脳筋紳士・町に着く
「……」
「……」
馬車に乗ってからかれこれ無言のまま10分が経過している。何故かと言うと……。
(そ、そういえば騎士くんの名前知らねぇーーー!!)
まあ、そういうことだ。騎士くんの名前を知らないので「〇〇さんは何か趣味はあるのですか?」みたいな会話のきっかけを生み出せないのだ。もちろんそういった雑談抜きに公爵令嬢ちゃん達が一体誰に、どういった目的で狙われてるのかを率直に聞くということも選択肢にはあるっちゃある。だがそういったことは相手側から話してくるまで触れないのがマナーだと俺は思う。自分から聞くのはあまりにも無粋だ。
おまけにーー
『アナ! 風が気持ちーわね!』
『そうですね。お嬢様が楽しそうで何よりです』
『ねえ! あのでっかいモンスターは何?』
『あれはワイルドボアではないでしょうか?』
『すごい! 本物を初めて見たわ!』
頼みの綱だった公爵令嬢ちゃんは馬の手網を握っているアナさんと一緒にいるのだ。要するに外にいるのだ。
その結果名前も知らない男と二人だけの密室空間……気まずいなんて言葉が可愛いと感じるレベルで気まずい。
「……その、シルンさんには私の名前を言ってませんでしたよね」
「は、はい」
突然の騎士くんの問いかけに若干反応が遅れる。
「私の名前はレオ=ハース、今までのやり取りを見てて大体分かっているでしょうがお嬢様の専属の騎士です。気軽にレオと呼んでください」
(ここだっ! 本人が名乗ってくれた今! ここから会話を繋げるしかない!)
「私も名乗っていませんでしたね。私の名前はシルン。しがない老人の【来訪者】です」
ネットで調べて分かったが【来訪者】というのはGJOのプレイヤーを指す言葉で主にGJO内のNPCが使う言葉らしい。
「やはりシルンさんは【来訪者】だったんですね」
「ええ、まだこの世界に来て数日も経っていない新参者ですが……」
「シルンさんでも新参者なんですか……」
騎士くんはそういうと考え込むような仕草をする。
「? レオさんはあまり【来訪者】のことを知らないんですか?」
俺の問いに考え込んでいた騎士くんはハッと顔を上げて答える。
「ん? あっ、そうですね。私達の住んでいるところはここからかなり遠い場所なのでまだ【来訪者】は来ていないんですよ」
俺は騎士くんの「遠い場所なので【来訪者】は来てない」という言葉を聞いてもしやと思う。
(あれ? まだ【来訪者】が来てない場所ってもしかして俺、誰よりも新マップに近いプレイヤーでは?)
どうやら俺は今後の俺のGJO人生に関わる重要なクエストをよく考えずに受けてしまっていたようだ。
それから俺は全神経とコミュ力を総動員して会話を繋いでいき、町に着くころには「町に着いたら酒場で一杯する」という約束を取り付けるまで至った。
……なぜ酒場で一杯することになった。俺はまだ未成年だぞ……。いや、GJO内では完全に老人ですけど。
会話を繋げるので精一杯だったとはいえ本当に何故こうなった……。




