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王子様とは躍らせない!

作者: モンドール

いつか連載したいお話です。


 フローレンス伯爵家は現在、母と私とシンシアの女3人家族だ。少し前までは姉も一緒に暮らしていたけれど、今はもう他家に嫁いでいる。そんな私たち家族の中でフローレンスの血を引くのは、シンシアしかいない。



 15年前、父を亡くし母と私と姉は家を追い出された。元々結婚に難色を示していた両親の反対を押し切って父と一緒になった母は、当時意地を張って生家に頼ることができなかったらしく、2年ほどは市井で母子3人過ごしていた記憶がある。母が、後の養父となってくれたシンシアの父と出会ったのは、この市井時代のことらしい。


 当時3歳だったシンシアとの出会いは今も忘れられない。養父の後ろに半身を隠すようにしてこちらを伺う小さな少女。太陽の光を吸い込んだような濃い金髪に、くりくりとした青い瞳。可憐な顔立ちに少しの不安を浮かべた彼女は、月並みな言葉だけれどまるで花の妖精に見えた。


それまで二人姉妹の“妹”という立場で、“自分の妹”という存在に憧れていた私は、新しくできた義妹にそれはもうメロメロだった。どこに行くにも連れて歩き、何かに傷つけられそうになったときは守り、全力で甘やかした。母や姉があきれ返るほどに。



------------------------------




「シンシア! また授業を抜け出しましたね!?」


 屋敷内に怒号が響く。ブリュネットの髪をきっちりと纏め、少し小皺がつき始めた目を吊り上げた母が凡そ淑女らしからぬ声と大股でこちらに向かってきた。

 屋敷の外では常に微笑を崩さず、女ごときが領主などと揶揄る貴族たちを時にあしらい時に懐柔し時に叩きのめし続け一部では「熾烈」と恐れられながらも社交界では淑女の鑑と言われた母に有るまじき行動ではあるが、客人がいないときに限っては決して珍しい光景ではない。


「だ、だって……」


「お母様、お言葉ですがあの家庭教師はシンシアをいじめておりました。

 雇用主の娘への礼儀もなっていないような女性に教わる“礼儀作法”なんてたかが知れていますわ。

 即刻クビにすべきです。」



 びくびくと肩を震わせながら反論しようとしたシンシアを背にかばいながら母の前に立つ。礼儀作法の家庭教師がシンシアをいじめていたのは一度や二度ではない。少々おっとりした、純粋でマイペースなシンシアに嫌味を言って傷つけていたのを見かけて、そのたびに私が匿っていたのだ。



「はぁ……。あの家庭教師はもう暇を出しましたよ。

 シンシア、貴族の女性に生まれたからには嫌味の一つや二つ言い返せないようでは社交界で生きてはいけません。」


「優しいところがシンシアの良いところです!」


「お黙りなさいドロシー! 貴女が甘やかしすぎるのも、シンシアの淑女教育が滞る一因ですよ!

 家庭教師の“いじめ”とやらも本来であれば目に余るほどのものではありません!

 令嬢たち相手に上手く立ち回れないようでは満足に夜会一つ出られないじゃありませんか」



 母の言い分にぐっと息を詰まらせる。シンシアはデビュー以来夜会に出てはいない。今のシンシアを、偽りの称賛と嫌味が溢れる社交界へ参加させないようにしているのは他ならぬ私自身でもあるのだ。


 もちろん、このままで良いわけがないとわかってはいる。それでも出会ったころから妖精のように純粋で可愛らしいシンシアに変わってほしくない、私が守らなくてはいけないという意識がどうしても抜けない。私の葛藤を察したのか、母は額に手を当て深くため息をついた。


「貴女達に、来月開催される王家から舞踏会の招待状がきています。まだシンシアを社交に出すのは不安ですが、今回の舞踏会はよほどの事情がない限り欠席は許されません。」


「なんですって……!? 今の時期は祭典も祝典もないではありませんか!」

「まぁ! 私も出られるのですね! 楽しみ!」


「貴女も出ないといけないから私もドロシーも頭を抱えているのですよシンシア!!」



 この国の社交界は、通常デビュタントのお披露目も兼ねた王家の舞踏会から始まる。シンシアのデビューでもあった舞踏会は3か月ほど前に終わっている。例年であればその他は祭典や祝典を除き、王家主催の舞踏会は開かれないはずなのに。


