第三話:敵襲上等! 背中で伝える悪の華!!
ちょっと間が空いてしまいました。体調など崩してしまいまして。
さて本編ですが動き出します。今回はそれの前触れ。どんな風に綺羅斗やエンステラが物語に入っていくか、見ていただきたく思います。
天井の見ない洞窟の闇が、GSXのヘッドライトで切り開かれていく。どこまでも果てが見えないトレーニングルームに、定期的なエンジン音が鳴り響いていた。
「おいおいどうした? もう息切れか?」
「ふ、ふしゅー! ま、まだ走れるもん!」
俺はGSXを時速15キロに保ちながら、後ろをついて走るエンステラに発破をかけた。それにエンステラは声を途切れさせながらも必死に腕を振り地面を蹴る。
(大したもんだ、ガキの体になっちまったってのに、負けん気だけで1時間も走れるとはね)
今回のトレーニングは持久力アップだった。
体がガキに戻り、魔王エンステラは体のつくりや動かし方までガキになってしまった。
かつては人間どもを蹴散らしてきた剣術も体術も、それは完成された大人の体があってこその動きだろう。今幼児化した体で訓練を積んでも意味はない。
その点持久力なら小手先の技量など必要ない。体力があるにこしたことはないのだから。
「……よし、今日はこれで終わりだ。クールダウンしとけよ」
「ぜえ、ぜえ……ま、まだ走れるよ!」
「休むことも立派な訓練なんだよ。次は座学だ、居眠りしねえよう、疲れはきっちりとっておけよ」
しかし俺の言葉には不満そうで、頬を膨らませながらエンステラは歩幅のペースを落とし、呼吸を整えていった。
(頑固というか、意固地というか……まあプライドがそうさせてるんだな)
ここ数日、エンステラと訓練を重ねながら収穫したことは一つ。
この魔王様は何があっても音を上げることなどしない、筋金入りの負けず嫌いということだ。
例え少女の姿にされても、「王」としての誇りは変わらない。やることなすことが子供じみたものばかりだが、根底にあるのはやはり「魔王」という頂点に立つ気質が背景にある。
「ざがく、って何~?」
額の汗を拭い、タオルでガシガシと顔をこするエンステラ。
「分かりやすくいうと「おべんきょー」だ。頭のな。まあ、俺も得意分野じゃねえんだがな」
それに走る訓練を続けたいとしても、併走出来るバイクのガソリンがない。もちろん異世界というだけあり、ガソリンは存在しない。
似た成分のものがあるかもしれない、とサギンが探してくれているが、はてさて。
『おや、もうおしまいなのですか?』
管制室から冷ややかな声がかかる。俺は眉を寄せため息をついた。
サギンが出払っている間は、ギミンが監視役となっている。
「おう。何も詰め込むだけが訓練じゃねえ。成果になってなきゃ意味ねえだろ」
『……もっともらしいことですね。次の座学に期待しますか』
言葉面からは一向に期待など感じない。どうも初対面の印象が互いに最悪すぎて、未だにギスギスしている状態だった。
(訓練はともかく俺の胃がもたんな……フレンドリーとはいわんが、ここは悪いイメージを払拭する訓練でもせねばな)
その点サギンは最初から好意的であった。彼ほど、とは言わないがもう少し棘のない付き合い方をしたいものだ。
□□□
「さて、ここいらで「悪人」になるための訓練を本格化していこうと思う」
黒板を背にして言う俺に、「おおー!」とキラキラ光る上目遣いでエンステラは興奮した様子を見せた。
会議室だという、机と椅子と黒板だけがあるちんまりとした部屋には俺とその前に座るエンステラ、そして壁を背に預けたままのギミンだけしかいない。貸し切り状態なので遠慮なくやろう。
「まず「悪人」に必要なもの……いや、ここは足りないものから上げていこうか。エンステラ、何だと思う。今のおめえに足りないものだ」
もちろん「悪人」として、だ。
エンステラは指を折り数えながら、眉にしわを作って唸り始めた。
「え、えーと……ポテチにマシュマロに、チーズタルトとアップルジュースかな?」
親日の真壁刀義ではない。
「どこの世界にスイーツで人類滅ぼす魔王がいやがる! てめえ単に腹減ってるだけじゃねえか!」
「えへへ」
「照れ笑いはいい! てめえに足りてないのはその正反対のことなんだよ!」
「正反対?」
エンステラは小首をかしげた。俺はため息をつきながら、黒板にチョークで「威圧」と書き殴った。
「圧倒的悪が放つプレッシャー! それが今のおめえには皆無なんだよ!」
「あら、丸文字とは可愛らしい字を書くのですね」
「横やり入れないでもらえませんかギミン殿! 自分でもこれ結構気にしてることなんで!」
泣きたくなってきた。
「はあ……で、とりあえず今のエンステラが戦場に戻っても、そのざまじゃ兵士の士気が駄々下がりだ。なので敵を威圧し、味方してくれる親玉が頼れる! って気概を出さなきゃいけねえ。そのためには!」
