表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

第十八話 「諸悪の根元は語る」

「気を悪くしないで聞いてくれ」

 水瀬が樟葉にたっぷり説教を喰らっている頃、ルシフェルを前に、由忠はそう切り出した。

 場所は由忠の執務室。

 将官用に設計された広い室内には、由忠と涼宮遙すずみや・はるか中尉の姿があった。

 

 涼宮遙すずみや・はるか中尉。


 千里眼と呼ばれる能力―――第三眼サード・アイの持ち主として一年戦争全般において早期警戒・索敵任務で活躍した。

 その探索範囲とその精度は人類史上最高レベルと聞くが、どこをどういう経緯をたどれば、そんな気の毒な立場に立たされるのか、現在は水瀬の専属CPOという、ルシフェルではないが気の毒すぎる立場にいた。


「あのバカ息子は、近衛の任務から外される」

「何故ですか?水瀬君がどれだけ問題起こしても、それだけは」

「あいつは、美奈子ちゃんの探索に全力を傾けてもらうということさ」

 由忠は肩をすくめた。

「そして俺達は、近衛の正式な任務を受け、行動することになる」

「はい」

「よし。まず、任務の概略から説明しよう」

 由忠はそう言うと、机の上にあったリモコンを手にした。

「事件の経緯についてだが―――ん?」

 由忠は壁めがけてリモコンのボタンをさかんに押すが、何も起きない。

「おかしいな―――故障か?」

「閣下」

「中尉、これは再生ボタンを押せばいいんだろう?」

「あのですね?」

 遙が由忠の手からリモコンをもぎ取ってボタンを押した。

「その前に、主電源を入れてください」

「そ……そういうものなのか?」

「そうです」

 遙が操作しているのは、どうやらプロジェクターのリモコンらしい。

 ルシフェルは、執務机の端に置かれた遙のものらしい小型端末に気づいた。

「ルシフェちゃんには、信じられないかもしれない情報だけど」


 確かこのフォルダに……あ、これだったかな?


 遙はいくつかのフォルダを開いた後、画像を表示した。


「……」

 映し出された画像を見て、目が点になったのはルシフェルだけじゃない。

 由忠でさえそうだ。


「失礼しました」


 ただ一人、遙だけが平静を装って、手早くリモコンを操作、別なフォルダを開こうとする。


「す、涼宮中尉?い、今のは?」

「気にしないでください。事故です」

「裸の男同士が絡んでいたような気が?」

「気のせいです」

「た……確かに、私には信じられません」

「錯覚です―――あった」

 二人からの冷たい視線をはじき返しながら、遙は一つのフォルダを開いた。

「ドライブはEじゃなくて、Fだったんですね―――今回の事件については不明な点が多すぎます」


「俺には、中尉の趣味の方が不明だが……」

「何か?」

「……いえ」

 プロジェクターに映し出されるのは、ルシフェルにはどこか見慣れたような場所だった。

「これ……神社の倉庫か何か?」

「そう思ってください。正確な場所については、私も知らされていません」

「遙さんも?お父様はご存じなのですか?」

「……問題は、どこで盗まれたかではない」

 由忠は言った。

「何が、誰に盗まれたか、だ」

「はい」

「とにかく、教えられる限りは教えておこう。場所は宮中。昨夜、侵入者があり、全ての防衛網を突破、保管されていた宝物を盗み出した後、逃走。現在に至るも足取りは不明」

「……遺留品は?」

「ない」

 由忠は即答した。

「監視カメラも破壊されたため、映像が残っていないと報告を受けている。ありえない話だがな」

「……」

 ルシフェルもそう思う。

 宮中の防衛網は、ルシフェルでさえ、そう簡単に突破出来るものではない。

 その上、監視カメラに姿を残さないとなれば、ルシフェルには出来る自身が全くない。

 それをやってのけた?

 一体、どんなバケモノだ?


