ダンジョン内の宿屋さん
よろしくおねがいします
結局あの後、ひとみと奈緒と食事をして、ついでに連絡先を交換していた。
念の為奈緒の体調の事を考慮して日曜日の探索はしないようであるが、秀平は一人で日曜日に東京ダンジョンへと赴いていた。
昨日の探索で得た収入は手取りで20万ほど。ネズミの素材が意外な高値となっていた。
どうにも冒険者ギルドに卸される素材の割合的に最前線の素材と低階層の素材の割合が高く、秀平が潜っているような十階層以降から先の素材は不足気味のようである。
ちなみに今のダンジョン深度最前線は32階層らしい。
中々良い情報を知る事が出来たと思いつつ、秀平は昨日の続きとして、再び13階層から潜る事にした。
13階層から新たに出現するネズミを倒しながら、アリの軍団を殲滅する。
昨日トラブルが無ければこの程度のモンスター相手にはいつまでの潜っていられそうだなと考えながら魔法で屠る。
まだまだ本気を出して討伐、とはいかない難易度だ。
現状、モンスターの数に任せた攻撃しか受けていない状況で、数の勝負であれば魔法を相手にするには不足にすぎる。
数多の礫や風の刃を射出するだけで殲滅できてしまうので、対多数の相手として魔法使いは最高の相性であると言えるだろう。
何度目か分からないモンスターの襲撃を軽く殲滅した所で昨日と同じ場所に存在する石碑へと到達し、第14階層へと移動する。
14階層で遭遇したのも同じオオネズミとアリの軍勢だ。その数は20程度の群れとなっているが、戦術は13階層と代わり映えせず、数に任せた攻撃である。
もうちょっと対応にバリエーションが欲しいな、などと思いつつその群れも蹴散らしていく。
数が数だけにドロップアイテムの数も増え、収入的には美味しい事になっているのだが、もう少し刺激が欲しいなどと我儘を考える。
恙無く次の階層への石碑を発見できたので、秀平はすぐさま第15階層へと移動した。
15階層ではネズミ、アリ、コウモリと、各種モンスターの身体が若干大きくなって現れた。
強い=大きいの理論を地で行くモンスターの変化にこれで知能がもう少し向上すれば面白いかもなぁと感じはするが、ダンジョンが秀平の事情に合わせてくれる訳もないので思っても口には出さない。
身体が大きくなった分なのか、ドロップアイテムの質も良くなっている。特に魔石は大きさが顕著に変わっており、換金後の収入に期待が持てそうだと感じた。
そうしてモンスターを発見しては殲滅を繰り返して通路を進んでいると、ある一角にそれはあった。
まるでダンジョンの一部のようでありながら、異質さを感じる扉だ。
こげ茶色の扉は控えめな自己主張を行っており、それが人工物である事を明確に示している。
この扉は一体なんだろうか、と少し考えてから、秀平はダンジョン案内に記載されていた項目を思い出した。
「これ……ダンジョン内宿屋の扉か」
それはダンジョン内に設けられた宿屋。ダンジョンの構造が変化する時期と同時にランダムに階層に出現する異世界への扉だった。
初めて遭遇したこの扉に秀平はどうしようか一瞬迷ってから、扉に手をかけて、開いた。
「いらっしゃいませ~」
扉を開き中へ入るのと同時に、愛想の良い女性の声が聞こえ、奥からパタパタと一人の女性がやってくる。
その服装はゴシックなエプロンドレス姿で、ひと目で給仕であると分かる見た目だ。
だが彼女は鮮やかな緑色の長髪をたなびかせ、何よりも耳が長い。ファンタジー大作の映画で見た事のある容姿をしていた。
彼女は、エルフだった。
「えっと、初めて来たんだけれど……」
若干の困惑を起こしながら秀平が言うと、女性は笑顔で応じてくれる。
「はい、ここに来る人は大体初めてですよ。お客さん一人ですか?」
「えぇ、一人です」
「そうですか。ちなみに何階層から?」
「えっと、15階層ですね」
「あぁ~、15階層にも出来てたんですねぇ扉」
なるほど~、と言いながら一人頷く女性はその後すぐに再び笑顔を向ける。
「ここはダンジョン内の宿屋兼お食事処です。良かったらご飯を食べていかれませんか?」
「えぇっと……じゃあ、食べていきます」
「はい! それじゃあ、一名様入りま~す!」
女性はそう言うと秀平を案内し、一つのテーブル席へと誘導する。
秀平は周辺を見渡しながら、そのテーブル席へと着席した。
店内は小奇麗にされており、店員はエルフの女性の他にも数人が給仕を行っていた。
どの人物も黒目黒髪の日本人とは似ても似つかぬ容姿で金髪であったり緑髪はもちろん、ピンクや紫などかなりバリエーション豊富であった。
そして、どの女性も少し見て分かる程度には、鍛えられていた。
「お客さん、日本語読めますよね。こちらメニューになりますね」
