五体五、其の参
ダァハはファリオ村に暮らす一般の狩猟民族の一人だ。
彼が虹剣と互角に戦えるとするならば、余程の奇跡だ。
「さて、お手並み拝見だ。人間よ」
「まるで神様だな。よし、引き摺り下ろしてやんよ」
ダァハは超人的な速度で弓を引き絞った。
「やっ!」
とてつもない威力の矢が放たれた。
木と石でできた矢とは思えない。
しかし、超人的なのは相手のサーキュラーも同じことだ。
常人では目にも留まらぬ速度の矢を、正確に切り裂いた。
「円刃!」
『円刃』。
サーキュラーの持つスキルの一つ。
拘束回転する円の力を利用して、刀のように対象を切り裂くスキルだ。
「こんなんじゃ、一生勝てないじゃんか!」
ダァハはグロウに夥しい数の魔法を付与してもらったが、その効果は伝えられていなかった。
今のところ確認できるのは、身体速度向上、筋力向上、視力向上、聴力向上あたりである。
それに、弓と矢にも、強化系の魔法がかけられているようだ。
「そんじゃ、三方向から」
ダァハは三本の矢を引き絞った。
そこから立て続けに3発。
それも、全て別の地点から。
ダァハの高速移動によるものだ。
「そんなの無駄ですよ」
サーキュラーは慌てずにスキルを使った。
「爆発!」
爆発が起こり、すべての矢が弾き飛ばされた。
やがて、煙の中からサーキュラーが現れる。
「げほ。これ使うと煙いのだが、致し方あるまい」
サーキュラーは女性で、とても背が高い。
身につけているのは胸元のさらし、パンツ、羽織っている大きな服一枚のみである。
見える肌には筋肉が浮かんでいる。
この筋肉がどっと膨張したかと思うと、とてつもない速度でダァハに迫った。
「さあ庶民よ。これでおしまいだ」
サーキュラーは魔法も使える、オールラウンダーだ。
「時空系第二隔壁・クラックエイジ!」
ダァハは時空が割れ裂けるような感覚を味わった。
世界が止まり、ひび割れ、崩れていった。
「な、なんだこれ!ここどこだ!あの女は!」
やがて全てが崩れ去り、暗闇に包まれた頃。
今まで感じたことのない衝撃が身体中をのたうちまわった。
叫ばずにはいられない。
耐えがたい痛みを、無限とも思える時間感じた。
「ああぁあぁあああ!殺じでぐれ!」
死ぬこともできなかった。
ふと、薄れゆく意識の中で。
ダァハの脳裏には守るべき家族の顔が浮かんだ。
今回の作戦のことは知らせていないから、きっと心配してるだろうな。
でも、ここでやらなきゃ生活は苦しいままだ。
娘にももっと好きに生きて欲しい。
そのためにはやるしかないんだ。
意思。
頑健な意思が、この窮地を覆した。
バキバキ。
世界が色を取り戻した。
「はぁ。酷い目にあった」
「な、なぜ生きている!」
意思の力もあったが、やはりグロウの魔法の効果もあったのだろう。
「さあな。人間舐めんじゃねえよ」
生憎、サーキュラーは先ほどの攻撃で動けずにいる。
ここで一発、撃ち込む。
ただの狩猟民族の彼が虹剣に勝つなど、夢物語だろう。
その定説は今、たった今、覆されたのだ。
「死にヅラ、人間じゃねえかよ。お前も」
サーキュラー、討伐完了。