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魔女狩り 八 ~ 未亡人

***



 私はカミルの出発後、村を一回りした後、役場の前でぼんやりと立ち尽くしていた。

 村の中ではどこに行くにも誰かの目があり、そしてそれは嫌悪と無関心を装うものに思えた。既に宿での騒ぎが広まっているようで、誰かに話しかけようものなら、露骨に拒絶されることもあった。こんな状況で、私だけで逗留する場所を見つけることは困難に思えた。


 調査官に口利きしてもらって、改革派の修道院に泊まろうかとも考えたが、まず宿の外から取り次ぎができなかった。結局、調査官を呼び出せないので、これは諦めざるを得なかった。仕方がないので、直接、改革派の修道院へと向かうことにする。


 修道院の扉の前で私を出迎えたのは、牧師館で会った中年の修道女だった。彼女の表情は固く、私の訪問を快く思っていないことは明らかだった。それでも、交渉の余地はあるはずだと私は信じた。


「何の御用?」


 修道女は訝しげに尋ねた。


「少しの間、修道院に泊まらせて欲しいんです」


「泊まるなら宿があるでしょう」


「宿を追い出されたから……」


「そうでしょうね。いきなり暴れ出すかも知れないような人を、置いておく場所なんて無いわ」


「それは違う」


「調査なんて言って人に怪我をさせておいて、何が違うのかしら?」


 修道女は冷たく突き放すように言った。どうやら私は、調査のためなら暴力も辞さない危険人物に見られているようだ。やはりあの時、反撃に出たのは良くなかったのかも知れない。しかし、事情が事情だったのだから、説明すれば分かってもらえるはずだ。


「あの時は、先にトードルって人たちに絡まれて、それで仕方なく……」


「それで酔っていて右も左も分からないような人を倒したの?」


「あの人たちはカミルに水をかけたり、殴ったりした。ただ、見てるわけにいかなかったの」


 私は必死で反論した。


「貴方のお仲間は、酔っ払い相手に手も足も出なかったってわけね。呆れたものだわ」


 無意識のうちに、私は修道女を睨みつけていた。


「何? 文句があるなら、余所へ行ってちょうだい。こっちはシャロルトとイレーンの二人だけでも手一杯なんだから」


 修道女はうんざりした素振りで、扉を閉めようとした。

 何も言い返す言葉が見つからず、扉は目の前で音を立てて閉まった。完全に失敗した。宿泊の交渉よりも、先にシャロルトとイレーンに対する調査という名目で中に入れてもらえば、まだ望みがあったかも知れない。しかし、今となっては全く手遅れだった。


 これから先、どうするべきだろうか。そういえば、今朝の聞き取りの時に、ずっと黙っていた女性がいたことを思い出した。

 居酒屋の女将で、未亡人のマルギトだ。一か八か、彼女の下を調査という名目で訪れて、活路を見出せないだろうか。


 私は早速、マルギトが営む居酒屋を探した。よそよそしく振舞う村人を呼び止め、なんとか居酒屋の場所を聞き出す。マルギトの居酒屋は大工や職人の工房が建つ通りの並びにあった。立地としては悪くない。むしろ、上々の場所だ。


 今度はもう少し慎重に事を運ばなければならない。私は恐る恐る窓から店の中を覗き込んだ。

店内は薄暗く、灯りも無い。暗がりに目が慣れてくると、誰かが床に誰かが倒れているのが見えた。


 私は思わず息を飲んだ。マルギトが中で倒れている。

 すぐに戸口まで走って扉を叩く。反応はない。


 幸い、扉に鍵はかかっていなかった。私は急いで居酒屋の中に入ると、マルギトの様子を確認した。

 彼女に触れると、肌には温もりがある。顔色は悪いが、死んでいるわけではなかった。


「大丈夫?」


 しかし、意識がはっきりしておらず、返事はない。うつ伏せになっていたマルギトを抱え、私はベッドへ運ぼうとした。ひとまず、きちんと休ませなければならない。


 私の背中でマルギトが小さく喘いだ。どうやら、貧血か疲労か、何らかの原因で倒れて意識を失っていたようだった。私はマルギトを二階まで背負って運び、ベッドに横たえた。勝手に持ってきてよいものか迷ったが、杯に水を汲んでくる。


 しばらくして、マルギトは目を覚ました。


「あんた、今朝の調査の助手じゃないの。あたしの(うち)にどうして……」


 マルギトは状況を把握できていないようで、やつれた顔で呆然としながらも私に尋ねた。


「床で倒れてたから、助けたの」


「本当? ……あたしったら、久々に早起きして調子が悪かったからかね」


 マルギトは自分の体調を誤魔化すように笑った。


「ありがとうね。ところで、何の用で家に来たんだい?」


「それは……」


 正直に話すべきだろうか。泊まる所がなくて困っていると。しかし、それは実に恩着せがましい感じがする。


「まだ調査で聞きたいことがあるってこと?」


「え? ええ、そうです。少し、聞きたいことがあって来ました」


「また明日話すことになるかも思ったけど、家なら気楽だね。あんな人に囲まれてちゃ話しにくいったらありゃしない」


 マルギトはうんざりしたように肩を落とした。


「誰が言い出したのか知らないけど、あたしが魔女だなんて。おかしな話になったもんだよ」


「何か……その、疑われるようなことがあったんですか?」


「何かって言われてもねえ。寄合で産婆を決める時、あの三家の連中はいつも他人に産婆を押し付けるんだよ。あたしとしては感謝されても、魔女呼ばわりされる筋合いはないね」


