墓参り
二ヶ月後。
「やっと普段通りに動けるようになってきたな。フィリアのお陰だ」
フィリアは照れ臭そうに顔を背けた。
こういうとこは五年前と変わってないな。
「それにしても、フィリアの村の人たちが元気でよかったよ。フィリアのお姉さんが出産したら挨拶しに行かないとな」
この二ヶ月でいろんなことを聞いた。
タミル村の人たちとも仲良くなれた。
くしくも、長老は臨終していた。
「よっと。おはよう、九里香」
俺は毎朝、この丘に来ている。
九里香は突然の爆発に巻き込まれて死んだらしい。
全く覚えていなかったが、沢山涙が出た。
短い期間だったが、日本から来た彼女に、俺は安心していた。
少しシャイだったが、最後は頼り甲斐があったと思う。
名誉の戦死である。
彼女がもたらした影響は大きかった。
「あら、ミオ、また泣いてるの?」
ここに来ると涙が出る。
そして悔しい気分になる。
記憶が抜け落ちた感覚がする。
最近どうも、地球にいた時の記憶が薄れ始めているのだ。
いや、エフォートビレッジのあたりからそう感じていた。
今では、唯一覚えていた家族の思い出さえ、モヤがかかったようだ。
でもこれでもいいと感じる。
日本での思い出より、キマイラでの思い出の方が心地よく感じたからだ。
「ステータスはっと」
俺は涙を拭ってステータス欄を直視した。
クレア王国での戦いよりも数値は随分と下回っている。
このステータスの存在を知ったのは西の都市での修行時だ。
たまたま見つけた。
ゲームには大抵、ステータスが存在している。
そのことに気づいて、あの時初めて、この世界で『ステータス』を口にした。
案の定ステータスは存在し、今に至るわけだが。
「数値が見えるってだけで、どうこうできる訳じゃないけどな。リハビリには最適な機能だ」
フィリアが不審そうに聞いてくる。
「その、ステータスってなんなの?私が唱えてもどうにもならないけど」
「あはは。多分、日本から来た人にしかできないんじゃないかな。九里香はできてたし」
異世界。
改めて考えると、実に不思議だ。
ファンタジーがリアルに。
深く考える間もなく、この世界に翻弄されてしまったが。
「フィリア。俺が異世界から来たって言ったら、信じるか?」
フィリアはニヤッと笑う。
「それって、五年前も言ってたわよね。でもまあ、今なら信じるわ。クリカさんとか、白金の山の…コウヤ?ってやつもいたしね」
「まあ全部本当なんだよ。俺たちからしたら、魔法やらスキルやらが普通にあるってことがありえないんだよ」
フィリアは不思議そうな顔をする。
「それなのに、全スキルをレベル上限1で与えられたのって、すごく不幸だよね」
「まあね。俺ってば、全然凄くないのに、みんなに驚かれて。まあフィリアはそんなに驚かなかったか」
「まあね。そんな奴がいても不思議じゃないってだけ。理論的には、大量にスキル書を読めば、ミオくらい使えるようになるでしょ?まあ、現実的には無理だと思うけどね」
そよ風が気持ちいい。
俺は九里香の墓石に水かけをした。
元に戻りかけの腕で、手を合わせて、祈った。
「それって、ニホンの風習?」
「まあな。キマイラにはないのか?」
フィリアは笑った。
「ニホンにあって、キマイラにないもの。ありえないものがあって当たり前じゃない」
「うん、そうだね」
やることがあると、本能が言っている。
理性もそう告げている。
俺には、俺たちにはまだやることがある。
「行こうか、フィリア」
「うん。今日の夕飯何にしようかな?」