「表向きは、今年から本格的に公務を増やした第一王子の人脈作りのため。

 実際は20歳になるのに婚約者を決めない第一王子のための大規模なお見合いでしょうね。

 今回はエスコートを除いて、未婚の若い男女が集められているようです」

「お見合い……」


「令嬢たちは王子殿下に見初められるため、殺気立っているでしょうね。

 家庭教師の嫌味くらいで泣くようでは耐えられませんよ。ただでさえシンシアの容姿は目を惹くのですから」



 素敵な王子に見初められて素敵な恋ののちに王妃となるストーリーはいつだって世の令嬢たちの憧れ。ここ、アルタンシア国第一王子であるクリストファー王子殿下も物語の“王子様”に引けを取らない。端正な容姿と優雅な立ち振る舞いに惹き付けられる女性は多い。


 確かに王子殿下は美丈夫だ。常に微笑みを携え、誰にでも優しく人望もある。……が、私からするとその笑顔がとんでもなく胡散臭い。公式の場で2、3度挨拶をしたことがある程度しか関わったことがないけれど、毎回全く目の奥が笑っていない。


そんな王子殿下が、本格的に婚約者探しをするといわれる今回の舞踏会。シンシアが見初められでもしたらと思うと背筋が凍る。

 他にも美しい令嬢は多くいるが、シンシアの可憐さは抜きんでている。ひとたび視界に入れてしまったら求められてしまうのは、空が青いことと同じくらい“当たり前のこと”ではないだろうか。王子がシンシアを望んだ場合、一伯爵家の我が家では断ることは不可能だろう。狸のような王子と、捻じ曲がった宮廷人が多くいる王宮で、か弱く純粋で可憐なシンシアが生きていけるとも思えない。

 たとえ付け焼刃でも舞踏会までに淑女教育を! を息巻く母を横に見ながら、全く別の問題で頭を抱えるのだった。



------------------------------




「お姉様!! 力を貸してくださいませ~~~!!」

「う~ん……ドロシーちゃんの考えすぎじゃないかしら?」


 勢いよくテーブルに突っ伏す。招待状問題から早1週間。一人で考えても埒があかないので既に嫁いだ姉を召喚した。舞踏会まであと3週間しか残されていない。

 ちなみに、シンシアは母による厳しい礼儀作法授業の真っ最中だ。急ごしらえでも舞踏会までに淑女らしい振る舞いを身につけなければならないため、今回ばかりは私も逃がしてあげることができない。

 侍女のリリィが手慣れた手つきで、突っ伏した私をよけながら紅茶とお菓子を並べのんびりとした口調で話しに加わる。


「シンシアお嬢様は確かに可愛らしいですけど、今回は国中からご令嬢が招待されているのでしょう?案外大丈夫ですよ~」

「リリィ……どんなに招待客が多くても、シンシアの唯一無二の可愛さは霞まなくってよ」

「わぁ~……」



 リリィは引いた目を隠そうともしないでこちらを見ている。長い付き合い故の気安さではあるがこればかりは納得がいかない。実際、夜会や茶会に参加して沢山の令嬢たちと関わった上で考えても、シンシアは抜きん出て可愛いのだ。


「まぁ、今回は『デビュー以来一度も公の場に出ていないフローレンス家の三女も出席する』と話題だから、多少は注目されるかもしれないわねぇ」

「なんで話題になってるのよ~~!! お披露目のときも、ファーストダンスを踊ってすぐに引き上げたのに……!!」

「ドロシーちゃんが、社交に出るたびにシンシアちゃんの可愛らしさを熱弁するからかしらね」

「完全にドロシーお嬢様のせいじゃないですかぁ……」

「ぐうの音もでない……!」



 自分の行いがここに来て返ってくるとは思わなかった。……もちろん、シンシアにはいずれ良い男性を見つけてほしいと思っている。全ての縁を邪魔するつもりなどは更々ない。

 ただ、可憐な容姿に下心を抱く男や、爵位目当ての男、そして腹の黒い男は絶対に認めるわけにはいかない。陰謀が渦巻く狸の巣窟……もとい王家への嫁入りなんて問題外だ。


「いっそのこと、シンシアお嬢様の魅力を隠すようなドレスを着せてみるとか?」

「シンシアの魅力は何を持っても消えないし、あの可愛い子に野暮ったいドレスを着せるなんて私の矜持が許せないわ……」


「そういえば、今流行の恋愛小説が、美しい主人公に嫉妬した意地悪な義姉が主人公を出し抜いて王子様に近づこうとするっていうストーリーなのよ。その状況に当てはめてみたらどうかしら」

