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第十話 「美奈子の推理2」

 ●葉月警察署

「あんのクソガキ!」

 ルシフェルを伴って警察に出向いた美奈子の前で理沙が額に青筋を立てていた。

 パトカーから出た所で何者かに襲われ、パトカーのトランクに押し込められた。

 理沙に言わせると、「清廉潔白の手本のようなこのワタシに、そんなマネするヤツは一人しかいない」となるが、主張自体に無理があるとしか、美奈子には思えない。

 ゴム手袋にマスクという格好で美奈子達が通されたのは、証拠品を保管しておく保管庫横の部屋。

 証拠品を調べるための部屋で、普通は一般人が入れる所ではないという。

 装飾も何もない、ガランとした中に、テーブルと椅子だけが置いてあるだけの、まるっきり取調室のような、殺風景な部屋に入って来るなりの理沙の第一声がそれだ。

 すっかり驚いた美奈子が、困惑気味に訊ねた。

「あ、あの……理沙さん?」

「ああ……ゴメン」

 ゴム手袋をした手で小脇に箱を抱えた理沙が、片手で謝罪を示した。

「あんた達の事じゃないわ。あの(自主規制)のこと」

「……確かに」

「ルシフェルさん。仮にも弟なんですから」

「それでわかるあたり、あんた達もどうなのよ―――はいこれ」

 理沙は小脇に抱えていた箱をテーブルに置いた。

 その中身を知っているだけに、理沙は気味悪そうな視線を箱に向ける。

「こんなの……見てどうするの?」

「私だって見たくありません」

 美奈子は苦笑しつつ答えた。

「でも、この中に、今回の事件の鍵が眠っている。私にはそう思えるんです。見て良いですか?」

「名探偵殿の挑戦に期待するわ―――どうぞ?」


「……」

 ミイラの手首そのものには、さすがに美奈子は手を触れなかった。

 ガラス板の上に置かれたミイラの手首を興味深そうに見ているのは、ルシフェルだ。

 その横で、美奈子はミイラの手首が入っていた包みや箱を調べる。

 理沙はその前でぼんやりとしているだけだ。

「うーん」

 手首を包んでいた綿まで調べたが何か目新しいモノは何も出なかった。

「何を知りたいの?」

 理沙は頬杖を付きながら美奈子に訊ねた。

「何か……手がかりがあればって」

「そんなの」

 理沙はフンッと鼻で笑った。

「警察が徹底的に調べたけど、何も出てないわ」

「……ですよね」

 小さく笑う横では、ルシフェルが手を伸ばしてデスクライトを点灯しようとしている。


 一つのことに熱中すると周りが見えなくなる。


 弟の水瀬と恋人の博雅が揃って賞賛しつつも嘆くルシフェルの悪癖だ。

 美奈子の横で、デスクライトが点灯する。

 横からの灯りを美奈子が認めたのは、郵便小包の包み紙を広げていた丁度その時。

「……」


 包み紙には、


 桜井美那の子


 そう、書かれた万年筆の文字。


 美奈子は、その文字に気を取られていた最中だった。


「どうしたの?」


 じっ。と、宛名の文字を見続ける美奈子の様子に気づいたのは理沙だ。

 ルシフェルはどこからか虫眼鏡まで取り出してミイラにかかりっきりだ。


「理沙さん」

 美奈子は言った。

「筆跡鑑定の人、お願い出来ますか?」




「成る程?」

 原則として現場保存、現場観察、資料の保全を職務とする一警察署の鑑識課は、筆跡の担当を行わない。

 主に県警本部単位で設置される科学捜査研究所の仕事だ。

 部外者である美奈子が知るはずもないことだが、それでも心得があるという人物が鑑識課にいてくれたことが美奈子には幸いした。

 一時出向していた科学捜査研究所で、文書鑑定も経験したという鈴木という初老の男性が美奈子の話を聞いて頷いた。

 その手には、美奈子から渡された包み紙がある。

「筆跡がおかしいというんだね?」

「はい。万年筆の文字ですが、筆運びが妙にぎこちないというか、これって、意図的なのか、それとも本来、こういう書き方する人なのか」

「……ふむ」

 ごま塩頭を短く刈り込んだ頭を頷かせながら、日に焼けた赤ら顔をしかめ顔にする鈴木は、包み紙を凝視する。

「そうだね。指摘の通りだと思う。これは意図的だと見るべきだろうね。インクのにじみ具合からして、筆を動かすあちこちで躊躇するように筆を止めている。」

「何故でしょうか?」

「筆跡を隠すためか……」

 鈴木は、ちらと美奈子を見た。

「どうしてだと思う?」

 その目と表情は、あからさまに美奈子を試していた。

