冒険者登録研修と魔法の獲得
よろしくおねがいします。
天井と壁を囲む土。まさしく洞窟の中に居る。
秀平達冒険者登録研修に参加している10名が転移してきたのは東京ダンジョンの第五階層であった。
しんと静まった中ではあるが、周囲には今日登録する人間が他にもいる。その事に少し安心を覚えながら秀平はガイドを務める冒険者ギルドの案内人を眺める。
彼は秀平達を見渡して人数に間違いないか確認してから道の先頭に立った。
「それでは実地での研修を行います。この階層への転移手段に関しては既に体験していただいた通りとなります。では続きまして、実際のモンスターの確認と、遭遇した際の対処を実体験していただきます。どうぞ、こちらへ」
先導するように進んでいく案内人の後ろにぞろぞろとついていき、道を歩く。
「午前の講義にあったように、ダンジョン内は基本的にいくつもの通路になっております。一本道ではございません。どのようなルートを選ばれるかはご自身の状態を確認しながら進むと良いかと思います。また今回入場しております第五階層までのフロアに関しては、危険なモンスターは存在しておりません。いわばチュートリアルフロアとなっております」
ダンジョンに関して解説しながら進む案内人の言葉にへぇ、などと相槌を打ちながら進んでいくと、道の先にモンスターが出現した。
その大きさは50センチほどの、自然界のもので考えればかなり大きな緑色の芋虫である。それが、地面をゆっくりと這いながら進んでいた。
案内人はその芋虫を指差して言う。
「あれがこのフロアのモンスターです。それではこれから、アレの対処を行います。簡単ですので見ていて下さい」
そう言うと、芋虫まで無造作に近寄っていく。芋虫は全く関知せずに進んでいる。そこへ、案内人が蹴りを入れた。
「ピギュッ」
芋虫はそう一声鳴くと、青い光に包まれて消えた。その様子に秀平は思わずうわぁと心の中で呟く。
無抵抗の芋虫を文字通り一蹴。ちょっと悪どいなと思った。
「はい、これで芋虫は処理できました。このダンジョン内では、モンスターを処理すると青い光に包まれて消失します。またこの先の第六階層以降であれば、モンスターは消失と同時に魔石と、モンスターの落とす素材アイテムとに変化します。こちらに関しても午前中にご説明した通りです」
ただし、と案内人は続ける。
「第六階層以降に関しては、モンスターは人間を見つけると襲ってきます。先程の芋虫のようなモンスターはこの第五階層までしか出現しません。第六階層以降へ進む際には、それを心がけて下さい。それでは皆さんには、順番にこの階層で芋虫を倒していただきます」
そう言って、案内人は再び道案内を再開した。
「皆さんにこの階層でモンスターを倒していただくのは、第一に安全の為です。この階層の芋虫であれば魔石などを落とさない代わりに、攻撃を仕掛けてきません。また生き物を殺す事に慣れていただく必要もあります。そして一番重要なのが、ファーストキルの恩恵です。このファーストキルの恩恵というのは、ダンジョン内に発生するモンスターを初めて倒した際にその倒した方に与えられる、能力・スキルの恩恵です。例えば剣が上手く使えるようになる、魔法が使えるようになるなど、その恩恵は多岐に渡ります。皆さんにはこの安全な階層でそれを取得していただき、今後の冒険者生活をより安全に過ごしていただきます」
この話は午前の講習にもあった話だ。ファーストキルの恩恵は、本当に多岐に渡る。様々な技能を得られる、といった方が早い。だがその恩恵は今の所一度のみ与えられると言われている。
例えば東京ダンジョンでファーストキルの恩恵を受けた場合、他のダンジョンで初めてモンスターをキルしても恩恵は与えられない。人生の中で一度だけの、大事な能力追加である。
だがこの恩恵に関しては、本当の意味でその本人が望まない能力は与えられないというのが定説になっている。
望む力、例えば無敵の肉体だとか、不老不死だとか、そういった能力を与えられたものは存在していないが、それでも普通よりも頑強な身体、身体能力の向上といった能力は与えられる。