「それで、だ。ルシフェル」

「はい」

「現時点では、ここまで知っていればいい。新たな情報が入り次第、連絡する」

「?あの」

 ルシフェルは首をかしげた。

「肝心の、何が盗まれたか、まだ聞いていませんけど?」

「うむ。いい質問だ」由忠は満足そうに頷いた。

「実は―――俺も知らん」

「……は?」

「あのね?ルシフェちゃん」

 遙が申し訳なさそうに言った。

「賊が侵入した所って、実は半世紀近く、正確には作られてからずっと、満足に誰も入ったことのないような、いわば開かずの間なの」

「開かずの間?」

「だから、ここに何が収蔵されていたのかは、記録を当たらなければならないのだけど、これがいろいろと厄介で」

「?」

「同じ部屋にあったらしいんだけど、過去に封印されて、そのまま行方不明になっていた妖魔とか、爆発系の呪具とかが暴れ出しちゃってね?左翼大隊第一中隊が総掛かりでかかってはいるけど、未だ勝負がついていないの」

「……つまり」

 ルシフェルは話をまとめた。

「何が収蔵されていたかを知るにしても、収蔵品そのものが暴れ出して、何もわかっていない……そういうことですか?」

「そうだ」

 由忠は満足そうに頷いた。

「さすが俺の娘だ。よくわかったな」

「……とりあえず」

 ルシフェルはあきれ顔で父親の顔を見るのが精一杯だ。

「さっさと妖魔を撃破する方に動くべきでは?」

「ルシフェルがそう望むなら、俺は父親として動いてやろう」

「―――お願いします」

 ルシフェルは言った。

「一度でいいです。マトモな父親をやってみせてください」




 近衛は、侵入者に逃走された後、即座に遙以外の第三眼サードアイによる追跡を開始した。

 だが、宮城の中でその反応が消失。以降の足取りは全く確認出来ずにいる。


 テレポートにより宮城を脱したものと断定可能。


 報告ではそうなっていたが、由忠はそれに納得していない。


 由忠自身もその程度しか報告を受けていない。


 宮城とその周辺は、魔法騎士による奇襲攻撃を阻止するため、原則としてテレポートが一切不可能な魔法陣を展開している。

 この魔法陣を突破出来るとすれば、それはごく限られた超高位魔法騎士くらいなのだ。

 事実、先程、あのバカ息子が侵入に失敗したと報告を受けている。

 つまり、相手はあのバカ息子より優秀となる。

 そんな魔法騎士が、よりによって盗人になるはずがない。

 

 だが―――実際は違う。


 警戒厳重な宮城に侵入。

 一人も殺すことなく、すべての騎士達をねじ伏せ、

 誰もが忘れていた宝物を盗み出し、

 悠々と宮城を脱出した―――

 全てに要した時間はわずか15分。


 由忠でさえ、見事というしかない手際だ。

 だから、相手が誰か知りたいと、由忠も思った。

 しかし、ここで奇妙な連中が横やりを入れてきた。


 近衛元帥府


 別名幹部会議と呼ばれる近衛兵団の最高諮問機関だ。


 事態の連絡は、この元帥府を経由し、由忠に伝えられた。


 監視カメラに映像は残らず、

 騎士達は記憶を失い、

 足取りは一切不明。

 つまり、誰がどうやって、何を盗んで、どこに消えたか?その一切が不明だというのだ。


 ―――ありえるか。


 そんな報告を前にすれば、由忠でなくても、そこに何か意図的なものを観じずにはいられないだろう。


 元帥府は何かを隠している。


 いや―――


 元帥府は何かを隠滅した。


 そう言うべきだろう。


 真実を知る者のうち、由忠が接触出来るのは、おそらくは樟葉とその副官である篁だけだろう。

 痛めつけて聞いてやろうかとも思ったが、樟葉は自分の上官だし、篁は口を割る前に自殺しかねないカタブツだ。


 ―――あの樟葉の側にいたら、嫁のもらい手なくなるぞ?


 篁の美貌を思い出しながら、心底残念だと由忠は思わざるを得ない。


 ―――いっそ、俺の愛人に……。


 ふと、そんなことを考え、由忠は脱線気味の思考を戻した。


 相手が誰かは知らない。

 何が盗まれたかもわからない。

 そこでさじを投げるわけにも行かない。

 だから、由忠は発想を変えた。


 単に、盗人が盗品をどうするか。


 それだけを考えたのだ。


 盗品の使い道はどうしても二つに絞られる。


 使うか

 

 売るか


 使うとなれば、事後確認が出来る。

 もっと厄介なのは、売る方だ。


 とにかく、バイヤーをあたるしかない。


 そっちの方が近い。


 どうせ、あの店だ。


 盗まれた場所の特殊性から、由忠がすぐに思いついたバイヤーの店は一つ。



 ―――出来れば、ここにだけは来たくなかった。


 小雨の降る街角にぽつんと立つ古ぼけた骨董品店。

 ここに来るのは何年ぶりだ?