「……この内容で、筆跡を隠す必要がどこにあるかがわかりません」

「内容については何とも言えないが、キミでも私でも、村田警部補でも、似たような書き方をしたことがあると思うよ?」

「えっ?」

「人が文字を覚える中で、避けて通れないことがあるだろう」

「……」

 美奈子はきょとん。とした顔をしたが、


「手本を真似た」


 そう、言ったのは理沙だ。


「鈴木巡査部長。これはつまり」

「そう」

 鈴木は頷いた。

「おそらく、誰かの書いた手本を見ながら書いたんだろうな」

「それってつまり」

「桜井美那の子……書かれている文字は難しくない」

 鈴木はゆったりとした声で、まるで諭すかのような口調になった。

「それでも、手本を必要としたとしたら、その理由は?」


「えっ?」

 鈴木の問いかけに、理沙が眉をひそめた。

「巡査部長?そんなバカなことが」


「ある」

 鈴木は力説するように頷いた。

「そうするしかないケースが、存在するんですよ」


「……」


「判るかな?名探偵殿。ついでに私からの情報だが、この万年筆の使い手は、万年筆の扱いに慣れていない。万年筆の筆圧から見て、腕力は弱く、繊細だ。そこから言えることは」


「……書いたのは女?」


「おそらくね。“の”の書き方というか、筆運びからして、筆記体を書き慣れた筆運びで無理矢理、日本語や漢字を書いたという印象を私は受ける」


「つまり!」

 美奈子は言った。

「これを書いたのはぬ」


「わかったようだね」

 鈴木は嬉しそうに頷いた。

「これを書いたのは、日本語の記述になれていない、外国人の女性だ」

 鈴木は自分の結論に満足そうに頷くと、包み紙を美奈子に返そうとして、手を止めた。

「……ああ、そうそう」


「はい?」


「宛先は本来、違ったみたいだね」


「……へ?」


「美那の子というところにはないんだが―――見てご覧?」

 鈴木は、美奈子に虫眼鏡を手渡しながら言った。

「桜井という文字の下に、鉛筆で書いたんだろう下書きの痕跡がある。本来、下書きに沿って文字を書こうとしたが、何らかの理由でそれが違ってしまった。鉛筆の下書きを消して、その上に別な手本に書かれた文字を見ながら、真似書きした。そんな所だろう」


「―――で」

 美奈子はじれったそうに鈴木に尋ねた。

「何て書いてあったんですか?」

「かわちだよ」

「かわち?」

「河の内で河内。私にはそう読めるがね」

「……河内」



●その日の夜 水瀬邸

「河内?」

 ルシフェルの報告に、由忠の動きが止まった。

「河内と言ったのか?」

「はい」

 由忠の前に立つルシフェルは頷いた。

「本来、犯人が送りたかった相手は、桜井美那の子ではなく、河内美那の子ではないかと」

「……桜井美奈子とその親に心当たりは?」

「全くないそうです」

「……」

「……」

 由忠は、それからしばらく身じろぎ一つせず、何かを思い詰めたかのように考え込んでしまった。


「……まさかな」

 ふっと、笑顔を浮かべたのは、それからかなりの時間が経ってからだ。

 声をかけようか躊躇していたルシフェルがホッとした顔になる。

「ありえない……か」

「お義父様?」

「いや済まない。河内と言うので、まさかと思ってな」

「お心当たりが?」

「……ああ」

 由忠の表情が曇った。

「幕末の頃の日本史は学んだか?」

「大凡の流れは」

 ルシフェルは頷いた。

 よもや美奈子経由で興味を持った新撰組や志士系のBL小説で得た知識だとは口には出せないが。

「うむ―――幕末、日本で魔導師の双璧を成していたのが、松笛貴臣まつぶえ・たかおみと」

「……その人と?」

「―――河内時雨かわち・しぐれという女性だ」

「……」

 少なくとも、BL小説に出てきた名前ではなかったので、ルシフェルは首を傾げた。

 その反応で、名前を知らないと判断した由忠は、フォローするかのように言った。

「判らなくて当然だ。普通、河内時雨の名は歴史の教科書にも出てこない、明治政府によって抹殺された名だからな」

「抹殺された?」

「まだ夜も早いから教えてやろう。河内時雨については、こんな伝説がある」


 由忠は、語り出した。


 幕末の闇にその人ありと謳われながら、歴史に名を止めることもなく消えた希代の女魔導師河内時雨の名が、唯一、公式の場で語られた現場で起きた世にも奇妙な出来事を―――。





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