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獣狩り 七 ~ ローラン

***


 奇妙だった。ベリャーエフの双子、マイラとレイラの相貌は先生のそれと酷似していた。血筋が近いのか、それとも他に理由があるのか。カミルも私と同じ疑問を抱きながら、双子の顔を見ているようだった。双子は北東のツァーリの大公国の出身だと自己紹介した。遠く距離の離れたアルビオンの連合王国出身の先生と血筋が近いとは思えなかった。


 双子は私たちの目を気にもとめず、意気揚々として先生を置いて宿を出ると、製鉄に使う高炉やシュトゥック炉へと私とカミルを案内した。川に面した鍛冶場では大勢の人夫が働いている。その中には手洗いで選鉱を行う幼い子供や女性の奴隷の姿もあった。


「こんな密林の中に、よくこれだけの設備を作りましたね」


 カミルが感心した様子で双子に言った。水車と連動する二台の(ふいご)を兼ね備えた高炉はちょうど稼働している最中で、炉頂から白い煙を上げている。急な雨を避けるため、炉の上には(ひさし)が設けられており、煙は庇を伝って空へと抜けていく。密林に立ち並ぶ素朴な建物に対して、鍛冶場の設備は不釣り合いなほど近代的に見える。


 鞴を動かしている水車も直径が五メートル以上はあった。アルデラでは見たことがない、とてつもなく巨大なものだ。毎分八回転で馬二頭分の力があるという双子の説明では実感が沸かないが、その見た目だけで水車の力は十分に想像できた。巨大な水車から生み出される力がアコーディオン型の鞴に伝わり、灼熱となって鉱石を流れる鉄へと変えていく。


 ローランの鍛冶場は密林の暑さすらも忘れさせる、圧倒的な光景だった。それが文明から離れた密林の奥深くにあるというだけで、より奇妙に映る。


「冶金術は水がすべてですから」

「鉱山と森、高低差がある地域だからこそ」

「水流と燃料を使って操業できるのです」

「これほど恵まれた土地はありません」


 双子が声を揃えて説明した。彼女たちは私たちに合わせて明瞭なコルヴィナ語を使っている。かつて習ったということだったが、どこでどのように学んだのかまでは明らかにしなかった。


 彼女たちの顔は鏡写しのような同じ笑みに満ちている。しかし、彼女たちの領分であるはずの屍人形はどこにも見当たらない。これだけ大規模な機械仕掛けが施されている場所で、その動力の一端を担うべく造られた屍人形がいないのは不自然にも思えた。


「屍霊術は使っていないのですか?」


 同じ疑問を持ったカミルが鍛冶場を見渡しながら双子に尋ねた。


「……えぇ、とても残念ながら」

「シャンティ族は屍霊術を嫌っています」

「私たちは彼らを説得するために」

「今も努力していますが……」


 そこまで言って双子は言葉を濁した。双子はお互いに視線を交わしたが、結局カミルの問いには答えなかった。カミルもそれ以上は屍霊術の現状について追及しなかった。シャンティ族にはシャンティ族の信仰と思想があるのだろう。それを無理に変えようとして、移民してきた住民が不利益を被ることを、双子は避けているように見えた。


「しかし、村では常に学徒を求めています」

「鉱物を、錬金術を究めんとする学徒を」

「皆さんにもその気があるなら」

「私たちはいつでも歓迎しますよ」


 そう言って双子は私たちの手を取った。赤々と熱気が滾る炉とは対照的に、レイラの手は屍霊術士らしい、凍るように冷えた手だった。カミルの手を取ったマイラの手も同じように冷たいのだろう。カミルは少し戸惑ったような表情を浮かべていた。


 私は彼女たちを好きにはなれなかった。彼女たちの気前の良い態度は演技めいてはいたものの、その奥に隠された真意は不明だ。突然、宿に現れて村を案内すると言い出し、実際にその通りには動いているが、ただ親切なだけとは思えない。


 余所者である私たちに全く注意を払うことなく、人夫たちは汗を流して石灰を混ぜた鉱石や石炭を運び続けている。鉱石を採掘する鉱脈も村の近くにあるのだろう。そう言えば、彼女たちは最初に「鉱脈を司る者たち」について、私たちが知っていると言っていた。鉱脈と言うとクルジュヴァールの鉱山、その深奥で見た光景が思い起こされた。あの時、フラーテル司教の背後にあった坑道には、確かに異形の何者かがいた。