「それだ!! それですよお姉様!!」


「……その小説、最後は主人公が王子様に見初められてハッピーエンドじゃないですっけ?」

「うふふ、小説と現実は違うのよ~」


 可愛いシンシアに意地悪なんてできっこないけど、王子殿下がシンシアを見初めて近づいてきたときに王子殿下の気を逸らすことはできる。不敬罪にならない程度に、少々身の程知らずのご令嬢としてガードすればいいのだ。「上手くいくとは思えませんけど~」とリリィはぼやくけれど、失敗を恐れては守るものも守れない。


 例え滑稽でも、踊ってやるわ! 可愛い妹を守る為ならお姉様に怖いものなどありません!



------------------------------



「まぁ! すごく煌びやかね!

 私予感がするの! きっと今日は素敵なことが起こるわ。」

「ふふ、シンシアったら。あまりはしゃいではだめよ。

 淑女らしく振舞わなくてはね」

「はい、お姉さま!」


 馬車から降りて今にも走り出しそうだったシンシアに注意すると、慌ててお淑やかなふりをしだした。普段以上に豪華に飾り付けられた王城や行きかう着飾った人々すらも引き立て役に見えるほど今日のシンシアは可愛らしい。ふわふわと歩くたびに揺れる金の髪も、シンシアの瞳と同じ青い宝石のイヤリングも、少女らしいピンク色のドレスも全てが魅力的だ。

 私の見立てに狂いはないとほくそ笑んでいると、後ろから怪訝そうな声がした。


「おい、本当にあんな馬鹿みたいな方法が上手くいくと思ってるのか?」


 私とシンシアのエスコートをしてくれる従兄のオリバーは、今回の作戦を聞いたときから同じ心配をしている。本当に気が小さい男だと思う。上手くいくいかないの問題ではない、意地でも上手く事を運ぶのだ。

 悪い狸に目を付けられてしまったとき、この可憐な少女を守れるのはこの場に私だけ。純粋なシンシアに余計な虫をつけるくらいならば、私が恥をかこうとも醜聞を晒そうとも構わない。今日限定で座右の銘は「人の噂も七十五日」。


「お前……尊い身分のお方に対して狸だの虫だのって……。

 頼むから不敬だけはよしてくれよ……」

「失礼ね。私だってそれくらいは弁えているわ!」


 どうか巻き込まれませんように、と両手を組んで祈っているオリバーの背を無理やり押して、シンシアと共に舞踏会が行われる会場に足を進めた。




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 デビューのとき以来……2回目の社交界に、期待と不安でキョロキョロと周りを見渡すシンシアの肩を撫でて落ち着かせる。今日の真の目的は大規模なお見合いと囁かれるだけあって、飾り付けられた内装もテーブルに並ぶ食事もいつも以上に華やかで、参加している若き貴族たちは心なしか浮き足立っているように見える。

勿論私は、余計なものがシンシアに近づかないよう、笑顔を作ったままでも常に周りに目を光らせていた。気分は勇敢なるガーディアンだ。「いい加減にしろ目が怖い」と言っているオリバーに構っている暇はない。

 周りに目を配っていると、私たちのところに向かってきている友人の姿が映った。


「ドロシー、オリバー様。ごきげんよう。

 きっと会えると思って楽しみにしていたわ」

「ああ、こんばんはエミリア嬢。」

「ごきげんようエミリア。私もとっても会いたかったわ。

 今日は妹を紹介したかったの。

 シンシア、私の友人のエミリア・アンダーソン伯爵令嬢よ」


「は、初めましてエミリア様。フローレンス家三女、シンシア・フローレンスと申します」

「ふふ、噂通り可愛い妹さんだわ。

 エミリア・アンダーソンです。よろしくね、シンシアさん」


 シンシアはたどたどしくも一生懸命母に叩き込まれた挨拶をした。“可愛い妹”という単語に、そうでしょうとも!と胸を張りたくなるが淑女としてぐっと堪え、微笑むだけにしておく。会うたびに義妹自慢をしていることを知っているエミリアは、そんな私の心情を察してか扇で口元を隠してくすくすと笑う。

