メリーナ
王都軍事管理部
「なるほど。ヘヴン海域を超えたその先の先、ホウルヴィルという小さな村にかの黄金教徒幹部クラスの大物が現れたと」
屈強、それでいて聡明にも見える大男が唸る。
「はい。忍者隊によると、その一つ手前の大きな村、時の村に何者かが助けを求めたらしく、時の村衛兵所の管理人、モラル・メルクの指導により、周辺の村村からも衛兵や冒険者が集められ、戦闘隊形を形成している模様です」
胸に徽章をつけた若い兵士が伝える。
そこに細身の何やら高貴な服装の男が入室し小言を挟む。
「まったく。まだクレア王国との緊張も、黄金教徒の再来も危惧しているというのに…」
軍部最高責任者は聞こえるように軽く舌打ちをし、向き直り礼をした。
「申し訳ありません。貴族長マリア様。早急に対処致します」
「まあまて。今、時の村にはニュートリアス家の次男坊が派遣されているとの事だ。確かになんの報告もなく戦を起こすことは感心せんが、黄金教徒の足取りを少しでも掴めるなら止むを得まい」
礼を崩さぬまま静かに答える。
「はっ。相手は暴徒。暴徒相手に形式的な宣言は不要。国民の不安を煽らぬ内に、少数精鋭の我が国選りすぐりの冒険者パーティーを送り出します」
貴族長、マリアは少し目を細める。
「して、そのパーティー名は?」
そばにいた若い兵士もその名にあてがあるのか、ゴクリと喉を鳴らした。
「『悪魔の下僕』を呼びます」
ーーー
ゴルフォール大橋
騎馬に乗った多勢が橋を駆け抜けた。
「ホウルヴィルまであとどれくらいだ」
「このスピードだとあと二〇程で到着するかと」
前衛は騎馬に乗った時の村の衛兵Aクラス、グーラ、レアド、リトーが配置されている。
その後ろに戦闘系冒険者と衛兵Bクラス、周辺の村の衛兵や冒険者。
最奥に衛兵Mクラス(魔法使い中隊)、魔法使い冒険者、その他の冒険者が就いた。
まず第一陣で騎馬に乗った前衛がホウルヴィルを包囲する。
メリーナがまだ村にいるかを『探知』のスキル持ちに確認してもらい、いた場合はグーラとレアド、リトー、マルタが先陣切って突入。
メリーナが精神異常系統の魔法を使用した場合、直ちにグーラが『回復』のスキルを使う。
通常の戦闘能力は分からないため、訓練を詰んだマルタが至近距離戦に持ち込み、レアドとリトーがカバーする。
戦況が安定してから走りでホウルヴィルに向かってきた中衛にも参加してもらい、後方から後衛の魔力、魔法援助を受ける。
これぞ段階包囲作戦。
3フェーズに分けて敵の注意を散らす。
果たしてこの作戦が効くような常識的な相手なのかどうか。
ーーー
美扇達
「やっぱり森続きだ…出口も村も見当たらねぇ」
今頃レアドとリトーはどうしているだろうか。
もしかしたら信じてもらえていないかもしれない。
クエストとして依頼しても誰も受けてくれていないかもしれない。
その場合ホウルヴィルの人達はどうなってしまうのだろうか。
「ボウズ、なにか使い勝手のいいスキルはないのか」
脳内を泳ぐもめぼしいものはない。
「…くそっ! もし俺のスキルレベルが高ければ・・・」
メリーナの前では怒りの超パワーも発動されなかった。
恐怖に屈するしかなかったのだ。
これだから全スキルレベル1は…
「俺は落ちこぼれだ。何も出来ない。今だってそうだ。心のどこかでは自分が傷ついてまで他人を助ける意味はあるのか? 放っておいてもいいんじゃないか? って思ってる。俺が一丁前に何かを成し遂げるってこと自体間違ってたんだよ」
ああ。
また悪い癖だ。
不都合が生じると自分に責任を押し付ける。
否、押し付けたように見せかけて逃避している。
自分の心も騙せないのに、ましてやボルダーとフィリアに気付かれないわけがなかった。
「おい、しっかりしろ。今はボウズだけが頼りなんだぞ」
「ミオ…」
「ああもううるさいな! 大体なんで俺が旅に出なきゃ行けねんだよ。バルクレアが言ってたことも正しいさ。大した理由もねえのにカッコつけて王都目指して。無駄死になんて明白だよ」
目頭が熱くなる。
もう止まれない。
止められない。
「もういいだろ。放っとけよ! どうせ俺に出来ることなんかないんだ」
風が木々を揺らす。
心に空洞ができたみたいだ。
脳の質量が軽くなっていくような感覚を覚える。
「おい」
頬を鈍く突いた痛み。
その衝撃で身体ごと吹き飛ばされた。
「がはっ」
口の中に鉄が広がる。
口の端から液体が零れる感覚。
「フィリアがいる前でなんてことを言うんだお前は!一緒に助けるんじゃなかったのか! あの時俺に説教したお前はどこにいったんだ! お前の心持ちはその程度だったのか」
殴られたのか。
額に血管が浮かぶほど激昂したボルダーを見て、自分の行動を省みた。
「そんな腑抜けに今までついてきたとは。私の慧眼も当てにならんな。何がラディアンスだ。今のお前からは一欠片も輝きを感じない」
「あんたに…あんたになにがわかるんだよ!」
「ミオ!」
反論しようとした俺の前に涙目のフィリアが立ち塞がる。
ぴしっ。
弱々しく、哀しい痛みが頬を貫いた。
ボルダーが殴ったのとは逆の頬をはたいた。
痛かっただろうな。
