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異世界魔王育成者 綺羅斗  作者: 柴見流一郎
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第二話:魔王育成開始! 仏恥義理に強くなれ!

さて、本編はいよいよ魔王の育成……特訓にかかります。魔王の復帰にヤンキー綺羅斗はどう向かい合うのか。彼らしさを見つけていただけたらと思います。

「浄化の魔法ぅ?」

「ええ、これが全てのつまずきでして……」


 石造りの廊下の中を、こつこつと二人分の足音がこだまする。サギンは大きくため息をついた。


「エンステラ様は真に優れた魔王でございました。我々魔族が一番の敬意と命を捧げられる魔性のカリスマ……魔法においては人間の軍隊など一振りで壊滅、消滅。剣技、体術は天性のもので訓練でもついてこれる配下はおりませんでした……浄化の魔法を受けるまでは」


 サギンはそこで言葉を句切り、さらに大きなため息をついた。


「そして現在。玉座にてご覧になったように肉体も心も子供へと戻ってしまいました。まさしく浄化。エンステラさまから「悪」が消滅してしまったのです」

「それで俺に「悪人にしてくれ」ってか……」


 悪の要素が消えてしまった魔王……これでは何の王なのかも分からない。戦車なのに大砲がない、みたいなものだろか。それどころか心身ともに子供になるとは、キャタピラもエンジンもそぎ落とされた。これではただの箱になったというところか。


「なので期待しておりますよ? まずはエンステラ様には力を取り戻していただきます。最優先は魔力。今では人間の子供並みに落ちてしまい、火炎の一つも出せるかどうかという状態です……」


 魔法。どんなものだろうか……ゲームや漫画に出てくるような、爆発させたり氷を降らせたり、炎で敵をなぎ払うような力なのか。まったく想像がつかなかった。


「ちょっと待てよ、人間も魔法使えるのか?」


 浄化の魔法という言葉が頭に残り、サギンに問いかける。


「はい。習得時間や完成度は我々魔族に劣りますが、極めればこちらも楽観視していられません。そういう意味では前回の討伐部隊……こちらに大ダメージを与えたといえます」


 なるほど、どうやら魔法は命ある者全てに対応できるスキルらしい。となれば俺も覚えることができるのか? うむ、魔法……か。


「ではこちらがトレーニングルームとなります。すでにエンテスラ様はスタンバイされております」


 長い一本道の廊下の突き当たりには大きな観音開きの門が待っていた。銅で出来ており、見るだけで重たさを感じられる。

 それがサギンの一声ですらりと開いた。俺には上手く聞き取れなかったが、おそらく魔法の詠唱というものだろう。言語も発音も異なるとなれば、よそ者の俺が習得するのは難しそうだ。


 さてそんなことより門をくぐって現れたのは、かなり広い面積と高さを持った空洞だった。地下を使った洞窟の類いか? 所々に鍾乳洞のような突起物が見え、明かりは部屋全体がほの暗く照らしているものだけだった。


『え、えー。テストテスト。こちらモニタールームです。聞こえますかー綺羅斗さま』


 洞窟の天井からサギンの声が響いた。な、何だ?


『私は次元を隔てたちょっとした異空間……モニタールームにいます。そちらの状況は魔法で中継ができていますので、遠慮なく修練をお願いします』

「便利なもんだな魔法ってのは……ん?」


 ひり……と空気の質が変わった。喉は乾燥し肌は強い日差しに刺されたかのような痛みを覚える。左右を見渡しても特に変化はない。ただ薄暗いので視界は悪い。

 今は用心深く……警戒しながら四方に気を配った。


 するとこつ、こつと小さな足音が聞こえてくる。


「さっきのお馬さんは? 飼育小屋に預けちゃったの?」


 ぞくりと背筋が凍てついた。

 暗闇の奥底から現れたのは、軽装な鎧を装備したエンステラだった。


「サギンからここであなたに戦い方を教えてもらうようにって聞いたけど……あなたで「間に合う」の?」


 エンステラの笑顔には他意はなかった。

 ただ屈託に、純粋に微笑んだだけ。だから口にした言葉も邪推させるようなものではなかった。

 間に合う。つまり……自分にとっての訓練の相手にもなるかどうかという、素朴な疑問だ。


 確かに見た目はガキだ。スペックはそこまでダウンしている。

 だが魔王、というだけの気質がそこにあった。がらんどうだった洞窟を、一瞬にして戦場に変えてしまったのだ。


「っへ……こいつは歯ごたえありそうだぜ」


 いつの間にか汗を吹きだしていた額を手の甲で乱暴に拭い、手首をぐるぐると回してほぐす。


 サギンからは魔法の特訓を言いつけられた。だがそんなものが必要なのかというほどの圧力を放っている。これがスペックダウンだと? 冗談じゃねえぜ、こんなのに元の魔法や体術が戻ればどうなるか。考えたくもない。