 そう言って、マルギトは杯の水を飲み干した。


「子供を亡くした三家の人は、いつもそういう調子なんですか?」


「そうだねえ。町でもらった飾りとか、リボンの結び方を見せびらかせて、仲の良い連中では楽しくやってるんだろうけど。シャロルトやイレーンみたいな修道女や、アデーラみたいな貧しい家の女は相手にしないって雰囲気で、あまり良い感じはしないね」


 マルギトは裕福さを鼻に掛ける三家の夫人たちを良くは思っていないようだ。清貧を良しとする福音派の牧師が駐在している村で、三家の振る舞いは咎められないのだろうか。


「ガストーニ牧師も外国人だから、面倒を嫌がって強く注意できないみたいだし。仕方ないと言えば仕方ないね。まあ、あたしみたいなオバさんには、懐かしくて少し羨ましいところもあるけどね」


 そう言って、マルギトはからからと笑った。マルギトは貧血からも回復したようで、顔色も良くなっていた。彼女の言動を見ていると、とても子供を呪い殺したようには見えない。


「あの、マルギトさんが陣痛の時に薬を使ったって聞いたんですが」


「ああ、そんなこともあったね。結局、薬は使わなかったよ」


 マルギトは思案しながら、少し思い出すように述べた。


「確か、ネーメト家のところのアンナから頼まれたんだっけねえ……」


 マルギトはそう言いながら、引き出しを漁って、薬を取り出した。


「腹が痛いから駆虫薬を使ってくれって言われたんだけどね。堕胎薬なんじゃないかって問い詰めたら、違う違うって騒ぎ始めて。怪しいから、そのままにしたんだよ」


 本当に堕胎薬であれば、それを使った産婆が魔女の疑惑をかけられても不思議はない。


「ちょっと見てもいいですか?」


 私は手渡された丸薬を調べた。この辺りで取れる駆虫薬としては、オシダやニガヨモギといった薬草が使える。それらは苦味ですぐに分かる。

 丸薬を割って、細かい粒を舌の上に乗せる。独特の風味はあるが、苦味は少ない。


「どうだい?」


「なんだか……違う風味。駆虫薬じゃない……」


 恐らく、これは駆虫薬ではない。マルギトの予想した通り、堕胎薬の可能性がある。


「それじゃ、町の薬種商に騙されて、変な薬でも買い込んだんだろうね」


 これは想像だが、この薬を使わなかった腹いせに、マルギトは魔女の疑惑をかけられたのではないだろうか。

 嬰児殺しがどれほどの罪かは知らないが、ネーメト夫人は駆虫薬と偽って堕胎薬を使いたがった。しかし、マルギトはネーメト夫人の嘘を疑い、それを断った。


 その後、産まれた子供はどうなった?

 もしかすると、本当に子供を殺したかったのは――


「さてと、手間をかけさせて悪かったね。あたしはもう大丈夫だよ」


 マルギトはベッドから起き上がって伸びをした。


「どうしたんだい? まだ何かあるのかい?」


「あの……実は……泊まるところが無いんです」


「宿屋はどうしたんだい?」


 私はこれまでの事情を話した。


「全く、宿屋のヨーゼフも仕方のないやつだね」


 マルギトは暫し私を見つめていた。


「旦那のベッドも残ってるし、三階も空いてるから。良かったら使いなよ」


「良いんですか?」


「居酒屋なんて、最初から酔っ払い相手の商売だからね。別に構わないよ。その代わり、ちゃんと調査して、私が潔白だって言っておくれよ」


 マルギトは笑いながら言った。


「あの、泊まる間、お金は……」


「折角だからお店も手伝ってもらおうかね。雇い人がいないもんだから、こっちも忙しくて」


 マルギトは私に持ってきた荷物を置いてくるように言った。その後、私はマルギトを手伝い、食器を整理したり、酒の準備をした。


「マルギトさんは、気にならないの?」


「何のこと?」


「私の、その……」


「ジェピュエルなんて、帝国からは辺境だと思われてるけど、異教徒やら何やら、色々な人が出入りするからね。今更、気になんてしないよ」


 マルギトには外国人に対する偏見は無いようだった。それはそれで有り難いが、このきっぷの良い女将がさらに誤解されないかが心配だった。

 これ以上、話が(こじ)れないように、私自身が常に意識しなければ。彼女の疑惑を晴らすため、調査も避けては通れない。


 カミルとの待ち合わせの時刻が近づき、私は店の準備を進めるマルギトに断って外へ出た。仕事を終え、日銭を片手に談笑する職人たちとすれ違い、村の中心へと向かう。

 カミルはまだ役場には来ていなかった。既に気にはならなくなっていたが、村人たちの好奇の目に晒されながら、私は彼を待った。


 ちょうど待ち合わせの時刻になった頃、郵便馬車とともにカミルは現れた。


「おかえり」


「ただいま。どうだった?」


「泊まらせてくれる人、いたよ」


「本当かい? 良かった!」


 カミルはこの村にやって来て、初めて笑顔を見せた。


「その代わり、お店の手伝いしてって言われた。居酒屋なんだけど……」


 居酒屋と言うと、酔客を相手にする可能性があり、それを察したカミルの笑顔は戸惑いの混じったものになった。


「とりあえず、荷物は置かせてもらったから。会って話そう」


 そう言って、私はカミルをマルギトの店へと案内した。

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