「お願い…もうやめてよ。あたしの家族探してくれるんでしょ? 今までみたいに助けてよ」
目も合わせられない。
「あたしを旅に連れてってよ」
顔を上げると実にきれいな月と、頬を濡らすフィリア。
涙は月明かりを反射して、とても綺麗だ。
俺の醜さが際立つほどに。
俺は根本的に間違ってたのか…
立ち上がる。
埃もはらわず。
すぅ
「・・・ごめん。まだはっきり覚悟が決められたわけじゃないけどもうそんな悲しい顔はさせないから。まだ諦めないから」
なんて綺麗な景色だろう。
頭は重く、それでいてスッキリしていた。
「行こう。フィリア」
ーーー
「見えました!ホウルヴィルです」
ついに第一陣が到着。
各自持ち場につき、『探知』の結果を待つ。
「不気味な静けさだ…」
「…本当にいるのか?」
ザワつく戦場。
チリーン…チリーン…
「な、なんの音だ!?どこから聞こえる」
「レーダーの結果は!」
走りよってきた兵士が体を小刻みにふるわせ、ついでに声もふるわせて告げる。
「レーダーに反応あり…敵の数…お、およそ五千です!」
ゴーン…ゴーン…
カーン…カーン…
チャリーン…チャリーン…
多種多様な金や鈴の音。
その壮大さに不気味さは増す。
報告しに来た兵士は、その音の不気味さと、これから始まる大きな戦の緊張で泡を吹いて倒れてしまった。
「ぐぉお…!意識を持っていかれる…」
「これは…まずいですね」
そう言うとグーラは鐘の音に負けぬ大声で詠唱する。
「無効!」
そう言うと、みんなは目が覚めたように正気に戻り、冷静さを取り戻した。
「出撃ー!」
雷鳴のごとく響く人々の怒号。
「私の相手は誰なのかしらね」
「俺だよ」
大剣を両手に仁王立ち。
その姿は正しく戦士。
マルタは大きく大剣を振り、ぶん!とただ振り下ろした。
ずぁっ!…
剣の軌道は霧がかった夜闇を割き、メリーナを囲んでいた死神装束の下僕を斬り伏せた。
「なるほど…まさかこれほどの人間もいるとはね」
「これくらいで驚いてもらっては困るな」
すかさずグーラが追撃。
「一太刀・爆散陣」
いとも容易く体技を披露し、メリーナを驚かせる。
「私の精神異常魔法、【鉤虫】を無効化したのも貴様だね?魔法より上位となるとスキルの発動。察するに『効力無効』だろうな。インネイトスキルだ。生まれつきの代物。羨ましいねぇ…その身体頂戴」
「スキル名は少し違いますが大体あってます。よく喋りますね」
二太刀目。
「二太刀・空斬剣」
マルタの切った夜闇をより深く穿つ。
「もしかして貴方。ニュートリアス家の末裔?なら私の敵だわ殺さなきゃ。殺さないと、いや、殺せない、ごろ…す…」
眼帯がハズレ堕ちた。
目が赤色に煌めく。
そして目にも止まらぬ空中移動。
「こいつ…!急に早く…」
「ここは任せてくださいっ!スピノス!頼む
!」
「んもう。こいつこの前私を起こしたやつじゃない!相性悪すぎて却下したけれど」
やはりクレイを殺したのはこの少女だった。
「んふふ、あの時の武器精霊…。魔法学を極めた私が屈服できなかった者…あらやだ敵だわ」
狂気の沙汰だ。
死神装束の取り巻きは中衛と後衛が相手をしているが、やはり数で分が悪い。
「リトーさん!援護してください!」
「わかったわ!熱圏・蒸化!」
これもメリーナの髪に掠るも紙一重で躱された。
「そんな攻撃効かぬは小娘が!」
ぶしゅっ
鮮血が飛び散りリトーの服を染める。
「うあぁあぁぁがっ…」
墜落し痛みに悶える。
苦しみから涙と唾液の分泌が止まない。
物理攻撃と魔法攻撃の合わせ技だ。
ただでさえ気の狂いそうな痛みが魔法によって上乗せされている。
「リトーさんっ!」
体は痙攣し、声も発せないほどだった。
「グーラさん!リトーさんを!」
「わかった!今行く!」
「ぬあっ!」
マルタ一人では押されてしまっていた。
「あなたもさようなら」
メリーナの鋭い爪が腹部にくいこみ、深く抉った。
「ぐあぁぁあぁ!」
どさっ
リトーに続き墜落した巨体はピクリとも動かなかった。
「お、オマエエエェェエェェエェ!!!」
「ま、待て!レアドくん」
レアドはメリーナに追突した。
「お前はっ…!許さないっ」
歯を食いしばり剣をしぼり、一閃。
「怒気・崩壊鍵」
空気が振動し、地表まで到達。
死神装束の取り巻きを巻き込み、随分と闇を晴らした。
しかし、その一撃もメリーナの前に儚く散った。
すみません。
ミオウさん…。
予想以上でした。
お父さん…言う事聞かずに勝手にいなくなってすみません。
最後にこの世界に…
歯が軋み、こぼれる血を止めようとするが叶わず吐き出す。
「…この世界に…ごフッ…クソな世界に!」
メリーナはハッと目を見開く。
「さようならだ」
ーーー
数年前
エフォートビレッジ内の研究室にて
「フイッシュくん。君は優秀だが危険思想をもちあわせている。自らを犯してまで倒す敵なんているのかね?」
その時レアドが開発せんとしていたものは体に埋め込む魔法式自爆装置だ。
何故そんなものを作るのか。
父さんのせいだ。
父さんがあんなんだから。
おれはすべてしっているのに…
次回はレアドの過去から始まります。
今回もご視聴ありがとうございました!