「じゃあ、行くよ?」


 エンステラは腰に下げた短めの木刀を抜き、無造作に歩いてくる。まるで散歩でもするかのように、その足取りにはためらいも息巻くがっつきもない。ただ歩いてくるだけだった。

 その足が、俺の手前で停止する。


「ッ……!」

「じゃあ、せーの……」


 立ち止まったエンステラは一呼吸置いて大きく木刀を振りかぶった。その動きは……見ての通りだった。

 ただ歩いてきて、木刀を振り上げる。


「……」


 俺はひょいっと後ろにステップを踏んで離れてみた。そこをスカっと……木刀が通り過ぎる。


「ずるーい! ちゃんと当たってよぉ!」


 不満げに言うエンステラは頬を膨らませ、ただ切っ先を地面にこすっただけの木刀を構え直す。


「……サギン」

『……ええ、これが浄化の魔法の効果です。エンテスラさまの存在は健全。魔王そのものです。しかし……』 


 その後も、

「えい!」

「たあ!」

「それ!」

「こ、このぉー!」


 と、立て続けに木刀の一撃は繰り出されるが、素人よりもひどい剣舞であった。いや、すでに剣ですらない。これはただ棒を振り回しているだけだ。ご丁寧に予備動作を作って上からか下からか、右か左かをスイングする。

 これは避けるというよりも当たらない位置に移動するだけで対処できた。


「は、はあ……はあ……な、中々やるじゃない」


 何もしてない。


『この通り、全てがへっぽこになってしまっています。体が大きく変わってしまった体術はともかく、魔法を使えるようになれば……あるいは』

「一縷の望みみたいな声になってるぞサギン……」


 もしかしたら、彼はモニタールームで涙をこらえているかもしれない。何というか……いたたまれないな……。


「おいエンステラ」


 まだ木刀を振り回そうとしていたエンステラは「何?」と小首をかしげた。


「お前、魔法はどの程度使える?」

「まほー?」

「今は剣技はおいとく。まず肉体に頼らないであろう魔法を徹底してやる」

「な、何よ! 私の剣がまるっきりダメみたいじゃない!」


 自覚はないらしい。本当に厄介だな、浄化の魔法というものは。

 だが、今はそれに乗ってみる(・・・・・ )のもいいかもしれない。


「ああダメだ、全然ダメだ。なってねえどころか目も当てられねえな。人間のガキの方がまだマシだぜ」

「な……私を人間との揮い(ふるい )にかけたなあ!」


 怒髪天を衝く、とはこのことか。エンステラから放たれるプレッシャーが一気に極限まで高まったような衝撃を受ける。顔には出さずにすんだものの、正直肝が冷えた。俺はこんな化け物を前にしているのかと考えるだけで意識がふっ飛びそうだった。


 だが、消えてしまおうとする魂を鷲づかみにして、それを飲み込むように固唾を喉の奥にやり、腹に力を入れて叫んだ。


「ああそうさ、てめえは今じゃ人間以下かもな! 貧弱な体だけで何ができるってんだ!」

「……抜かしたなあ小僧!!」


 来る。

 愛らしいとも言えたエンステラの目に炎が宿る。木刀を捨てて右腕を高く掲げた。


 本能のまま……防衛本能にしたがって俺は前へと転がり込み、衝撃の音が背中に打ち付けられた。じくりと肌を焼く熱が特攻服ごと俺の体を包む。


(これが……こいつが本領か!? いや、まだその片鱗にすぎねえ……まだまだ「先」がある!)