続いて黒板にチョークを走らせた。次に書いた言葉は「ハッタリ」、である。
「威圧しようにも言動が命だ。立ち振る舞い、言葉、仕草。それらが全て「悪人」でなけりゃ魔族なんて鼓舞できねえだろうな。そこで出てくるのが「ハッタリ」だ」
「うー……?」
「難しい話じゃねえ。至ってシンプルだ。まず「ハッタリ」は嘘でもいい。勢いさえあればどうとでもなるもんだ。むしろ嘘っつーか、何の根拠もない強がりを「ハッタリ」というもんだ」
「強がるの?」
「そうだ。これからこの一文を言葉の最後に入れて気合い入れてみろ」
そこで俺はチョークで「この野郎!」「馬鹿野郎!」と書き殴る。
「恫喝だな。主に敵対している者に向けて放つ。俺がやってみるから真似してみろ」
「うい!」
「んじゃ……<てめえそんな装備で魔王様に勝てると思ってんのかこの野郎!>」
「えっと……<思ってんのかこの野郎!>」
「<ざけた真似してるとぶっ殺すぞ馬鹿野郎!>」
「<ぶっ殺すぞこの馬鹿野郎!』>
「<誰に口きいてんのか分かってんのかこの野郎!>」
「<この野郎!>」
「<上等じゃねえか今すぐ表出ろや馬鹿野郎!>
「<表でろやダンカンこの野郎! 馬鹿野郎>」
「誰が王を軍団員にしてくれと頼みましたか!!」
ノリノリになっていた俺たちに、ぴしゃりとギミンが一喝が飛んだ。
「確かに王のとしての威厳は第一です。しかし何ですかこの品性のない講座は!」
「えー、いいじゃん。全員そろって悪人だぜ?」
「オフィス北野の話をしているんじゃありません! 大体今ビート某は移籍したでしょうが!」
さすがはギミン、異世界に知識があるようだ。
ギミンは重いため息をついて額に手を当てた。
「もう本日の訓練はここまで。丁度夕食の時間です。その間にあなたの処遇でも考えるとしますか……」
……うむ、より悪い印象を持たせてしまったか。エンステラは「夕食」という言葉に目を輝かせ、てとてととギミンについてまわって会議室を後にした。
一人取り残された俺は黒板を見返して唸る。
「品性ねえ……その辺のザコじゃなく頂点に立つ者としちゃ、確かに考えなきゃいけねえかな……」
とはいえ品性。今まで縁のない言葉であった。お上品に? いやいや違うはずだ。ギミンが言う品とは、すなわち質。カリスマ性のことを指しているのだろう。皆が皆「ついて行きたい!」と思わせる立ち振る舞い……しかし今のエンステラでは不可能ではないだろうか。見た目も中身もお子様である。お守りをさせては戦場とやらで活躍できるどころか足手まといだ。
「あえて「守らねば」という危機感は覚えさせるというのも……ん?」
じじ……と靴底がしびれたような振動が、椅子や机にも同じ変化をもたらした。かすかな振動が会議室を揺らしている。
「地震?」
異世界にもあるものか、などとのほほんとしていた俺の耳に、鼓膜を割りそうな音量の警報が鳴り響いた。
『緊急事態! 人間どもの討伐隊が最終防衛ラインを突破しました!』
『戦闘員は至急装備を調え出撃! なんとしてでも守り抜け!』
けたたましい怒号が通信で飛び合う。人間の討伐部隊が、ここまで来た?
「おいおい、まだ育成どろこじゃないってのに……」
舌打ちする俺に、脳裏からささやく声がした。それはギミンからのものだとすぐに本能が察知する。
『そこの人間、聞こえていますね! あなたはエンステラ様を連れてシェルターに避難なさい!』
「って、大丈夫なのか!? 今はザギンもいねえんだぞ!」
かろうじて平静さを保っているギミンだが、焦りにあぶられている。
『ここは我々魔族の拠点でもあります。しかし最悪の場合、領土を捨てて撤退することも視野にいれておいてください』
「マジかよ……」
頭の中にあった魔族のイメージが混乱する。魔族やモンスターといえば、人間に圧倒的な力で立ち塞がるものではないのか。それが蜂の巣をつついたかのように慌ただしく……。
「……いや、待てよ」
『何をしているんですか! 私も前線に出ます! どうかエンステラ様を……』
「おっとギミン。そりゃなっちゃいねえぜ。そのざまはいただけねえ……俺のGSX、いつでも飛び出せるようにスタンバイさせてくれねえか?」
『は、はあ!? あなたのバイクをですか!? どうする気です!』
「なあに、座学よりかは実戦ってな」
『ま、まさか戦場に出る気ですか!? 例えあなたが人間でも、こちら側に居たとなれば極刑になりますよ!?』
「男が仲間に……ダチに見せるもんは慌てふためく泣きっ面じゃねえ」
俺はゴリゴリと拳を鳴らし、口の端をつり上げた。
「男の背中で教えるのが真の育成だ。『無敵』の二文字は伊達じゃねえんだよ!」
ってなわけで、次回へ続く! ここから舞台は外部になります。ストーリーの折り返し地点まで来ました。
綺羅斗流悪人教訓はどうなるのか!? 期待していただければ嬉しく思います!