 その後も、私と親しい友人にシンシアを紹介したり、オリバーの友人を紹介されたり、下心を見せながらシンシアに近づこうとする男を威嚇したりを続けていた。


 一度に大勢の人とあいさつを交わしたせいか、シンシアは若干混乱気味だ。覚える必要のある令嬢だけ後で顔と名前のおさらいをしてあげよう。子息の情報は今必要ない。シンシアの可愛い脳みそに記憶として刻む必要は全くない。


 オリバーに持ってきてもらったシャンパングラスを傾けながら談笑していると、盛大な楽団の音と共に国王夫妻と第一王子であるクリストファー王子殿下が入場してきた。国王陛下の挨拶のあとに、王族のファーストダンス、それが終わるといよいよ戦いの始まりとなる。


 適齢期のご令嬢たちにとっては王妃の座を争う戦いであるが、そう、私にとっては全く別の戦いだ。不埒な思いでシンシアに近づきダンスの誘いを狙う子息からシンシアを守らなくてはならない。シンシア自身が満更でもなく、無害そうな人であればダンスくらいは許容するつもりだけれど、不埒な者は何人たりとも近づけるつもりはない。


「気をつけろ、目が据わってるぞ。顔が令嬢じゃない」

「せっかくだからシンシアと踊ってきたらどう?」

「お前は?」

「踊ってるシンシアを邪な目で見る輩がいないかチェックする」

「……程々にな」


 目を輝かせながら中央のダンスホールで踊る男女に視線を送っていたシンシアに、オリバーがわざとらしい程に恭しい仕草でダンスに誘う。

金の髪を揺らすシンシアと漆黒の髪を後ろに撫でつけたオリバーが手を取り合って踊る姿はまるで対の人形のようにも見え、周りから感嘆の声が聞こえた。


 ……身近な従兄ということですっかり忘れ迂闊にダンスを促してしまったけれど、侯爵家嫡男のオリバーは未婚の令嬢たちからすると優良物件にカテゴライズされていると噂で聞いたことがある。本当のオリバーを見てしまえば保守的で気の小さな男なのだけれど。現実はどうであれ、つまり今のシンシアは嫉妬の的になりかけている。妖精のように舞うシンシアに見惚れている男と刺すような視線でシンシアを見る令嬢各位を、こっそり心のブラックリストに追加し続けた。


「やぁ、ドロシー嬢。今日も素敵だね。そのドレス良く似合ってる」

「あらフレッド様。相変わらずお上手ですこと」


 軽薄そうな笑みで近づいてきた男に、扇で顔を隠しながら対応する。伯爵家次男という気軽な身分とそこそこ整った容姿を利用して浮名を流す、シンシアに一番近づけちゃいけない人種だ。


「今日はご自慢の妹も一緒なんだね。いつも君が言うように、実に可愛らしい」

「ありがとうございます。でも、あの子はまだ幼いから多くの花を愛でたことのあるフレッド様にとっては物足りなく感じてしまいますわ」


「おや、随分ガードが堅い。

 でも今は妹ではなく君をダンスに誘いにきたんだけどな」

「嬉しいお誘いですけれど、今日は出来るだけ妹から離れないことにしていますの。

 まだ社交に不慣れなものですから」

「残念だな。じゃあ、次の機会に」


 片眉を上げて肩をすくめる仕草をした後に、私の手を取って手袋越しの指先に口づけを落として去っていった。遊び人ならではの引き際の良さは純粋に感心する。(ただ、今後もシンシアには近づくことは許さない)

 フレッド様をあしらった後も、あわよくばシンシアに紹介をと下心を抱えながら近寄ってくる男性がちらほら声をかけてくる。そのすべてを軽く流しながら人間観察を続けていると、ダンスを終えた2人が戻ってきた。


「お姉様! 私上手に踊れてましたか?」

「ええ、とっても上手だったわ。

 皆シンシアのことを見てたわよ」


「舞踏会って楽しいわ。踊るのもおしゃべりするのも。でも、たくさん人がいてちょっと疲れちゃうかも」

「私も最初はそうだったわ。少しずつ慣れるから大丈夫よ」


 動いたためか、頬を上気させていて愛らしさが増しているシンシアの顔を扇でそよそよと緩くあおぐ。一緒に戻ってきたオリバーが「シスコン……」とつぶやいたのは当然聞こえないふりだ。


 しばらく3人で喋っていると、不意に近くの人々がざわめいた。そっとそちらに目線を送ったとほぼ同時……指示もなく人垣が割れ、ギャラリーが一気に霞んでしまうような威光を放つクリストファー殿下が見えた。こちらに向かってきている?まずい、シンシアが彼の目に留まってしまう……!


