スレンダー美女は我がパーティーにあり
リトーは呆然としていた。
その日も、また次の日も。
かれこれ1週間ほどほとんど動かずにいた。
もちろん食事も摂っていない。
こうなってしまったのも、先日の事件の所為である。
ーーー
「女の子が轢かれた!そこを通して!」
いなくなってしまったピリーを探していた時のことだった。
突然の衝突音に加え、村の人々の悲鳴が飛び交うなか、一人呆然と立ち尽くしていた。
担架に乗せられ、全身を痛々しく青く染めたその少女は正しくリトーの探していたピリーであった。
リトーは最早、自分がその後どうしたのかを覚えていない。
家にそのまま帰ったか、ピリーの運ばれる方へ行ったのか。
どうしてピリーは自分を残してこの世を去ってしまったのか。
ーーー
「うぅっ…」
嗚咽と涙が零れ、虚しく宙に消えた。
嘆いても戻ってこない絶望と、この先の不安を背負う。
帰ってくればピリーがいた部屋。
ピリーの為に財布から捻出して買ったテディベア。
たまの日に外へ散歩する時に着せたフリル付きのワンピース。
そのどれもが、主をなくし、居場所をなくしたように振舞った。
もう、どうでもいいや。ピリー、待っててね…
そんな時、外から五月蝿い声が響いてきた。
ーーー
「なあフィリア。あの子、元気にしてるかな」
「またどこかで走ってるんじゃないの?確かにあれ以来見ないけど」
いつもの帰り道。
フイッシュ親子がバイトに付き合ってくれてから、仕事のスピードは格段に早まった。
それというのも、レアドの父のボルダーが強すぎるのである。
彼は『時間停止』という能力を持ちながら、発動後には多少のラグが発動するハンディを負っている。
それにしても、彼の強さは別格であった。
さすが元冒険者と言うべきであるが、そんな人が今まで商業で大成してきたなんて思えない。
詳しい話は聞いていないが、妻との別れがそうさせたらしい。
「ってか、ボルダーさん…しれっと会社辞めたとか言ってましたけど、平気なんですか」
「ああ。あれは生きるためだけの手段だったからね。それに、思い出したんだよ」
「なにをなの?」
「確か、王都へ向かう途中、ヘヴン、と呼ばれる海域があっただろ。そこら辺に命の実、『ライフ』がなるという。冒険者時代は血相を変えて見つけに行ったが結局見つからなかった」
「お父様。それはいかような効果が…」
ボルダーは少し下を向いて言う。
「死者の…蘇生だ」
ーーー
死者の…蘇生…?
リトーは覚醒する。
「ねえ…」
「うおっ!大丈夫ですかっ!?ってか、もしかして武器屋さんの…」
「その実は本当にあるのね!?」
「あ、あぁ…市場に回ったことが何回かあるくらいだが…」
窓から身を乗り出して言う。
「私も…私もそこへ連れて行ってよ」
「え、ええ?本当に大丈夫なんですか!?危険な旅なんですよ」
「覚悟は出来てるわ」
「少し話を聞かせてくれないか」
状況を掴めない俺は、近場の酒場で話を聞くことにした。
ーーー
円卓を5人で囲む。
「それで、どうして冒険に行きたいなんて…」
「私の一番の家族を取り戻すため。そのためならなんでもする」
「お言葉だがお嬢さん。今回の旅は一筋縄では行かない。当時A級の冒険者登録をしてた私でも見つけられなかったんですよ?」
「わかってる。それでも何もしないなんて出来ないのよ!」
叩卓して言い放つ。
「ミオウさん、いいじゃないですか」
レアドは真剣な眼差しでうったえた。
「僕だって夢を叶えたくて行くんです。リトーさんにもしなくてはならないことがあるのでしょう」
「そうだな…改めて。俺は美扇。そしてこのちっこいロリっ娘がフィリア。このごつい鎧の野郎がレアド…ってかお前ら初対面の時路地裏で喧嘩してたよね…?そしてレアドのお父さんのボルダーさん」
「私はリトー…リトー・バッツェよ…あの件に関してはどうも」
フィリアはロリじゃない!と噛み付き、レアドはそういえばと思い出し赤面、ボルダーさんは礼儀正しく一礼する。
「ごちゃごちゃなメンバーで悪いけど…ところで本当に僕達の旅についてくるなら、少しだけ待っててもらいたいんだ。なんせ、今やってる仕事終わらせなきゃだから」
「なんの仕事?」
「外壁工事の手助けだよ」
ーーー
サン・イン
「そういえばリトーさんの旅に出たい理由聞き忘れたなぁ」
「リトーさんの話から誰かを生き返らせたいことは確かだけどね。魔王だったりして」
「怖いこと言うなよ…」
二人で寝るのはすっかり慣れたものだ。
今では元コミュ障を感じさせなくなってきた。
いや、元々コミュ力はある方なのだが、ひきこもり生活からそうなってしまっていただけだったな、と思い出す。
「ミオ、本当に蘇生なんて出来ると思う?」
俺は答えあぐねる。
「俺が住んでたところではいろんな意見があったけどな…」
「あたしはね、できると思うの」
それもなんで、と尋ねる。
「ソウルは心にあって、それは死んじゃうと宙に戻っていくの。それで大切な人をずっと見守ってるんだよ」
そんな理想、俺の中からはいつの間にか無くなっていたな。
「そうだね」
少なくとも俺は、宙に浮くなんてことなく、こうして異世界に召喚された訳だが。
「あたしのおばあちゃんが言ってたから…いまも…みて…る」
よほど眠かったのか、喋りながらフェードアウトしたフィリアに驚愕しつつ、俺も寝ることにした。
ーーー
「ふわあぁぁ…」
外壁工事も最終段階に移行している。
このままのペースで行けば今週には終わりそうだ。
そうすれば貯めた資金を元手に、次の村、ホウル・ヴィルに向かうことになる。
お世話になったこの村のみんなとは一時お別れ、となる。
感慨深い。
「あっ!おはようございます、ミオウさん!」
いつも通り元気よく手を振るレアドに手を振り返す。
「そいや、学校どうすんの」
何気なく尋ねる。
「もう辞めましたよ。実際僕、研究レベルまで上げましたからね…もう学び尽くしてますし。まあ、先生方には惜しまれましたが…」
なにこいつ!すげえハイスペックだなおい!
「そいつはすげえ…その頭分けてくれよ」
レアドの頭をわしゃわしゃしてやる。
「若者は朝から元気ですな」
「私もあの頃に戻りたいものです」
すっかり仲良くなったおっさん二人組のボルダーとマルグスは、暖かいお茶を飲みながら談笑している。
フィリアはまだ眠そうだ。
「おはようございます」
そこに別の女性の声。
「あ、あんたはリトーさんじゃないか!どうしたんだ!」
「私は一時でも早く進みたい。から、求人を見つけてきた。もう佳境なのね。今週には終わりそう」
リトーは生きる意味を見つけた。
昨日よりは血色良くなっているようだった。
次に会ったら誰を蘇生するか聞きたかったが、いざとなると申し訳なくなりきけない。
「あぁ!すぐに終わらせよう!」
もうじき森の獣や昆虫が動き出す。
「今日も気を引き締めていこう!」
おうっ!と全員が返し、今日も仕事が始まる。