なぜそれが分かるかと言えば、講習後にこの能力を申告するのが義務として課せられているからである。
冒険者登録をした者がファーストキルの恩恵でどのような能力を与えられたか、それを知るのは冒険者ギルドの責務である。
秀平はこのファーストキルの恩恵でぜひとも、魔法に纏わる能力が与えられないかと望んでいた。
そうして一人ずつ、洞窟の中を進みながら芋虫を蹴り倒していく内に、ついに秀平の順番となった。
相も変わらずもそもそと動いているだけの芋虫を前に、秀平は息を整えてから思いっきり蹴り飛ばす。
「ピギュッ」
相変わらずな悲鳴をあげると共に芋虫は光と消え、秀平には、能力が与えられた。
まるでそれが当たり前のように、何か腑に落ちたというか、収まりがついたような感覚を覚えてから、秀平は思わず両の掌を見つめる。
そこには、思い描いた通りの不思議な光を放つ魔法陣──マジックサークルが掌に浮いて輝いていた。
「よっし、よっっっっっっしっ!!」
グッと握ってガッツポーズをする。本当に自分の望んだ通りの能力が与えられた。その事に歓喜を覚え大げさに喜ぶ。
先に芋虫を蹴倒していた他の参加者達も望み通りの能力を得たらしく、別に秀平を妬ましく眺めたりするような事も無かった。
こうして、全員がファーストキルの恩恵を受けた所で、先導を行っていた案内人がダンジョンの一角へと案内する。そこには入り口と同じ石碑が、光をはなつようにして置かれていた。
「さて、皆さん。これで実地研修は終了ですが、この石碑から外に出ますと今後は、第六階層へも移動できるようになります。第六階層から先へは皆さん自身の力で進んでいただく事になりますので、どうかお気をつけ下さい。それでは皆さん、外へと戻りましょう」
案内人に従ってダンジョンから外へと出る。
時間としては一時間程度しかダンジョンに滞在できていなかったが、それでも気が張っていたようだ。
外の空気と喧騒に包まれた途端肩の力が抜けたのを感じた。
そうして再び集まった冒険者登録研修生達は集団で午前の講義を行っていたプレハブへと戻り、各々の荷物を置いていた席へと着く。
それと同時に、プレハブ内へと書類を持った午前の講義を行った女性が入ってきた。
「それではこれより、冒険者証をお配りいたします。この冒険者証の受け取りと同時にファーストキルの恩恵を申告していただきます。こちらの申告は嘘偽りなく申告をお願いします。講義にてご説明した通り、こちらの申告が虚偽だった場合など、然るべき措置が行われますので、ご注意をお願いします」
女性はそう言うと同時に名前を読み上げ、呼ばれた者が冒険者証を受け取りに前へと進み出る。いくつかやり取りを行い冒険者証を受け取った者は、そのまま荷物を持ってプレハブから出ていった。
どうやらこれで解散で良いらしい。
秀平も名前を呼ばれると前へと出て、冒険者証を受け取った。
運転免許証のように登録番号と日付、自身の生年月日に氏名住所と顔写真の記載された冒険者証を受け取りながら、女性の質問に答えていく。
「それでは、ファーストキルの恩恵を教えて下さい」
「えっと、魔法が使えるようになった、と思います」
「魔法、ですか。どのような魔法が?」
「どのような……えぇっと、こんな感じです」
問いかけに応えるように秀平は掌にマジックサークルを浮かばせる。
その様子に、女性は一瞬虚を突かれたような顔をした後、書類に記載を行った。
「ありがとうございます、わかりました。お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様でした」
女性の声にぺこりとお辞儀をしてからプレハブを出ていく。今は昼を過ぎたぐらいだが、今日資格を取ってすぐにダンジョンへ、とは行けないのが決まりだった。ダンジョンへ実際に侵入するのは明日以降となる。
秀平はとりあえず、新宿ふらついてから帰るかと、一路新宿駅方面へと向かって歩き出した。
その背後では女性が秀平の項目に但し書きをつける。
『──未確認の技術形態と思われる魔法の発露を確認。今後注意されたし』