「やあ、今日は来てくれてありがとう」

「本日はお招きありがとうございます。

 お久しぶりですクリストファー殿下」


 殿下と同年代で次期侯爵、さらに言えばご学友でもあるオリバーが声をかけられるまでは当然想定していた。今までの夜会だってそうだったから。問題はその後……こちらシンシアに興味を示さず何事もなく立ち去ってくれることを祈るしかない。

 オリバーの挨拶に倣い、私とシンシアは淑女の礼をとった。心の中で、「去れ……去れ……」と念じる。


「オリバーが美人姉妹をエスコートしていると会場中で話題だよ。

 哀れな男にお零れをもらえないかと思ってね」


(させるか……!)


 殿下の言葉を受けた直後、オリバーがこちらに視線を寄越し、頬を引きつらせながら微かに首を左右に揺らしている気がするが、今日の私はシンシアのガーディアン。オリバーの心情になんて構っていられず行動あるのみである。

 羞恥心もプライドも、可愛いシンシアを守るためであれば捨てられる。


「お久しぶりですクリストファー殿下。

 本日は殿下とお会いできるのを楽しみにしておりましたの。

 先ほどのダンスもとっても素敵でしたわ。思わず見惚れてしまいました。

 残念ながら、私の妹はこういった場には慣れておりませんし、先ほど従兄と踊って疲れてしまったみたいですから私と踊っていただけませんか?」


 一歩前に出て、しなをつくりながら殿下に近づいた。

 一方的に捲し立てる、減点。美しい妹をけん制して出しゃばる、減点。自分からダンスに誘うはしたなさ、減点。媚びを売るような仕草、減点!!

 そう、王族たるものいくら美しい令嬢がいようと、身内に面倒な者がいる家との縁組は避けるはず。

 私だって第三者だったら驚く、そしてドン引きする。隣のオリバーが眉間を指先でもみながら「あちゃー」とでも言いたげな表情をしている。


 殿下はほんの一瞬だけ目を瞬かせたものの、すぐに目を細めて笑みを深めた。こんな無礼な女を前にして負の感情をおくびにも出さず微笑みかけられる王子殿下はさすがお心が広い。……なんて思えればよかったのだけれど、冷静に考えるとここで動揺もせずに笑みで感情を隠すなんて普通じゃない。いっそ眉を顰めてくれたほうが、ああ殿下も普通の人間だったのだと安心できたのではないだろうか。


「美しいレディからそう言ってもらえるなんて、光栄だな。

 一曲僕と踊ってくれますか? ドロシー・フローレンス嬢」


 優雅な手つきで差し出された掌に、微笑みを携えて自分の手を重ねた。中央のホールに向かいながらちらりと後ろを盗み見たら、シンシアが目を輝かせてこちらを見ている。「素敵!」とでも言いたげな表情だ。きっと私の行動の意味はわかっていないが、そこが可愛い。


 音楽に合わせてステップを踏む。正面の殿下は、流石は物語に出てくる王子様そのもののように端正な顔立ちをしている。透き通るようなプラチナブロンドに、宝石のような緑色の瞳。王族特有の高貴な雰囲気も相まって、不可侵領域に踏み込んでしまったような居心地の悪さだ。


 口元は常に笑みを作っているが、目の奥の感情は全く読み取れず正直に言うと非常に怖い。居た堪れなくなって目をそらした方向に、先ほどシンシアに嫉妬の目を向けていた令嬢が今度は私に同じ目を向けていた。貴女優良物件ならだれでもいいの!? と内心思ってしまうのは仕方がない。


 ステップに合わせて視線の方向をずらしたら、オリバーとシンシアとオリバーの友達らしき子息が話しているのが見えた。ちょっと待って誰だそこの男。


(オリバー!! 私が大きい虫引き取っている最中にシンシアに小虫を近づけるんじゃないわよ!!)


