第三話「送られてきたモノ」
「美奈子ぉ?荷物が届いたわよぉ?」
玄関からの母の声に、リビングでテレビを見ていた美奈子は、怪訝そうな声をあげた。
「私に?」
心当たりがないが、ソファーから立ち上がると、美奈子は玄関に出た。
玄関で、美奈子の母が細長い包みを抱えていた。
茶色い包み紙で乱暴に包んだらしい。あちこちが破れていたり、シワがよっている。
美奈子は、一目でマトモな業者からの郵便物ではないことを悟った。
「何?またヘンな本?」
「ヘンじゃないわよ」
包みをうけとった美奈子は、答えながら重さや包みを調べる。
「普段は参考書頼んでいるの。私はマジメな本を頼んでいるんだって」
「男の人同士でナニするお話が、あなたはマジメなお話だって?」
エプロンにハンコを仕舞いながら、美奈子の母は言った。
「お父さんとお母さん、どこで育て方間違えたのかしら」
「な、何の話?」
「ベッドの下にHな本隠すなんて、あなた男の子じゃないんだから」
「見たの!?」
「―――あなたね」
美奈子の母は、あきれ顔で娘を見た。
「あんな所に隠しておくなんて、見てくださいって言ってるのと同じだって、何でわからないの?」
「っ!」
「―――で?」
美奈子の母は、娘が持つ荷物を指さしながら言った。
「その中身は?」
「―――知らない」
美奈子はふてくされた顔で答えた。
「大体、荷物に送り主の名前が書いてないもの」
「心当たりは?」
「―――ないなぁ」
美奈子は首を傾げた。
何度か荷物を振ってみるが、音がしない。
「開けてみるか―――お母さん、ハサミ貸して?」
「成る程……ね」
出されたコーヒーを飲みながら頷いたのは理沙だ。
テーブルの上に広げられた包みの中身を前にして、平然とした顔でクッキーまでかじっている。
包みの中身を見た途端、母親が卒倒。自身も腰を抜かした美奈子は、震える指で電話を掴んだ。
相手は理沙。
半ばパニックになった美奈子から必要事項を聞き出した理沙は、10分程で来てくれた。
“途中、道ばたに転がっていた”と言う、背中にタイヤの跡がくっきり残る女の子の襟首を掴んだ理沙は、未だテーブルに放り出された包みを見た後で、平然と美奈子にコーヒーを要求した。
「これは、警察に連絡寄こして正解だわ」
「で……ですよね」
美奈子は、包みの中身を見ようとしない。何とか見ずに済ませようと下を向いている。
「お母さん、寝込んじゃって……」
「普通はそうじゃない?」
理沙は、手袋をした手で、興味深そうに包みの中身を取り出した。
包みは、段ボールの箱に真綿を詰め込んで、そこに中身を収めていた。
美奈子が揺すっても音がしなかったのは、この真綿のせいだ。
「ふぅん……?」
「あの……理沙さん?」
美奈子は、下を向いたままで訊ねた。
「何?」
「よく、そんなの持てますね」
「やだ♪」
理沙は笑った。
「こんなの怖がってたら警官やってられないわよ?」
「……」
「年寄りの孤独死の現場なんて行ってご覧なさい。人生観変わるから」
「……遠慮します」
「で?」
理沙は、自分の横に座る小柄な女の子に尋ねた。
「水瀬君?どう見る?このオモチャ」
「―――へ?」
美奈子は思わず理沙を見た。
理沙はニヤニヤした視線を一度だけ、美奈子に向けた。
「お、オモチャ?」
「あったり前でしょう?」
理沙は笑いながら答えた。
「これがホンモノだったら、私がひっくり返っているわ!?」
「なっ……!」
「いい?美奈子ちゃん」
理沙はコーヒーカップをテーブルに置くと、身を乗り出して美奈子に言った。
「これは、名探偵桜井美奈子に対する挑戦?違う違う。これはね?嫌がらせっていうの。こういうオモチャを送りつけて、美奈子ちゃんが困惑する姿を“想像”して悦にいる。そんな小者がしかけた、タチの悪い、くだらないイタズラ」
理沙は、まるで美奈子に噛んで言い聞かせるように言葉を句切りながら言った。
「これはニセモノで、送られてきた理由はイタズラ。わかる?」
「は……はぁ」
美奈子は、理沙の横に座って、理沙の言う“オモチャ”を矯めつ眇めつ 眺める女の子―――水瀬の反応を待った。
臭いまで嗅ぐ水瀬は、無言で理沙にそれを手渡した。
理沙は自信満々で訊ねた。
「よく出来てるけど、これって何製?」
「?」
「ラバー製にしては……こう、張りというか、何というか」
「……切断は鉈か手斧だね。鋭い刃物は使われていない」
「そういう風に見えるように造ったんでしょう?その……特殊メイクで」
美奈子は、水瀬が言おうとしていることがわかって、目の前が真っ暗になった気がした。
「……お姉さん」
水瀬は、理沙に両手でしっかりとそれを握らせてから言った。
「桜井さんと仕事でつき合っているんだから、そろそろ現実見た方がいい」
「……どういう意味?っていうか、キミとのつきあいなら納得できるよ?それ……って」
理沙の口は、それ以上の言葉を紡げなかった。
水瀬の目を見たからだ。
水瀬の目は、決してふざけていない。
本気だ。
機械のような冷たい視線の先にあるのは、自分が両手で持つ物体。
美奈子の母親を卒倒させ、自分が呼ばれた原因。
理沙は、それと水瀬を交互に見た。
「……まさか」
「殺人事件にはならない……と、思う」
水瀬はテーブルに置かれたコーヒーに手を伸ばした。
「……器物損壊……か、遺体損壊……は、違うかなぁ」
「……」
理沙は三回深呼吸して、手にしたモノを綿の上に置いた。
「―――つまり?」
「細かいことは鑑識じゃなくて、専門機関に任せないと僕にもわかんないけど」
水瀬は言った。
「性別不明。はっきり言えることは、人間の、右腕の手首から上のミイラだってこと」
「そ、そんなものを!」
卒倒した理沙が椅子から転げ落ちそうになるのを抱き留めた水瀬の前で、美奈子が半泣きになりながら言った。
「な、何で私に!?」
「……あのね?」
包みの中身―――人間のミイラの一部―――を、美奈子に見えないように包み紙で隠した後、
ソファー、貸してね?
理沙を抱きかかえた水瀬が理沙をソファーに横たえる。
「……多分だけど」
水瀬は美奈子に振り返った。
「これ―――正確には、桜井さんに送られたんじゃないかも」
「ど、どういうこと?」
「うん……」
水瀬は、困惑したような顔をした。
「単に、僕のカンなんだけど……」
「カン?」
「うん……よく見て?」
水瀬が美奈子の前に広げたのは、包みだ。
「切手が二千円分も貼り付けられているし……」
水瀬の指が、宛先の文字を指した。
「桜井さんは、自分宛だって言われて、そのまま信じちゃったんだと思うんだ」
「……あっ」
美奈子は思わず声をあげた。
そこに書かれているのは、自分の家の住所と、そして―――
桜井 美那の子
―――そう、書かれていた。
「桜井美那って……誰か知っている?」
「う……うん」
美奈子は困惑気味に頷いた。
「き、去年亡くなった私のおばあちゃん」