

 アンジェが努力することはとてもいい事なんだよ。

 でも倒れないか心配なんだ。それだけだから、アンジェはできる範囲で努力して欲しいし、しちゃいけないとは絶対に言わないから」


 我ながらめちゃくちゃ焦ってるな。

 言葉の選び方って大事だ。普段は表情から読み取ってもらえることが、アンジェには伝わらないから。


「わかった。むりは、だめ。でも、がんばる。それで、いい?」


「そう、それが一番。無理したら途中でできなくなるから、毎日少しずつ積み重ねが大切なんだよ」


「わかった!」


「よし、じゃあ朝ごはんだ!」


 ふたりでダイニングに行くだけでちょっとしたイベントだった。


 毎日惰性でしているような、ほとんど意識しない行動のひとつひとつが新鮮に思える。

 アンジェのおかげで。




「イリーナ、おはよう」


「おはようございます、旦那様、お嬢様」


「おはよ」


 ダイニングに行くとすでに朝食の準備がされていた。


 テーブルの片側には椅子が置かれていないからそっち側にアンジェの車椅子を止めて、向かいに自分が座る。


 座るとすぐにスープがサーブされた。

 アンジェの分はイリーナが持っていて、飲ませるつもりみたいだけど。


「アンジェ、飲ませてもらう?それとも自分でする?」


「じぶんで」


 当たり前のようにそう言うアンジェ。

 まあ、アンジェとしたら少しでもはやく普通の生活を送れるようになりたいわけで、そう言うだろうと思って声を掛けたんだが。


「じゃあイリーナ、普段置く場所に置いてあげて」


「はい」


 ことりとテーブルの真ん中に置かれるスープカップ。


「申し訳ございません、ソーサーをお持ち致します」


 イリーナが飲ませるつもりだったから準備していなかったんだろう。

 なるべく俺と同じものを準備するように言っておかないといけないな。


「アンジェがどういうものを食べていたのかは知らないけど、ご飯を食べる時はだいたい先にスープが出てきて、それを飲み終わってからパンとかメインが出てくる。

 スープは普通、自分のド真ん前に置かれるし、右側が持ち手になるように置いてくれる」


「もちて?」


「ああ、ちょっと待って」


 急いで自分のスープを飲み切ってしまう。


「これと同じ器だから、触ってみて」


 アンジェに手渡すと、ぐりぐりと撫でまわす。


「きのうの、コップと、おんなじ」


「そうだね、だいたい温かいものが入ってる器にはそういうかたちの持ち手がついてるから、やけどしないように気をつけてね」


 イリーナがソーサーを持って戻ってきていつものようにセッティングする。


「食器は上のほうに当たると倒れることが多いから、テーブルの上をすべらせるようにして食器の場所を探したほうがいいと思う。

 こうやって、」


 アンジェの手をとってテーブルの上をすべらせる。


「器が手に当たったのがわかる?」


 アンジェの頷き。


「お皿がここにあったら、だいたいこれくらいの位置に持ち手がある」


 アンジェの手を持ち手まで誘導する。


「おさら、さわっても、いい?」


「一旦カップをどけるから、触ってみて」


「うすいね」


「そう。その薄いのはスープが零れた時にテーブル全部に広がってしまわないようにするためにあるんだ」


「わかった。おいて」


「じゃ、ひとりでやってみて」


 俺が教えた通りにテーブルの上をすべらせ、ソーサーの位置を確認してからそっと持ち手を探す。


 カシャン


 持ち手の場所はわかったものの、上手く持つことができずにカップが浮いた。


 アンジェは慌てて手を引っ込めてしまう。


「大丈夫、零れてないよ」


「うん、もう1回」


 引っ込めたことでまた場所がわからなくなったのか、最初からやりなおす。


 カシャン


 また持ちそこねてしまった。

 でもさっきのように手を引っ込めはしなかった。


「零れてないよ」


「じゃあ、このあたりが、もちて?」


「そう。さっきから当たってるのが持ち手だから」


 カシャン、カシャンと何度かカップを浮かしてしまったものの、ひっくり返してしまうことなく持ち手にたどり着いた。


 持ち上げて自分で飲んでみせ、得意げに笑うアンジェ。


「できた!できた!」


 全部飲み終われてテンションの高いアンジェはめちゃくちゃかわいい。


「できた!」


 子どものように喜びを全身で表現する。

 はしゃいだように足をバタバタさせるが、腕を動かさない気配りはできているようだ。



「よしよし、本当にアンジェはかしこいなぁ」


 自然と子どもを褒めるみたいになってしまったけれど、アンジェは得意げだ。


 ただ、忘れてないか?


「そのカップ、ソーサーに戻せる?」


 はた、と気づいた様子のアンジェ。

 たぶん、興奮してる間に場所はわからなくなっているだろうから。


「今度は、右手はカップを持ってるから、左手でソーサーを探そう。さっきしたみたいに、テーブルの上をすべらせて?」


 だいたいの場所はわかっているから見つけるのは早かった。


「お皿の真ん中に窪みがあるのがわかる?カップをそこに置いてみて」


 左手をソーサーに置いたまま、自分の手の位置を頼りにカップを置く。


「アンジェ、完璧だ!すごいよ!」


 最高級のドヤ顔アンジェ。


「できたよ、できた!

 ね、イリーナも、みてた?できた!」


「もちろん見ておりましたよ。

 本当にお嬢様は努力家でいらっしゃいます。

 イリーナは本当に嬉しいですよ」


 泣きだしそうなほどよろこんでいるイリーナ。



「本当にアンジェはすごいよ。

 目をつぶったままスープを飲むのは俺にだってできないし」


「そうなの?じゃあ、わたしは、すごい!」


「これを毎日していれば、そのうち場所の感覚にも慣れて、すっとカップを持てるようになるかもしれないし。

 毎日大変だけど頑張ろうな」


「うん!」


スープはスプーンで飲まないの?というツッコミがありそうですが、まだアンジェちゃんには早いだろうとの配慮です。

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[良い点] 配慮って、さじ加減が難しいですよね。
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