白金の山のピンチーモンキーファンシー
「もうそろそろ白金の山か」
たっぷり休息をとった俺達は、再び歩を進めていた。
「あそこに見えるギザギザが白金の山の特徴だ」
「えぇぇぇ!?あたし達あれ登るの!?」
「しょうがないだろ。俺は何食わぬ顔でお前を置いていける自信がある」
頭に鈍い衝撃が走る。
「フィリアちゃんを置いていくなんてできません!この鬼!」
リトー。
すっかり元気になりやがって。
嬉しい限りでもあるが。
ってか痛い…
「それじゃあまずは私が時間停止しながら様子を見てこよう」
「お父さん。お気をつけて」
ーーー
エフォートビレッジ郊外
「はっはぁ…!全く退屈しねえぞ…お前らなかなかやるなぁ…」
依然、ウォン、ブロウ、ブレアによる神杯を巡る戦いが繰り広げられていた。
あまりの激しい戦いから、観客はほとんど逃げてしまっていた。
最早この試合を仲裁するレフェリーはいない。
最も強いものを決めなければ終わらない戦いとなってしまった。
「おっさんよお。あんた本当にただの宿屋のオーナーかよ…その神杯を手放さないってことはないか知ってるってことだよなぁ?」
「はてさて。なんのことやら。私はただこの美しい杯をどこぞの馬の骨とも知らないガキにくれてやる気はないってだけさ」
「んだと…」
ブロウが『暴風』で風を起こし、ウォンが『重圧』で生み出された台風の勢力を失わせる。
二人の力が拮抗していた。
そんな中に一人。
静かに力を貯めている者がいた。
「『流星』…」
ーーー
「どうでした」
「特に何も見られなかった」
美扇達からすれば一瞬の出来事。
しかし、ボルダーにとっては何時間もの時が流れていた。
ボルダーは大まかに山を散策したが所見はなかった。
「なら、ブレアが言っていたような心配はないな」
ボルダーから受け取ったリモ電を見つめる。
異世界で通信機器なんて珍しい限りだ。
「あのブレアとかいう少年とイデア更新したんだったな。これからも機会があればイデア更新は交わした方がいいぞ」
「ボルダーさんがまだ冒険者だった時もこのシステムはあったの?」
「ああ。ピンチの時はお互いを呼びあって支援する。仕事が終わったらそのまま酒場に行くことも多かったな」
「これってその当時、ボルダーさんが使ってたリモ電なの?」
「そうだ。調べれば旧友の名も見られる…お、こいつはブロウ・ターボランス。『暴風』の使い手で、たくさん世話になったな。今は何をしているのだろうね」
「思い出も保存しておけるのね」
「お、お父さん!すごい人数とイデア更新してたんだね」
「ま、今となっちゃ相手側のリモ電がぶっ壊れてる可能性もあるから使えないだろうがな」
元A級冒険者、ボルダー・フイッシュ。
その実力や知名度は確かだったようだ。
「さあ、行こう。時間が経てば何が起こるかわからない」
ーーー
「『流星』…」
「な、なんじゃこりゃァァァァ!」
「なんてデタラメなスキルじゃ…」
空から降り注ぐ無数の流星は、ブレア達の周囲に激突し、炸裂した。
「うおぉぉぉぉぉ!」
「ぐぬぬぬぬ…」
数分経つと砂塵もおさまり、砂煙の中からブレアがでてきた。
「ふう…久々に使っちまったな〜。体技じゃスキルに勝てないし…しょうがないよね。金の杯は貰ってくぞ」
「ま、待て…」
フラフラになりながらも立ち上がるウォン。
もはや立ち上がることが出来ないブロウ。
「なんだよ。もう俺っちの勝ちでいいだろ」
「そんなデタラメな力…お前どこの傭兵だ…」
「王都直属の冒険者。巷では竜殺のブレアとか呼ばれてるらしいな。あまり自分では名乗りたくないんだけど」
「ま、まさか…ブレッシングズの…」
そのまま倒れ込むウォンを横目に台に置かれた神杯を掴み、そのまま風呂敷につめた。
「さて、帰るかね。おーい皆ー。勝ったぞぉ!」
ーーー
「何だこの登りづらい山は!」
金属のような材質の山の為、ツルツルと滑る。
王都で目覚めた時に幽閉されていた闘技場の壁のようだ。
「ふん!あたしの踏み場だけ、消耗体力の少ない岩石に変えちゃうもんね!置いてかれるのはミオの方だったようね」
「このガキ!」
「あなたもまだガキでしょ!?」
「相変わらずミオウさん達は仲いいなぁ…」
「「よくない!」」
ベタなハモリを生んでしまった。
「この先、マニューバー・サルと呼ばれる猿の武術軍団の住処があるから、無駄に刺激するなよ」
「嫌な予感しかしないのだが」
「なんかあそこにいない?」
「おいやめろ。フラグって言うんだぞそういうの」
「なにか落ちてきます!」
「こんな足場の悪い場所で戦闘はゴメンだぞ!」
「ここら一帯地面を岩石に変えるね!錬金!」
「でかしたフィリア!」
岩石化していない金属に何かが落下…いや、着地した。
「ま、マニューバー・サル幹部クラスだ!なんでこんなに凶暴化している」
「ボルダーさん!どういうこと!?」
「普段ここの猿は大人しいんだ。こいつら興奮してやがる」
「またこのパターンですか…」
「やるしかないですね。チェンジ!」
「やめろレアド!こいつらのスキル耐性は…!」
レアドのスキル、『空間転移』は、以前の説明の通り、空間と空間を交換するスキルだ。
レアドは猿の臓器と手にした剣をチェンジしようとしたが、猿はそれを瞬時に読取り…
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?!!」
「レアド!」
なんとか筋肉でつなぎ止められているが、腕は切断されかけた。
相手の猿が対象の空間に尖った白金の山の地面をめくり、投げたのだ。
「うぅっ!」
「レアド!くそっ。応急手当だ」
「フィリア!相手はスキル抵抗が強いらしいから無駄に錬金すんなよ!」
「わかった!」
「リトーはレアドを頼む!」
「レ、レアド」
いつになく狼狽えるボルダー。
元々レアドに傷ついて欲しくなくて旅に出すのを拒否していたのだ。
無理もない。
だが、この猿相手にはボルダーさんが不可欠だ。
「ボルダーさん!しっかりして!今はあいつを倒すことに集中するんだ!」
「う、うぅ…」
「ボルダーおじさん…?」
「うおぉぉぉぉぉぉあっ!」
刹那、一瞬の煌めきと共に、目の前の猿は両断。
細切り。
塵と化していた。
「フゥ…ふぅ…」
倒れるボルダー。
「ボルダーさん!」
「あれだけスキルを使ったらこうなるよ…」
「まずいです!レアドさんの脈拍が低下しています!出血も止まりません!」
「くそっ!」
背後に新たな落下音。
「ミオ!またでかい猿!」
「どうすれば…!」
そうだ。
こんな時こそリモ電を使う時だ!
頼む!
来てくれ、ブレア…!