「ドロシー嬢は随分ダンスがお上手なようだ」

「ヒッ」


 念を送っている最中、くすりという微かな笑い声と殿下の声が降ってきて変な声が出てしまった。虫扱いしたのがバレてしまったのかと冷や汗が流れる。声には出していないけれど、このエメラルドの瞳で見られると心の奥まで覗かれているようで落ち着かない。


「心ここにあらずで他に視線を送りながらも完璧なダンスだね」

「ほほほ、不躾な真似失礼いたしました。

 殿下のリードがお上手だからとても踊りやすくて、つい余裕が生まれてしまいましたわ」


「君の妹、デビュー以来一切社交界に出ていなかったけど今日は来てくれたんだね」

「お、王家からのお誘いであれば参加しないわけにはまいりませんわ。

 友人たちとも、今日はどんな素敵な舞踏会なんだろうってとても楽しみにしておりましたの」


 瞳の奥は相変わらず考えが読めないが、やはり殿下の興味は妹にあるようだ。これ以上関心を示させるわけにいかないと、必死で妹についての話題が広がらないように話を逸らす。2、3似たようなやり取りをしながらも、常にシンシアのことには触れないよう会話を進めた。


 まるで生きた心地がしない中でようやくダンスが終わったが、その場でお礼ではなく私をシンシア達のところまでエスコートしてくれるようだ。腰に手を置かれたまま元いた場所へ向かっている。そのままシンシアを誘ってしまう流れが読めて背中に冷や汗が流れた。


 先ほど恥も外聞も殴り捨てて私から殿下をダンスに誘ったことが功を奏してかソワソワと殿下を誘おうとする令嬢が何人かいるようだ。もういっそ、シンシアたちの元へたどり着く前に横から攫って欲しいが流石にそんなことができる度胸のある人は現れない。


「お姉様、とっても素敵でしたわ!美しい花が風に揺られているようでした!」

「クリストファー殿下、夢のようなひと時をありがとうございました。

 踊る殿下の素敵なお姿を拝見して、次にそのお手をと望む可憐な花たちがたくさんいらっしゃいますわね」


 ちらりと周りに視線を送ると、次の相手を狙っている令嬢たちが目に入る。各々鮮やかなドレスを纏う、花と呼ぶにふさわしい装いではあるがその目はもはや獰猛な肉食獣だ。

 肉食獣の視線に気づいているであろう殿下は、やはり笑みを崩さない。


「いや、先ほどから何人かのご令嬢と続けて踊ったから休憩がしたいかな」

「そうですか、では私はここで……」

「レディ、テラスまでご一緒いただけませんか?

 庭園が美しくライトアップされているから一見の価値はあると思うよ」

「……いえ、私はここで……」


 大きな虫こと殿下が離れたとしても、余計な小虫からシンシアを守る使命が残ってる。オリバーは壁としては少々頼りない。殿下がシンシアと踊らないのであれば、これ以上私が殿下に引っ付く理由はないのだ。


 さりげなく距離をとろうとしたら、腰に添えられていた手に不意に力が籠められ殿下の顔が耳元に近づいた。


「一緒に来てくれないならシンシア嬢をダンスに誘っちゃおうかな」


「……ご一緒、いたしますわ……」

「ありがとう、さぁこちらへ」


 ああ、完璧な笑顔がまぶしい。逆に私の笑顔はさぞや引きつったものになっていることだろう。

 令嬢からの恨めしそうな視線が痛い。代わってくれるのであれば喜んでこの立場お譲りいたしますわ。オリバー、馬鹿を見る目はやめてちょうだい。そしてシンシア、キラキラした目で見ているけどお姉様のこの死にそうな目に気付いて。素敵なことが起きているわけじゃないのよ。



------------------------------



 王家自慢のライトアップされた庭園は、感嘆の息が漏れるほど美しく素敵なものだった。闇夜の中光に照らされている花々は昼間見る時とはまた違う表情をしている。欲を言うのであれば、もっと落ち着いた気持ちで見たかった。にこやかな笑顔でシャンパングラスを渡してくるこの男がいないところで。


「ありがとう、このままだと無限にダンスを踊らないといけなかったから助かったよ」

「おほほ……お役に立てたみたいで私も嬉しいですわ……」


 人を盾に使ったわねこの狸! と言えたならばどんなにスッキリするだろうか。首が惜しいから言わないけど。不満を表情に浮かべないよう、シャンパングラスに口をつけちびちびと飲む。

 殿下は私の心情を知ってか知らずか、微笑みを浮かべたまま庭園を眺めている。光に照らされたプラチナブロンドと端正な顔立ちは、月の使者のように見える。

(笑顔は胡散臭いけど)