 私は急に気がかりになって、双子に問うことにした。


「あの」


「何でしょう?」

「何でしょう?」


 私が声をかけると双子は同時に振り返った。薄気味悪いくらい、その動作は均一だ。


「鉱脈を司る者たちというのは、何のこと?」


「……」

「……」


 彼女たちは少し首を傾げて沈黙した。


「先生が鉱脈を司る者たちから加護を受けたとも言っていましたよね? お二人も同じ加護を受けたとか……。何者なんですか、彼らは」


 カミルも思い出したように双子に質問した。双子は顔を見合わせ、声を潜めて言った。


「神秘に(まみ)えた者に加護を授ける」

「彼らに選ばれた者は星の子となるのです」

「星の子は皆、その証を身体に受けます」

「私たちも、貴方がたの先生も、同じです」


 星の子? 証を受ける? 何を言っているのか理解できなかった。


「どうして私たちを助けるの?」


「星の子となった者同士の絆ですよ」

「お二人とも見慣れているでしょう?」


 双子の顔に少女の笑みが浮かんだ。何度見返しても、その笑顔は先生のものとあまりにも似過ぎている。まさか、星の子の証というのは、この『少女の顔』のことなのか。私は小さく身震いして、自分の考えを振り払った。異形の者たちが人間の顔を変容させるなんて、どうかしている。しかし、フラーテル司教を『首だけ』にしたのも、あの異形の者たちだとしたら――。


 不吉な考えが私の頭を堂々巡りする。よくよく調べてみたら、ベリャーエフの双子は人間ではなく、何か得体の知れない存在なのではないかと思えてきた。


「この話は追々、明かしましょう」

「皆さんの目的は、ローランの獣」


「そうでしょう?」

「そうでしょう?」


 双子は涼しい顔をして、鬱蒼と茂る密林を指差した。


「行きましょう」


 小さく頷くカミルの額に汗が伝うのが見えた。双子たちに先導され、私とカミルは蔦や蔓植物に覆われた密林へと進んだ。道と呼べるようなものはどこにもない。しかし、双子はどのように進むべきか知っているようだった。


「ローランは呪われています」

「湖の獣の呪いによって」

「ボシュムトイ湖を守る獣」

「それは人間を狩るのです」


「バルトリーニ氏が調査しているのも、その獣ですか?」


「勿論、その通り」

「彼の目的は『湖の獣』です」


 双子はそう言いながら、代わる代わる器用に杖を振って道を阻む蔦を避けて行く。私たちは樹木の間を不慣れな足でなんとか彼女たちについて行かねばならない。小一時間ほど歩いていくと、急に開けた場所に出た。眼の前にあるのは静かに水を湛えた湖だった。


