元引きこもりと幼女、初めてのお仕事
外壁竣工を外敵から守る仕事は案外楽ではなかった。
基本的には、現在作っている部分を保守すればいいので、活動範囲はさほど広くないのだが、昆虫型の敵はわさわさ湧いてくる。
それというのも、この世界の昆虫はビッグサイズで獰猛なのが普通であり、元いた世界の可愛い虫とは類を違えている。
「もうむり」
ばたりと前に倒れるフィリア。
「フィリア様ァァァァァ!待って!なんか気持ち悪いでかい芋虫近づいてきてるから!テイクアウト!テイクアウトっ!」
「いもむしって何のことかわからないけど、このキャタピランが気持ち悪いのは同感。だから早く体力頂戴!」
口の中の水分をすべて乾かす勢いで詠唱を続けた。
何とかスキルを使えるようになったフィリアが、キャタピランの体の一部を砂に変えて動きを止めた。
「もう何十体も倒してるから虫の臓器の位置がだいたい掴めてきた。この調子で倒しまくって稼ぎまくるよ!」
元気になればすぐこれだ。
全く羨ましい限りである。
この世界にはステータス的なものが存在する。
それは人々の記憶に根付いた経験を数値化したものである。
これを計測することで、仕事でどれほどの働きをしたかが明確になる。
それにより賃金は変わるらしい。
つまり、敵の討伐という仕事においては圧倒的にフィリアの方が稼げるのだ。
媚びねば…
ーーー
夕刻が明確になった頃、昆虫達もそれぞれ眠りにつく準備のため、近くの森に帰って行ったらしい。
「今日はここまでかな。いやあ、君たちのおかげで外壁工事の仕事がいつもの何倍も捗ったよ。いつもは昆虫も相手にしなきゃいけないからね」
なにここの大工。
めちゃ逞しいんですけど。
逆に俺らの方が弱いんじゃ。
俺らはスキル使用に於いて燃費が悪い。
錬金という大層なスキルを使うことで、体力の消費も著しい。
とりあえず今日は五万マントルほど稼げた。
一日で五万円は高額だと思われがちだが、あれほど死ぬ思いをしてこれっぽっちとは納得がいかない。
まるで命を格安で売るような感覚だ。
ーーー
「今日もミオと同じ部屋!昨日みたいのはもうごめんなのに!」
手で体を隠す仕草をした。
眉間に皺を寄せて嫌がるフィリア。
「昨日は本当に悪かったって!俺もなんか浮かれてたんだよ!思い出さないで恥ずかしいから!」
やっと頭が冷静になってきた。
もう昨日今日のような展開は望んではいない。
これ以上フィリアとの関係に軋轢が生じると、スムーズな旅がままならなくなってしまう。
「ともあれ今日はお疲れ様。やっと食糧難は解決されたな」
今日の分の宿代ももう払ってきた。
所持金もそれなりであるが、今後を考えると貯蓄が必要だと思った。
また次の村へと歩を進めるなら、それなりの準備が欠かせないと、一昨日までの旅で知った。
「何食べる?あたしまだ知らないお店とか探しに行きたいな。もっとゆっくりエフォートビレッジを見て回りたいしね」
全くの同感であった。
その上、この世界についてももっとよく知りたい。
でなくては、どこの道で危険に出会うかわからない。
情報収集も兼ねてエフォートビレッジを回ってみることにした。
ーーー
「夜なのに人多いな」
どうやらこの村は3000人ほどの人口で、大きさはオールトタートル程だという。
いや、オールトタートルってなんだよ。
フィリアによると、オールトタートルとは、ひとつの大きな湖を覆うほどの亀であるらしい。
大きな湖の定義はよくわからないが、大きなという以上、少なくとも東京ドーム以上はあるだろう。
どうやらこの世界の生物はどれも大きいらしい。
極端な世界だ。
「みてこれ!生きてる魚!」
こんな砂地と森に囲まれたような、水の気もないところで何故…
「薄切り売ってるってさ!食べてみようよ!」
「そうだな!薄切りって刺身みたいなものか」
「さしみ?それはよく分かんないけど、とりあえずお腹すいたし席座ろ」
席について、生簀にいた魚の薄切りを注文する。
リーフフイッシュというらしい。
葉の魚か。
不思議だな。
待っている間、またフィリアと話す機会が生まれた。
「ミオってたまに、よくわかんない言葉使うよね。どこから来たの?」
俺はここで真実を告げるべきであろうか。
言ったところで理解されないことはわかっている。
減るもんじゃないし言ってみようと思った。
「信じてくれるかわからないけど、俺は異世界から来たんだ。理由はよくわかっていないけど。元いた世界の俺の部屋ごと空から落ちてきたらしい」
「ミオってばかなの?今冗談言ってなんて言ってないんだけど!そんなの信じらんないんだけど!」
そうだ、フィリアがいた村には俺の情報は伝わっていなかったのだ。
それどころか、エフォートビレッジにも俺を知っている人はいないように思える。
あの時作られた新聞には、『念写』を持つ人々によって、俺の顔写真は大々的に公開されたはずだ。
それにエフォートビレッジには情報があまり流通していないように思える。
「ま、ミオがどこから来たかなんてどうでもいいけど。初めてあった時、旅してるにしては手ぶらだったのも気になるけど…」
そう考えると、まだ分からないことも分かち合えないことも沢山あると気づいた。
少しずつ証明していくしかない。
と言っても、あの新聞を見せれば一発なのだが。
「無難な質問するけど、好きな食べ物ってなに?」
「うどん!でも麺類ならなんでも好きだよ」
そこに、丁度リーフフイッシュが届いた。
なぜフィッシュではなくフイッシュなのかはわからないが頂こう。
リーフフイッシュの薄切りを味わう。
「「まずひ…」」
珍しく二人の意見が一致した。
それほどまでにまずかった。
周りにはご老人が多かった。
葉っぱの青臭さと魚の生臭さが混ざってこの世の終わりのような味だった。
異世界でも、まずいものはあるんだな、と学んだ。
ーーー
その後、渋々リーフフイッシュ食べ切った俺たちは、帰り道でこの前食べたコロッケ、ころすけを買って食べ、宿に帰った。
「ここまで恐ろしく順調だな」
今日わかったのは、俺が召喚された未来的な都市は王都と呼ばれる、ボスフォアという国であるということ。
そこに行くには王都中央道を通らなければいけないこと。
そして…
エフォートビレッジの真裏に位置していること。
早速最長距離からのスタートとなった。