 失礼なことを考えていたら唐突に顔がこちらに向けられびくりと肩を揺らしてしまう。


「君は、その手腕と美貌で伯爵家を乗っ取ったという苛烈な女伯の娘だよね?」

「あら、お母様は、愛した男性の大切なものを守っているだけですわ。お義父様の娘であるシンシアが継ぐ前に家を没落させるわけにはまいりませんもの。」


 もっとも、母が周りの貴族に裏でどう思われていようと私たち親子はあまり心配していない。女で領主をしているというのはどうしても目立つ上に、軌道に乗るまでは母の生家である侯爵家から力を借りていたし、多少強引な手段も使っていた。周りの貴族から色々言われても仕方がない。母曰く、母の老後と私の持参金くらいは実父の遺産で十分賄えるから将来も心配する必要はないそうだ。

 実際シンシアが継いだ時に何の不利益にもならないのだから今外野の心象はどうでもいい。ここで私が王子に言いたいのはひとつ。シンシアはいずれ婿をとって家を継ぐのだから王家の妃にはならないぞ。ということだ。

 そんな私の真意が伝わっているのかいないのか、クリストファー殿下は顎に手を置きながら口角を上げている。


「愛した男のために、か。すごく情熱的だね」


 そう呟いたクリストファー殿下の横顔にぞくりと粟立ち、頬がひきつるのが自分でもわかった。夜のテラス、窓から入るホールの照明によって端正な顔につくられた光と影のコントラストが彩るその笑顔が蠱惑的なほど美しかったから。……では勿論ない。本能がこの男はやばいと告げている。シンシア狙いじゃなかったの……!?

 確かに母は実年齢より若く見えないこともないし、美人の部類かもしれないがそれでも四十代。私と同年代である殿下からすると明らかに年齢差が大きすぎる。大体お世継ぎを望まれる尊い身分であればうちの母の年代は難し


「何を考えているか大体わかるけど、違うからね?」

「……いえ、人の趣味はそれぞれですし……否定はいたしませんが、うちの母は殿下には合わないかと」

「だから違うよ。馬鹿げた捨て身の芝居で僕を大切な義妹に近づけないようにした君は母君に似ているのかなって。」

「ばかげた……」


 バレてる……。確証はないけど多分私の思惑全部バレてる……。人を馬鹿扱いしながらも殿下はにこにこと笑顔のまま。笑顔が胡散臭いとは思っていたけど、これは本物だ。間違いなく本物の腹黒だ。

 私の真意がバレている以上、それを逆手に取られかねない。頭の中に警鐘の音が響く。今すぐここから逃げた方がいい。

 無礼とはわかっていつつも本能に従いくるりと踵を返そうとしたところで腕をつかまれた。


「いいよ。君に乗ろう。

 シンシア嬢には手を出さないから、今後とも仲良くしよう」

「私は今日の舞踏会さえ乗り切れたならばそれでよいので……」

「え? この僕が君の下手な芝居に乗ってあげたのに、勝手に役から降りれるとでも?」

「いえ……」

「最近、周りの婚約者探しが激化してきて嫌気が差していたんだ。“仲良し”な令嬢がいればそれも緩和されるだろうから有難いよ。よろしくね」


 殿下は私の腕を掴んだまま、逆の手で無理やり握手をした。多分、勝てない。ここで下手にお断りすると「じゃあシンシア嬢に」と言われるのは目に見えている。“仲良く”するのは一体いつまでだろう。殿下自身が婚約者探しをする気になるまで?


 殿下と親しくしている間は私も婚約者を探せないのではないだろうか。……お母様、天国にいる2人のお父様、ドロシーは婚期を逃すかもしれません。


 精神的に満身創痍で会場に戻った私を「ロマンスの予感!」とウズウズしている義妹と残念な生き物を見る目で呆れる従兄が待っていたけどそれからの事はよく覚えていない。

 よくわからないまま、馬車に乗せられ帰宅した。心ここにあらずな私を見て、「きっと素敵なひと時を過ごして惚けているのね」と頬を赤らめている純粋なシンシアが可愛かったことしか覚えていない。


 翌朝改めて冷静になり、つついてはいけない藪をつついて蛇どころか邪竜を出してしまったことを理解して、目覚めて早々にベッドの上で頭を抱えたのであった。


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