「ボシュムトイ湖です」

「シャンティ族の神聖な湖」

「神の獣の湖」

「鉱物を生む湖です」


 それは見たところ何の変哲もない、普通の湖のようだった。流れ込む河も流れ出す河もなく、どこにも通じていない。その水面にはゆっくりと泳ぐ魚の姿が見える。


「どうしてここが神聖な湖に?」


「かつてレイヨウを追っていたシャンティ族の狩人が」

「この湖でレイヨウが姿を消すのを繰り返し見て」

「狩りを断念して漁業を始めたのが由来のようです」

「以来、シャンティ族は湖を崇めています」


 狩人から獣を守った湖。この湖こそが獣の噂の発信源のようだった。


「レイヨウを狩人から救ったのは」

「湖に住む獣であるとも言われています」

「湖の近くで獣狩りに出る狩人は、逆に」

「『湖の獣』によって呪われ、そして狩られる」


 その時、甲高い鳥の鳴き声が密林の中に響いた。カミルが鳥の鳴き声に驚いて、そちらの方角を見ると、そこには見覚えのある茶髪の頭があった。


「バルトリーニさん」


「君たちか。何をしている?」


 バルトリーニ氏は鉈で植物の茂みを切り裂きながらこちらに向かってきた。


「今、ベリャーエフさんたちにローランの村を案内してもらっていまして……」


「まだ着いたばかりだというのに熱心だな」


 双子とは目を合わせずに、バルトリーニ氏は独り言のように言った。


「ベリャーエフさんたちから聞きました。『湖の獣』について調査していると」


「本当なら明日話そうと思っていたのだが、そこまで聞いているなら話は早い。君たちにも調査を手伝ってもらうからな」


 カミルが話しかけると、バルトリーニ氏は湖を見渡しながら答えた。


「バルトリーニ様は『湖の獣』を」

「生け捕りにしたいのですよね?」


 双子がバルトリーニ氏に声をかけた。その言葉には若干の哀れみが含まれているようにも思えた。


「……今は助っ人も来ている。今度こそ上手く行く」


 バルトリーニ氏は伏し目がちになって、踵を返して再び茂みの中へと戻っていってしまった。


「『湖の獣』を捕らえることなど」

「絶対に叶わないと」

「村人たちは話しています」

「神に挑むが如き所業だと」


 そう言って双子はせせら笑った。バルトリーニ氏を手伝う私たちも、彼と同じ哀れみの視線を浴びることになるのかも知れない。しかしそれでも、贋作師エルミールを探すという目的を隠すためには、獣の調査を隠れ蓑にするしか方法は無いのだろう。


 しばらく湖畔で隕鉄を運ぶ船や漁船が行き来するのを眺めた後、私たちはローランの村への帰途に着いた。湖畔で佇む間、獣の気配は一切無かった。


「『湖の獣』が人を狩るというのは……本当ですか?」


 カミルが先を行く双子に尋ねた。


「誰もが恐れる伝説です」

「皆さんは迷信と思うでしょうが」

「既に何人も死んでいます」

「身体を引き裂かれて……」


「それが獣の仕業であるという根拠は?」


 双子たちがゆっくりと振り返った。その顔に表情は無かった。


「『湖の獣』について知りたいのであれば」

「グラウバー様の集会に出ると良いでしょう」

「きっと皆さんも『湖の獣』について」

「信じることになると思いますよ」


「グラウバーさんというのは、この村の錬金術師だと聞きましたが」


「彼女は秘法で隕鉄を高品位の鋼に変えています」

「彼女こそ、本物の錬金術師です」


「錬金術師が何故、獣について集会を?」


「彼女もまた呪われた身だからです」

「彼女の父は無残にも獣に殺されました」

「それから、彼女は視えるようになったのです」

「『湖の獣』の呪いを受けた者と、その宿命を」


 ――まさか。にわかには信じ難い話だ。しかし、エルミールの関係者らしき人物が、調査すべき獣にも関係しているというのは好都合でもあった。


「よろしければ今夜の集会に」

「ご案内しましょうか?」


 迷っている時間は無かった。陽は傾きかけている。私たちは一旦、宿まで帰って先生を呼び出し、ベリャーエフの双子とともに集会へと赴くことにした。先生はベリャーエフたちを一目見て、初めて息を呑んだ。先生自身もまた双子との相貌の酷似に驚きを隠せないようだった。


「君たちは……どこかで会ったかね? まさか、いや……」


「いえ」

「全く」


「フムン……。まぁ、とにかく今日は助手たちを案内してくれてありがとう」


 先生はすぐにいつも通りの落ち着きを取り戻し、双子に案内を任せた。双子の後に着いていくと、やがて村の外れにある石畳が敷かれた場所に辿り着いた。水路に挟まれて石畳の上に建つ小さな円筒状の小屋が、件の錬金術師が集会を開いている会場ということだった。


「皆さんのことはグラウバー様にもお伝えしております」

「どうぞ気兼ねなく集会に参加してください」


 小さく微笑む双子たちと共に小屋に近づくと、猟銃を持ったバルトリーニ氏の姿があった。


「またお会いしましたね」


「君たち、ワーズワース殿も。やはり気になるか、『湖の獣』の噂が」


「えぇ、まぁ」


「もうすぐグラウバーが来るだろう。中で待っておくとしよう」


 バルトリーニ氏に促され、小屋の中に入った私たちは村人たちの間に座り込んだ。小屋の中は獣除けの香の奇妙な匂いに満ちていた。

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