 由忠はため息一つ、そのドアを開いた。


 ドアには、古い字体で、天原骨董品店―――そう、書かれていた。



「……」

 空気までが古ぼけているような錯覚にとらわれる店内は、由忠が最後に訪れた時そのままに、時を止めているようだった。

 入り口のショーウィンドウに飾られた色あせたフランス人形の虚ろな目。雑然と積まれた正体不明な金属の塊。

 迷路のような店の造り。

 すべてが何も変わっていない。

 不思議な感慨を抱きつつ、由忠は誘われるように店の奥へと入っていった。


「おお。由忠ではないか!」

 誰もいないと思っていたレジの後ろから、少女の明るい声がした。

「―――久しぶりだな。かのん」

「うむ!何年ぶりじゃ?」

「悠理が生まれて以来か?」

「もうそんなになるか?懐かしいのぉ」

 カノンは、湯気を上げるティーセットを載せたお盆を、縛られた革張りの本の上に置いた。

「ところで由忠、このレジは覚えているか?」

「ああ。ガキの頃、このレジから金盗み出して、何度お袋に殺されかかったか……」

「妾も巻き添えになって大変じゃったからなぁ……」

「お前も一枚かんでいたろうが」

「何じゃ?」

 かのんは不満げに、その人形のような顔をしかめた。

「幼なじみ、しかも筆おろしの相手にそれはないじゃろうが」

「へいへい……昔の恋人には親切にしますよ」

「ふん。昔の純情さはどこにいったんじゃ……」

 さみしいぞ。と、かのんは口元をとがらせた。

「ところで、お袋に会いたい。通るぞ?」

「ああ……ご主人様にお茶をお持ちするところじゃ。ついて来い」



 通路を幾度も曲がった後、由忠は黒光りする頑丈な古代樫で作られたドアの前に立った。

「ここに来るには、お前かお袋が必要ってのも大変な話だな」

「防犯上のことじゃ。無理に侵入した愚か者は永遠に続く“無限回廊”に送られ、未だ死ぬことも出来ずに藻掻いておるわ」

 かのんはドアを叩いた。

「ご主人様?由忠がお見えじゃ」


「由忠が?」

 ドアの向こうから、かのんによく似た声が聞こえた。


「入りなさい」



「ふぅん?」

 由忠から説明を受けたのは、由忠の母―――神音かみねだ。

「宮中に侵入者。しかも何かを強奪された……か」

「……あの」

 母親を前に、由忠は小さくなるしかない。

 目の前にいるのは、どうひいき目に見ても小学生なのだが、それでも実の母親であり、外見からは想像さえ出来ないその恐ろしさは、子供の頃から骨身にしみている。

「近衛には第三眼サードアイがいるでしょ?たしか、悠理の部下にも」

「彼女にも発見出来ていません」

「使えないわね」

「すみません」

「で?盗品だからって、ここに来たと?」

「はい。ついでに、宮中侵入の手ほどきなんかしてないか……と」

「由忠」

 カチャ。

 手にしたティーカップをソーサーに戻した母親の鋭い声に、由忠は無意識のうちに姿勢を正した。

「私にも仁義というものがあります」

「はぁ……」

「代々、水瀬家が忠節に励んだ皇室に対し、何故私が弓を引くが如きマネをすると?」

「か、関わっていないのですか?」

「私から購入したブツをどう使おうが、私の知ったコトじゃありません」

「あ……あの、それがマズ……」

「由忠。いいこと?私は商人です。売ったモノの扱いまで責任はとれないわよ?」

「し、しかし……それなら」

「相手が誰か?知りたいなら情報料を支払いなさい。これはビジネスです」

「……いくらですか?」

 神音はその細い指を二本立てた。

「悠理に請求してください」

「それでも親?」

「それは僕のセリフです―――成立ですか?」

「まぁ、いいでしょう……それで、何を知りたいの?」

「まず、犯人……いえ、取引相手について」

「そうねぇ……」

「本名を」

 ちょっと言い淀んだだけで、由忠は母親を制した。

「仮名偽名はご遠慮下さい」

「本当に面白みのない子……どこで育て方間違えたのかしら」

 神音は憮然としてカップに口を付け、

「一々覚えているワケないじゃない。バカね」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