 すぐさま立ち上がり大きく後ろへと飛んだ。対象を視野に入れ安全な位置に移動する。喧嘩でもそれは同じだ。相手を見失ったらもう遅い。


 だが、すぐさま顔を上げた先にいるエンステラは、腕をあげたままうつむいている。


「あん……?」

「……きゅー」


 バタン、と背中から地面に沈み、エンテスラは口からもくもくと煙を昇らせていた。


「ふきゅー……」

「お、おい!」


 ぐるぐると目を回し、倒れたエンステラに駆け寄った。


「ま、まだだもん……負けてないもん……に、人間なんかにぃ……」


 まだ動こうとしているのか、抱きかかえた腕の中でエンテスラはフラフラと手足を動かしていた。

 それにふと、自然と笑みが浮かぶ。


「……悪かったな、試すような真似してよ」

「う……ん」


 腕の中で身じろぎし、エンステラはうっすらと目を開けた。


「てめえとんでもなくぶっ飛んでるぜ。さすがは魔王だ、たまげちまった」

「……気遣いのつもり?」


 まだ朦朧とした意識の中で、エンステラは声を上げた。戦っているのだろう。浄化の魔法にかかって、思い通りに動かない自分と。今も落ちてしまいそうな意識の底で、俺と対峙してやがる。


 ほんと……クールだぜ。クールな上に、熱いじゃねえか。誰よりも、何よりも。


「気に入った」


 ただ悪だの魔王だの、もう俺にとっちゃ関係ねえ。

 俺はこいつの行く末が見たくなった。それを考えるだけで充実感があふれ出してくる。


 そっとエンステラの頭に手を置いた。それを振り払おうとするエンステラだったが、か弱く細い腕に、小さな手のひらでは俺の手をどかすことはできなかった。


「……私は、強いんだ……魔王、なんだから……」


 片方の手で、両目を覆う。息を吸う音が大きく聞こえた。呼吸が、時々つっかえる。


「そうだな。……てめえは誰よりも魔王だ。魔王そのものだ」


□□□


「疲労ですね。一晩ぐっすり眠れば回復するでしょう」


 エンステラの寝室から出てきたサギンが言う。それに俺はほっと胸をなで下ろした。


「確かに魔法の復活をお願いしましたが……少々荒療治もすぎるかと」

「そこはすまねえ。完全に俺の考えが甘かった。ここまでとは考えてもいなかったんだ」

「まあ……人間のスケールではその程度でしょうが。これからは認識を改めていただきたく思います」


 サギンから感じられていた、人当たりの良い雰囲気が消えている。口調こそいつも通りで丁寧だが、その双眸はとても冷えたものになっていた。……深海の底でサメとすれ違ったような感触……物静かな牙がちらついた。


「と、反省会はこの辺りにしますか」


 とん、と両手をたたいたサギンの声に人なつっこさが戻った。気のせいか肩が軽くなる。こいつも飛んだ食わせもんだぜ。


「さてさて教育は始まったばかりです。あなたには立派な魔王に育てていただくという使命が……」

「ああ、そうだな。みっちり訓練メニュー組んでやるぜ。明日はそうだな……」

「……。おや、否定なさらない」

「あん? 断ってほしかったのか?」


 俺は底意地に悪い笑みを浮かべていった。それにサギンは苦笑する。


「急にこちらの事情だけで今までの生活を奪い、挙げ句の果てに悪の教育を行ってくれとの無茶ぶり……普通受けますか?」

「おいおい頼んでおいてそりゃねえだろ。それにこいつはもう俺の意志でもある。あいつを育てる。でっかく、今以上に、魔王としてな」


 こんな高揚感は味わったことがない。いつまでも、何度でもあいつが……エンステラが化けていく姿を見続けていたい。それが教育者という名の特等席ときたもんだ、降りる理由なんて見当たらねえ。


 強くなる。ただそれだけに俺は憧れる。男なら誰だって同じだ。それが自分だろうが、教え子となったガキだろうが。いや、だからこそ。このガキだからこそ。


「魔王……いいじゃねえか。どうせなら魔王以上になってみねえか?」


 俺は一人つぶやく。隣でサギンが首をかしげていたが関係ない。


 俺は今ようやく、この異世界の住人となった。


<第二話・終わり>


と、訓練の日々に幕が上がりました。俺たちの冒険はここからだ!(続きます)

次辺りからこの魔王たちが住まう世界観を出していく予定です。またそれにて状況は変わっていきます。

ヤンキー根性で全てを突破せよ!

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