そう言って手渡されたメニューは日本語で書かれた手書きのメニューであった。
内容は肉、魚、野菜メインと分かれており、デザートも載っている。金額の単位としてはどうやら魔石の重量での販売となるようだ。
ここで日本円が通用するとは思っていなかったのである意味予想通りだな、と考え秀平は一つの食べ物に決める。
「すいません、野うさぎのソテー、パンとサラダスープ付きで」
「は~い」
秀平のオーダーにエルフの給仕が手早くオーダーを通し、他の客への給仕を行う。
他の客とは言ってもそれほど多く存在する訳では無い。それに客も明らかに日本人では無かった。
なるほど、異世界ねぇと異国情緒を感じながら、先に出されてきたパンとサラダ、スープを眺める。
「パンはおかわり自由なので、遠慮なくどうぞ。サラダとスープのおかわりは魔石10グラムです」
「ありがとう」
給仕の置いていったパンとサラダ、スープを確認する。スープは普通のコンソメスープに見えるし、サラダも緑葉色野菜中心のものだ。
パンを手に取るとハードブレッドタイプのものである。手でちぎってからスープに浸して食べると、中々美味しかった。
パンを一個スープで食べていると、すぐに鉄板に載せられてジュージューと音を立てる肉がやってくる。
「はい、どーぞ。野うさぎのソテーでーす。お客さんパンのおかわりいります?」
「あ、じゃあください」
はいは~いとバスケットから一つパンを新たに置いて行く給仕を見送ってから、肉へと手をつける。
フォークとナイフを手に取りナイフを入れるとスッと柔らかく肉に通り、綺麗に切れる。
良く焼けており、断面は綺麗だ。
上からかけられた茶色いソースはみじん切りにされた玉ねぎが形を残しており、香ばしい匂いを上げている。
そうして肉を口に運ぶと、芳醇な旨味が口の中一杯に広がった。
うん、うまい。
見た目通りの美味しさを発揮する肉に食べる手が進む。一口、もう一口と肉とパンを交互に食べて、鉄板に残ったソースをパンでこそぎ落として食べる。
秀平は異世界の料理に満足していた。
さて、料理がこれだけ美味しいなら食後のデザートもありなんじゃないかな、と思いながらメニューを眺め、食後のデザートを決める。
「すみません、プリンとアイスのカフェオレください」
「は~い」
オーダーしてすぐにやってきた皿に盛られたプリンとグラスに入れられたカフェオレ。
プリンは市販のものより甘みが強く、手作りの味を演出している。
そこに苦すぎないカフェオレがマッチしていて、非常に美味だった。
「お客さん、気に入ったみたいね。アイスカフェオレとアイスコーヒーはおかわり無料だから」
「あ、じゃあカフェオレおかわりいいですか」
「はいは~い」
そう言って自ずとおかわりを注いでくれる給仕の女性に、秀平は質問を行う。
「あの、そういえばなんでダンジョン内で宿屋と料理を?」
「ん~、なんていうか、バイト? いや求人があって応募したらダンジョン勤務だったっていう、そんな感じ」
「へぇ。でもお姉さん、異世界の人ですよね」
「そそ。この空間だけは、異世界のダンジョンとあなた達の世界のダンジョンで繋がっている場所になってるんだ」
「なるほど……他のお客さんも異世界の人ですよね」
「そうだよ。他のお客さんは私達の世界のダンジョンから来てる人だね」
「店内への入り口が違うんですか?」
「うん、あなたの入ってきた入り口はあっち。私達の世界の人達はこっちの入り口から入ってくるから」
なるほど、と関心しつつ給仕の差す先を見る。そこには別の扉が存在しており、そこが異世界への入り口となっているようだった。
「あ、あなた達日本の人は向こうの扉からは出られないようになってるから、安心して。間違えて異世界に行っちゃったなんて事は起こらないよ」
「あ、そうなんですね。ちょっと残念かな」
「あはは、確かにね」
給仕と談笑をしながら、さてとと席を立つ。食後のデザートも食べて腹は満たされていた。
「お会計をお願いします」
「はいはい。魔石払いね~」
給仕に鞄の中から出した魔石を渡して、彼女が重量を測る姿を眺める。天秤などではなく、台に載せて計測している事から日本とそう変わらない道具があるんだろうなと考える。
文明的には、日本とそう変わらない水準の発展をしている世界なのだろう。
女性は測り終えるとお会計をしてレシートを渡してくる。
「まいど、ありがとうございました。今度は宿のほうも利用してみてね。ウチのお風呂は温泉だから」
「へぇ温泉ですか。機会があったらぜひ利用させてもらいます」
ありがとうございました~、と給仕の女性の挨拶を背に受けながら、秀平は再びダンジョンへと戻ってきた。